美女と野獣
ガラッ。
会議室の戸が開いて、一組の男女が入ってくる。
一人はもの静かな美少女。
もう一人は長身の熊のような男。
その二人のアンバランスな光景に美女と野獣を重ね合わせて、少し吹き出しそうになる。
もっとも、男の方は、僕のクラスメートであるし、よく話すから知っている。
生きていて何よりだ。
僕は立ち上がって二人を出迎える。
「冴島徹です。よろしくお願いします。」
大樹が嬉しそうにこちらを見つめる。
「よお徹!生きてたか!いやぁ、街の方が被害凄いだろ?お前今日遅刻したからもう死んじまったのかと思ったぜ!」
その顔に表れている表情は安堵。
だから、僕も笑顔で答える。
「大樹も元気そうで何よりだ。それと、清水先輩ですよね?」
美羽は呆気にとられたような顔で僕を見つめてくる。
「あら、どうして私の名前を?」
もっともな疑問だ。
初対面の相手が自分の名前を知っていたら、少なからず驚くだろう。
だが、美羽のことを徹が知っていても何もおかしくはない。
「先輩は美人で有名ですからね。一年の山下、二年の清水なんてよく言われてます。」
実は清水は整った顔立ちと、物静かな雰囲気から学校内では有名な人物である。
もっとも、美羽自身はそう呼ばれるのを毛嫌いしている。
だから、この徹の返答にも、冷ややかな侮蔑を含んだ眼をしながら、
「そうですか。」
とだけ答えた。
自分の気にしていることを話されれば誰でも嫌な気分になるだろう。
それが自分の知らない人物であればなおさらだ。
徹は内心後悔した。
これから決して短い時間ではない期間を共に生きることになる仲間に最悪の印象を与えてしまったのだから。
徹は後悔と少々の居心地の悪さを覚えつつも、次の生存者を待った。
巧が道場の戸を開け、顔を覗かせた。
道場から伸びる一本の長い廊下はその中間に位置するところにあるスピーカーに群がるゾンビで封鎖されていた。
「ここは直進できない。一度右に迂回して会議室に向かうぞ。」
葉月に囁くように言って静かに歩き出す。
長い一本の廊下から右に分岐している廊下へ曲がる。
その廊下にも、少数のゾンビと食い尽くされた死体がいくつか転がっていた。
肋骨が見えているものもあれば、頭蓋骨が出ているものもあり、どれも死に際の恐怖を教えてくれる。
「うひゃ~。これは……」
葉月は二の句が継げないでいる。
実はここは数ある部室の中でも、主に国技に関する部室が並んでいる場所であるため、顔見知りである人物の死体やゾンビが多数見受けられるのだ。
勿論、今日の朝元気に話していた人のゾンビもいる。
あまりにも非現実的な光景は、脳が思考をやめさせようとするくらいにショックの大きい物であった。
しかし、そんな廊下であっても通らなくてはならない。
慎重に進む。
葉月の心臓の鼓動はだんだん加速していく。
荒くなっていく息を何とか平常に保とうと努める。
その時。
ガシッ。
「ひっ……!」
葉月が足を掴まれる。
先程まで倒れていたゾンビが葉月の足をしっかりと掴んでいたのだ。
(何で……なんで……?)
答えの出ない問いが頭の中を駆け巡る。
そのせいで、葉月が今この窮地を脱することを考えるのが遅れた。
ゾンビが葉月の足を手前に引っ張り、葉月は廊下に倒される。
そしてゾンビが葉月に覆いかぶさるようにして伸し掛かり、顔を近づけてくる。
あの口で咬まれた時、自分の死は決定づけられてしまう。
「あ……あ……。」
深い絶望と恐怖で口が上手く回らない。
それでも、何とか声を絞り出すことができた。
「先輩!」
呼ばれた巧が、葉月の窮地に気付く。
だが、巧が急いで引き返したとしても、もう間に合わない。
「くそぉッ!」
巧が走り出す。
ゾンビの口が葉月の首筋に当てられる。
「嫌ぁぁぁぁッ!」
葉月は叫んだ。
想像していた痛みは来なかった。
ゴキンという音がして、ゾンビが崩れ落ちる。
そしてそのゾンビを撲殺した人物。
安蘇和馬その人であった。
その後ろに山下桜もまるで従者の様についてきている。
「和馬!」
走り寄る巧の声に朗らかに笑いながら、
「たっちゃん!元気そうで何よりだぜ!」
と答えた。
助かった。
そのことを理解した途端、葉月の眼から大粒の涙が零れ落ちる。
「大丈夫かい?葉月ちゃん。」
和馬が両手を大きく広げる。
葉月は和馬の胸に飛び込む……。
かと思いきや、その横を通り抜けた
そしてそのまま巧に抱き着く。
「先輩ぃぃぃ!怖かったですよ~~!」
巧は顔を赤くしながら、
「なッ!だ、抱き着くな!」
葉月を振り払おうとする。
しかし、その手には本当に引きはがそうとするような力は籠められていなかった。
ただ、和馬だけは不満そうな顔を浮かべていた。
「チェッ!チェッ!どうせ俺はいつもこんな役回りですよ~!あー!不公平だ不公平だ!」
まるで子供の様に拗ねる。
「和馬先輩かっこよかったですよ!」
桜が目を輝かせながら言う。
すると、今までの不平はどこかへ行ってしまったかのように、ニヤニヤと照れだした。
「そ、そう?そうかな?ま、俺なら当然だけどね!ははははははは!」
(本当に単純ねこの人……。)
そんな和馬の様子にある種の張り合いの無さを感じる桜であった。