掃討のススメ
会議室の扉が開き、三人が帰ってきた。
まずは一安心。
会議室の空気が緩む。
初っ端から誰かが死んでしまうと、皆の士気も著しく下がることだろう。
生きて帰ってきてくれて本当によかったと、徹は思う。
「門は閉めた。」
巧が言う。
「ありがとうございます。」
徹は心からの感謝をこめて言った。
そしてそれを皮切りに、みんな口々に礼を言う。
徹は、これから寝食を共にするには足りないが、少し結束感が芽生えていると思った。
礼を全員が言い終わったのを見計らい、徹が口を開く。
「では、これから校内の掃討に移りたいと思います。この学校は、生徒教員合わせて約1000人です。郊外に脱出した人、欠席者やゾンビにならなかった人を引くと、多分800人くらいだと思います。今ここに居るのが僕を含めて15人。この会議室を取り敢えずの拠点にして、戦えない人全員と、戦える人を二人ほど置いて守ります。」
戦えない人は、と聞くと、少しの間の後に三人が手を上げた。
美羽と桜と葉月だ。
「では、ここの防衛は……。」
大樹が手を上げる。
あの馬鹿力は確かに防衛には向いているかもしれない。
それに、大樹が掃討に加わると、とんでもないミスを犯しそうな気がした。
「じゃあ、一人は大樹で。あと一人は……。」
怜が手を上げる。
彼も自ら戦いに行くような人物ではない。
どちらかというと、虫も殺せないような感じである。
人だったものを殺すには精神的に無理があるだろう。
「それじゃあ、怜で。それでは、残った10人でゾンビを掃討したいと思います。」
「つまり、一人80体ぶっ飛ばせばいいんだろ?簡単だぜ!」
和馬が明るく言う。
しかし、一人80体は無理があるだろう。
現実味がなさ過ぎる。
武器だって壊れるだろうし、体力だって疲弊するはずだ。
そんな中で80体も倒すことは不可能といっていいだろう。
「全部は倒せないと思います。ある程度削ったら明日続きをやりましょう。音楽を流しておけばここには来ないはずです。では、チームに分かれます。」
「チーム?」
龍が疑問を口にする。
「そう。夜は冷えるから、毛布が欲しいんだ。食料も入用だしね。緊急用の倉庫あったろ?」
龍は言われて思い出した。
職員室の奥にある大きな倉庫を。
ダイアル式の扉を開ければ、災害時用の食べ物や衣類が入っていたはずだ。
「一つのチームが掃討をして、もう一つのチームが倉庫に物資を取りに行って、会議室まで運ぶということで。」
徹が話し終えて、チーム決めが始まった。
『物資調達班:冴島徹 拝賀小夜 拝賀純 安蘇和馬 本間翼
掃討班:藤堂巧 荘田真二 三好佑季 鎌田龍 本多誠治』
ホワイトボードに書き込む。
戦闘力は掃討班の方が強いが、大体万遍無く別れることができたと徹は思った。
「では、各自武器を携帯して行きましょう。無理はしないでください。絶対にこのメンバー全員でここに戻ってきましょう。」
徹が言うと、全員が力強く頷いてくれた。
「それじゃあ、掃討班は先に出るぞ。」
巧が扉を開く。
掃討班は一種の囮のような役割も果たしている。
自分たちのところにゾンビを引き付けている間に、物資調達班が物資を運びやすくするのだ。
最後尾の誠治の背中が扉の向こうに消える。
「では、僕らも行きましょう。」
後ろにいる班員に促す。
皆それぞれ多様な武器を持っている。
バット、包丁、穴あけパンチ等々。
800体を相手するにはあまりに無理がある。
また何処かで武器を調達しないといけないな、と思いながら徹も扉を開けた。
残された五人。
その中でも怜は罪悪感に苛まれていた。
(絶対僕、へたれやと思われてるわぁ……。)
怜は身長は高い。
なのに、自分は戦いに行かず、ここで残っていた方が安全であるという理由で掃討に加わらなかった。
自分よりも戦えなさそうな翼が掃討に行ったというのにだ。
周囲の視線が刺さってくるように感じる。
痛い。
その痛みから逃れるように、少し体を震わせる。
「皆行っちゃったッスねぇ~……。」
大樹が呟くように言う。
「大丈夫でしょうか……。」
桜が不安気に言う。
その彼女の顔はその声色通りに不安に覆われていた。
「大丈夫ですよ!自分は信じてますから!」
葉月が明るく言う。
その彼女の顔は桜とは反対に、明るかった。
というか。
「朝霧さんって一人称『自分』なんですね……。」
言ってから後悔した。
僕は何を言ってるんだろう。
アホか?
アホだ。
「ん~……そういえばそうだね。」
言葉を返してくれたことに一先ずホッとする。
これで返してくれなかったら心が折れてしまう。
部屋の隅っこで体育座りだ。
「自分も一人称『自分』なんスよ!」
「自分も『自分』なんだ!似てるねぇ~!」
自分自分と五月蝿いこと限りない。
なぜこんな特殊な一人称が揃ってしまったのか。
いや、『ッス』じゃなかっただけましか。
皆してッスッス言ってたら洒落にならない。
もしかしたら会話が成立しないのではないのだろうか。
そのことを考える余裕がある自分に少し驚きながらも、素直にその光景を想像して恐怖するのだった。