スピーカーからの助言
『あーあー。校内にいる生存者の方、聞こえますか―?』
その声はスピーカーに乗って学校中を駆け巡った。
『大丈夫かな?多分聞こえていると思うんですけど。』
校内にいる生存者全員がスピーカーを見る。
その声の主。
それは徹であった。
徹は門の前で暫し逡巡した後、校内で生存者を探すことにした。
幸い徹は放送部員のため、放送の掛け方を知っている。
放送室まで移動し、放送を流したのだ。
『僕は一年四組の冴島徹です。今から、僕の知っている限りの情報を言います。……といっても、そんなにはないんですけれど。えっと、ほとんどの人が気付いていると思いますが、ゾンビ……あ、僕はおかしくなった人をゾンビって呼んでます。そのゾンビは音に引き付けられます。』
この放送を聞いているものはそれぞれ別の反応をした。
もちろん、そのどれにも徹を非難するものはなく、誰もが感心していた。
『今から音楽を流します。ゾンビは音のなる所へ移動するので、音の鳴っているスピーカーに集まると思います。』
美羽と大樹が図書室の戸についている窓から廊下を覗くと、廊下のスピーカーのところにゾンビが集まっていた。
『スピーカーから音楽を流して、ゾンビを集めます。ゾンビがスピーカーに集まっているうちに移動してください。ただし、僕はここに来る道中、音に反応しないゾンビを見かけました。全てのゾンビが引き付けられるわけではないことを心に留めておいてください。準備の時間として、十分間待ちます。』
美羽と大樹、巧と葉月、桜と和馬、龍と怜、そして残る生存者が顔を見合わせる。
全員の表情は心なしか明るくなっているように思えた。
事態が好転する。
そんな予感が湧き上がってきた。
そして十分が経った。
『……十分経ちました。では、今から音楽をかけます。放送は皆さんが会議室に移動し終えるまではかけません。なので、今言いたいことを言っておきます。……皆さん、どうか諦めないでください。もし今恐怖で動けなくなっていても、何とかして動いて下さい。そして放送室横の会議室に集まってください。皆さんと生きたまま会議室で会えることを願っています。幸運を。』
ブツッという音と共に放送が消える。
やがて、スピーカーからエレキギターの音が微かに聞こえたかと思うと、瞬く間に大きくなってドラムが入ってきた。
この曲は放送部室に置いてあったCDに入っていた今流行の曲だ。
ボーカルが歌いだす。
アップテンポの曲に、どこか勇壮さを感じるメロディー。
まるで自分たちを鼓舞するかのような音楽であった。
「行きましょう!」
「ウッス!」
大樹が図書室を封鎖していたバリケードを取り払う。
数体のゾンビが学校中に響き渡る音楽に右往左往している。
「バスケの基本!敵の間を風のように駆け抜けて突っ切るッス!」
大樹がゾンビの間を縫うようにして走る。
そして大樹のすぐ後ろを美羽が付いていく。
そして階段まで来ると内ズックと床が擦れる音を鳴らしながら、
「切り返しは素早くピボットタァァァンッ!」
と言って階段に向かった。
うるさい事この上ない。
ゾンビを引き付けているスピーカーよりも大きな声を出しているので、ゾンビがこちらに気付き始めた。
「少し静かにしてもらえませんか?」
「ウス、努力するッス。」
二人は再び歩き出した。
「それにしても、酷い有様ですね。」
美羽が呟くように言う。
それも仕方のないことだろう。
損傷が激しすぎてゾンビ化していない人の死骸や、夥しい量の血で赤く染まっている廊下。
割れたり、皹が入ったり、血の手形が付いているガラス。
ゾンビになる直前まで戦っていたのか、武器を握りしめているゾンビもいる。
美羽は少し顔を伏せて黙祷する。
心の奥底から慈しむように。
だが、それも数瞬の話である。
人は他人の悲しみのすべてを知ることは出来ないし、死者の思いを背負うこともできない。
所詮は他人事であることを美羽自身よく理解しているからだ。
だから、今は自分たちが生き残るために行動しなければならない。
弔う時間などはない。
美羽は少し大きく息を吸う。
咽返るような血の生臭さに吐き気を覚えるが、それを息
と共に自らの身体の中に深く沈めて歩き出す。
大樹もその様子を見ると同じように少し黙祷して美羽の前に素早く移動し歩き出した。
彼にもこれ以上死者を出したくないという正義感が溢れているのだろうか、それともただ単に男だからか。
彼は先程から美羽の前を歩き続けている。
何時自分が死ぬかも解らない様な状況で自分を守ってくれている太田の姿に美羽は少なからず感銘を覚えた。
目指すべき会議室はもうすぐそこだ。
それに合わせて大樹の歩幅が広くなり、早足になる。
「焦らないでください。一瞬の油断が命取りになりますから。」
大樹を窘めながら、会議室の前に到着する。
そして会議室の扉を開いた。




