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会議室へ

「行こうぜ。」


そういって龍は立ち上がる。


その姿に、先程まで感じていた人『だったもの』を殺した嫌悪の、憤りの色は見えない。


いや、きっと無意識のうちに自分にも分からない所に隠したのだろう。


そうでもなければ、多感な年ごろの心は一瞬にして砕けてしまう。


そして、砕けた物はもう元には戻らない。


「そうやな。早く行った方が良いよな。」


怜の言ったその言葉には、本当に早く行った方がいいと思っているというよりは、何か行動していないと自分が殺した人について考えてしまい、それを恐れているような意味が込められていた。


龍もそれに気付くが、それには触れない。


触れてはならないのだ。


二人連れだって調理実習室前の廊下に出る。


廊下はさして長くはない。


だからこそ、その廊下にいるゾンビがそんなにいなくても、まるでゾンビが廊下を覆い尽くしているかのような印象を受ける。


「これがクリスマス前のショッピングモールとかだったら少しは微笑ましくなったかな。」


ボソリと呟くように言う。


「全くその通りやな。」


怜もそれに同意する。


二人は覚悟を決めて、その廊下を渡ろうとしたのだが。


「大丈夫?」


女子の声が聞こえてきて、半ば反射的にそちらの方向を見る。


自分たちの後ろから、快活そうな少女と、暗そうな少年が目に入る。


どういった取り合わせかは知らないが、生存者だというのなら、きっとあの放送を聞いて会議室に向かっているのだろう。


助けない手はない。


もしかしたら、その行動に贖罪の意味が込められていたのかもしれない。


その二人に身振り手振りで、自分が感染していないことを伝える。


向うも気づいたようで、頷き返してきた。


一度、調理実習室に戻り、二人を招き入れる。









「やっと生きてる人間に会えたよ。」


女は、椅子に腰を下ろすと言った。


「私は拝賀はいが 小夜さよ。三年四組だ。それで、こいつが拝賀はいが じゅん。私と同じ三年四組だ。」


男がペコリと頭を下げる。


純と呼ばれた男は何故自己紹介をしないのだろうか。


こちらの表情の変化を感じ取ったのだろうか、女が気まずそうに口を開いた。


「……純は口がきけないんだ。許してやってくれ。」


なるほど、そういうことか。


合点した龍が大きく頷く。


沈黙。


やがてその空気に耐え切れなくなった怜が質問する。


「同じ拝賀って苗字ですけど、、姉弟なんですか?それにしては似てないなぁ~なんて……アハハ」


その質問をした途端に、小夜の顔が強張った。


何か、触れてはいけない物に触れてしまったようだ。


「…………。」


再び気まずい沈黙が部屋を満たす。


「あ、すいません。」


怜は、取り敢えず謝ったものの、居心地の悪さを感じた。


その様子をみかねた龍が明るい声で言う。


「じ、じゃあ、会議室に行きますか!」


その顔に浮かんでいる笑みは心なしか引き攣っている。


「…………そうだな。行こうか。」


暫くの間があって返事をしてくれた。


それだけで龍の顔が自然な笑みで満たされた。


心の底から安堵しているのだろう。


これ以上あの沈黙の中にいたら、間違いなく心が折れていたに違いない。


「足元とかに注意してくださいよ……。」


そう言いながら調理実習室の扉を開ける。


廊下の様子は、先程とあまり変わらない。


手で丸を作り、進めることを小夜と純に伝え、龍と怜が先行して歩き出す。


廊下の幅は狭く、人が三人横に並んだら一杯一杯の幅なので、いくら自分たちが壁際を歩いても、ゾンビとの間は狭くなってしまう。


つまり、見つかってしまえば一瞬で襲われるということだ。


気は抜けない。


頭の上から足の先にまで神経を張り巡らせ、音を立てないように移動する。


(焦るな……焦るな……。)


怜は自分にそう言い聞かせながらゆっくりと歩く。








やがて、廊下を抜けると、三人はゆっくりと息を吐いた。


『三人』を疑問に思うかもしれないが、事実そうである。


純はまるで普段廊下を歩いているときのように悠然と歩いていた。


それはゾンビを恐れていないかのようだった。


ゾンビは何故怖いのか。


それは生命の危機に直結するからだ。


目の前にいる捕食者。天敵。


厳密にいうと、人はゾンビが怖いのではなく、ゾンビによってもたらされる死を怖がっている。


だとすると。


龍は純を見る。


人間は自分の関心の無い物には無頓着である。


つまり、純は死に無頓着ということか。


(まさか、な……。)


死を恐れない人間など、いるのだろうか。


よく、戦地にいる兵士が戦いを重ねるにつれて、戦いの中でしか自分を見出せなくなると聞いたことがある。


だが、それは死という存在を心のどこかに追いやっているに過ぎない。


若しくは、心が荒廃しきり何も感じられなくなっているか、だ。


はたしてこの平和な日本にそこまで心の荒廃した人間がいるのだろうか。


いるとしたら、何故そこまで心が荒廃してしまったのか。


あの時の質問の答えが、この疑問を解決してくれるのだろうか。


純は無表情でそこに立ち続けている。


まるで他人事━━━。


龍は何処か無機質なその態度に少し恐怖を覚えた。







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