64.島田雅彦 「天国が降ってくる」 に思う
確か、帰国子女の話でした。
弟は順応力があってすぐに外国語も覚えてその国に溶け込んでいったのに、
兄はいつまでたってもその国の言葉を覚えられずに・・・。
彼はその後どうなってしまったんだっけ。
*
中学生の頃にアメリカからの帰国子女がいました。
ツインテールで、目がクリクリとしたカワイイ女の子です。
席が近くて初めの頃はよくおしゃべりをしていました。
彼女が帰国子女と聞いたのはしばらくたってからのことです。
ある日、5歳くらいの白人の子どもたち二人と、まだよちよち歩きほどの小さい彼女が並んで映っている写真を見せてくれました。中学生の彼女の特徴的な顔は赤ちゃんの頃からのものでした。
彼女の言葉に嘘はありませんでした。(私はその写真を見せられるまで彼女の話を信じていませんでしたから。)
「私は赤ちゃんの時に日本に帰ってきちゃったから英語なんて全然しゃべれないの。
でも、歳の離れたお姉ちゃんは英語がペラペラ。英語の弁論大会でも毎回優勝していたし、美人で頭もいいから男の子からもモテモテ。しょっちゅう「付き合って下さい。」って言われてた。
うちの家族ってイヤだ。
時々、お父さんとお母さんとお姉ちゃんが英語で喋っていて、私だけ仲間に入れないの。
私に英語を覚えさせようとしてやっているみたいなんだけどさ・・・。」
今、こうして振り返ってみると、彼女は全然イヤな子ではなかったと思います。
むしろ、いい子です。
でも、その頃の私は彼女のことが嫌いでした。
なんか鬱陶しかったのです。
ズケズケと物事を言うし、勝手に私のテストの点数を見るし、頼んでもいないのに「ああしたほうがいい、こうしたほうがいい」ってアドバイスはしてくるし、「やめてっ!」と言っているのに私の頭の上に消しゴムのカスをかけるのをやめないし、呼んでもいないのに私の家まで来ちゃうし・・・。
学年が変わって彼女とクラスが分かれてハッキリ言ってホッとしました。
彼女は新しいクラスメイトの、いわゆる「めだつ系グループ」といつも一緒にいるようになりました。だけど、少しも楽しそうじゃなかった。カワイイ名前があるのに、変なあだ名を付けられて。私たちは、廊下ですれ違っても話さなくなってしまいました。
進路が変わって彼女とは高校が別々になってしまいました。
偶然、町の本屋で彼女と会いました。
お互いの近況を話した後、彼女が唐突に言いました。
「今日から三日間、親もお姉ちゃんも家にいないんだ。わたし一人。」
「えっ、かわいそう。さみしいね。」
「かわいそう?! ふふ。やっぱりちがう。」
なんのことを言っているのかわかりませんでした。
「やっぱりちがう。
今の学校の子たちだったら、『親が三日間もいなくてラッキー』って言うよ。」
そんなこと言われても・・・。
そんなことを言われてもさ、わかんないよ。
私には返す言葉がわかりませんでした。
*
その後、二十歳ぐらいになった時にまた偶然、家の最寄りの駅近くで会いました。
彼女は大きいアンプを自力で運んでいました。
「カレシが音楽やっているの。わたしもカレを手伝いながら始めるつもり。」
「えっ、ホント? わ、わたしのカレも音楽やってるんだけど・・・。」
「へぇ? 私のカレは○○とか△△とかを目指してるんだけど。
あなたのカレは?」
「うん・・・よくわからないけど。◎◎とかぁ、××とかぁ、☆☆とかぁ・・・
いろいろ聴いてるみたいだけど・・・。」
「へぇ。あなたのカレ、何年やってるの? 方向性が定まってないんだ。
それじゃぁこの先キビシイね。・・・じゃあね。あたし急いでるから。」
そう言ってまたエッコラ、エッコラと彼女の腰まではある大きいアンプを運んで行ってしまいました。
その場にイッサとか、イヨとか、ケンちゃんがいたらきっと彼女に「手伝おうか?」って聞いたはずです。
でも、私は何も言わなかった。
そして彼女は、絶対に 「てつだって。」 とか 「たすけて。」 とか言わない。
今度、またもし偶然、彼女に会うことがあったら、彼女はどうしているだろう。
私を見て、「あいかわらずね。」 とでも言うのだろうか。
あれからも私は、いろんな場で 「わからない」 と言っては逃げている。




