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傲慢な統率者

放送が鳴り終わり、ロックが流れ始める。


「クソッ!」


誰もいない生徒会室に、ロッカーを殴ったゴンという音が空しく響き渡る。


悔しかった。


生徒会長である自分こそが、この学校の生徒を出来る限り多く救い、称賛を得るはずだった。


自分も放送によるゾンビの誘導は考え付いていた。


しかし、彼はわざわざ放送室まで移動するリスクを背負ってまで放送をかける必要はないと考えた。


自身の行動力の無さ。


それこそが彼を苛立たせている原因になっているのだが、彼はそれを認めることができなかった。


認めてしまえば、自分が少なくとも行動力という点で、放送をかけた冴島とかいう輩に劣っていることになってしまうからだ。


一年生に、生徒の頂点であるこの自分が。


だが、取り敢えずは。


「今は……従うしかない……。」


ここで冴島という男から差し伸べられた救いの手に縋らないということは、これから起こるであろう籠城生活に支障をきたすことになる。


こんなところで『協調性のないやつ』だとか、『外に出られない臆病者』などというレッテルを貼られるのは出来るだけ避けておきたかった。


頂点に立つものは常に完璧でなければならない。


その理念を基に今日まで生徒会長を務めあげ、生徒や教職員からの信頼を得ていたのだ。


この考えは絶対に間違ってなどいない。


扉の手をかけ、少し考えた後、その扉を開いた。


廊下には数体のゾンビしかいない。


今がチャンスだ。


一旦生徒会室に戻り、自分のリュックを担いで、ゆっくりと生徒会室の外に出す。


その直後、グググググと微かに音がした。


これは何かの音に似ている。


思い出せない。


だが、どこかで聞いたような音が微かに鳴っている。


そう、まるで何かを無理矢理引っ張っているような……。


引っ張っている……?


(そうかッ!!)


咄嗟に足を引っ込めたので矢は足に当たらず、その傍の床に当たって転がった。


カラン、と音が鳴る。


その矢を手に取って確かめる。


「この矢は…。」


間違いなく弓道部のものだ。


弓道部の副会長に言われて自分が購入の承認をしたのだから間違いない。


もっとも、買った時とは違ってカーボン製の矢の先端は尖らされていて、殺傷能力を高めてあるのだが。


「ということはやはり。」


顔を上げると、一人の女子生徒が立っているのが見えた。


「申し訳ありません、荘田しょうだ会長。」


長い髪を後ろで一括りにした女性がすまなそうにこちらを見てくる。


その顔は凛々しく、正に大和撫子と言えるような風貌である。


「ゾンビと誤認してしまったのか?」


「はい。生徒会室内に入っていく人影を見ましたので。次出てきたら射殺そうと思いました。申し訳ありません。」


もう少しで大けがをするところだったがここで怒るのは会長としては悪手だ。


「故意でないのなら気に病むことはないさ。」


なるべく明るく言う。


少しでも彼女に、彼女の思考に『この人はいい人だ』と思わせることができたのなら、自分の勝ちなのだ。


女は矢を拾いながら言った。


「先ほどの音でゾンビが集まる可能性があります。速やかに避難をするべきでは?」


「そうだな。会議室に行こうか。」


歩き出す二人。


生徒会室横の掲示板では、一枚の紙が風の勢いに助けられて画鋲の枷を振り切り、宙を舞った。


その紙には、『生徒会会長;三年五組 荘田しょうだ 真二しんじ。生徒会副会長;二年五組 三好みよし 佑季ゆうき。』と書かれていた。





二人が廊下を曲がったすぐ後。


二人の男がこの廊下に表れた。


「おかしいな…確かに話し声が……。」


一人がおどおどしながら言う。


その目は、許しを請う者の目であり、まるで懺悔室に来た人のような目をしていた。


「いないだとォッ!?ふざけんな!」


もう一人がその男に怒鳴る。


「ひぃっ!で、でも大声を出すと集まってきちゃうよ……。」


弱弱しい声で、反論する。


いや、それはもはや反論とも呼べない物である。


意見にすらなっていない。


「ぐだぐだ口答えすんじゃねぇ!」


そういって、男がその男を殴る。


「あうっ!」


そのまま倒れる。


そして倒れた男が殴った男を見上げた時の顔。


それが殴った男にはどうしても気にくわなかった。


一見すれば、自分に媚び諂う様な、下種な目である。


しかし、良く見ればそうではない。


まるで殴れば気が済むんだろ、とでも言いたげな反抗的な目。


何か、隠し持っているような目をしている。


それがこの男を苛立たせた。


だが、ゾンビが集まってきたのは事実だ。


「行くぞ、つばさ。」


「解ったよ誠治せいじ君。」


二人の奇妙な関係は幼少の頃より始まった。


昔からこうだったと、誠治は思う。


本多ほんだ 誠治せいじ本間ほんま つばさって、なんか似てるね!』


そう話しかけられたのがきっかけだったか。


いつも自分の後ろについてきて、いくら暴力を振るっても纏わりついて。


そんな翼が誠治は大嫌いだった。


それでも、翼は自分についてきた。


いつも一緒にいた。


いつも、いつも、いつも━━━。


そうしている内に、いつの間にか腐れ縁のようになってしまったわけである。


「誠治君!誠治君!」


ハッと気づく。


どうやら翼が自分を呼んでいたようだ。


「ゾンビが……」


気が付くと、すぐ近くに一体のゾンビ。


それは、いつも自分に嫌味を言ってくる教師だった。


「へへっ、好都合だ……」


日頃の恨みを発散できる。


右腕を後ろに引く。


限界まで引き切ると、歯を食いしばり、腕を前に突き出す。


左足が浮かせ、右足に力を入れて、自分の全体重をかけて教師の左頬を殴った。


もともとフラフラと歩いてきたゾンビは、いとも容易く横に吹っ飛んだ。


「けっ、ザマぁみやがれ!」


動かなくなった死体を蹴りつける。


何度も何度も。


「や、やめなよ誠治君……ちゃんと墓に埋めなきゃ……。」


まただ。


またコイツは人の癪に触るようなことを言う。


まるでそういう才能でもあるかのように。


そしてその怒りを隠そうともせず、むしろ全身に押し出す。


「お前は黙ってりゃあいいんだよ!」


誠治の拳が翼の腹に入る。


「ガホッ!ゲッホエホッ!……ぅぅ……。」


翼が腹を抱えて蹲る。


そしてあの目。


敗者の目。


弱者の目。


卑下の目。


その目だけが視界にの全てを埋め尽くし、気が付くと翼をもう一度殴っていた。







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