56.映画 「さよなら、アドルフ」 に思う
原題: Lore
制作年: 2012年
制作国: オーストラリア、ドイツ、イギリス
監督: Cate Shortland
信じるとはどういうことだろう。
人は、誰かを・何かを信じなくては生きられない。
Lore という女の子はドイツ敗戦を機に、父親がしていたこと、母親も含め自分たちが信じていたもの全てが覆されるという話だ。
父も母も失い、異国に住む祖母の家へと幼い兄弟たちを連れて行く旅の途中途中で、何度も「あんたたちは悪者だ。」と予想外のことに出くわす。その度に自分たちが信じていたことは間違ってなんかいないと自身を立て直そうとはするんだけど、祖母の家に着く頃にはもうほとんど自分たちの敗北の意味を知り、それでも、久々に再会した祖母は未だにしがみつくように今までの自分たちの行い、指導者のことを信じているのだ。
本当に、しがみつくように祖母は信じていたのだ。
信じるしかなかった。
片脚がもうほとんど棺桶に入っているような、あれぐらいの高齢になってもだ。
「さぁ、あなたが今まで信じていたものなんてカスほどの値打ちもないんだよ。
あんなウソツキの話をさ、バカなあんたは確かめもせずに鵜呑みに信じて今までのうのうと生きてきやがって。それとも知っていたのかい。全てを知っていたくせに、自分の豊かな生活を維持するために見て見ないフリをしてきたなんて、とんでもないクソババアだよ、あんたは。」
なんていう事実を突き付けられたって、「今までは知らなかったんです、ごめんなさ~い。」では済まされず、やはり、自分が自分でいる為には、「指導者は間違っていなかった。」で完結するしかない。
「必ずや総統は再び私たちを助けてくれる。」って思わないでは今までの自分の『生』そのものが否定されてしまうからだ。
自分は嘘をついていたのではない。
自分が信じたことをやり遂げ、子らに教えていたのだと。
人は、いつでも、この世に生まれ落ちた時から、何かを信じさせられるように仕組まれてしまっている。そしてそのように生きる。
例えば、
母は子を愛するもんだと、学校の先生は嘘は言わないとか、警察は絶対に悪い事はしないとか。
大人は正しいのだから、子どもは大人の言うことを聞くべきとか。
数年前のNHKの連続朝ドラ「おひさま」(平成23年3月~9月)の中で、小学校の先生役の井上真央さんが、
「戦争が終わったら、子どもたちに今までと逆のことを教えなくてはならない。」と苦悩していた場面が思い出された。
やはり、以前見た「情熱大陸」というテレビ番組だっただろうか。
日本女性で素晴らしくバレエが上手な方が、フランスへバレエ留学をした時に、
「日本では今まで良しとされてきたことがフランスでは全くダメで、全て逆のことをやらされました。
戸惑うばかりです。」と言っていたのを思い出した。
でも、当時、画面で見た彼女はまだとても若かったから、きっと前に進んでいっていることだと思う。
或るものを捨て、或るものを取り入れながらきっと前へ行くことができる。
戦後の日本を生き抜いた子どもたちだってそうだ。
映画中の Lore という女の子だってきっとそうだ。
若さってことは、そういうことだ。
では、年寄りはどうしたらいいのだろう・・・。
*
「嘘つきだった。
何もかも嘘だった。
それを知った時にどうする?
もう絶望しかない。」
「やれやれ、困った人だ。
何を今さら。
きみが好きなスパイドラマを見てごらん。
みんな、嘘つきだらけじゃないか。
今、生きているだけましだと思え。
それよりも、なにか・・・。
きみは自分がウソツキじゃないとでもいうのかい?
完璧かい?
違うだろう。」
「私がウソツキか否かなんてことは関係ないの。
そんなことを言っていたら意見なんて誰も言えなくなってしまうわ。
世の中にパーフェクトな人間なんているわけないのだから。
私が言いたいのは年月のことよ。
50年よ。
50年間も騙され続けてた。
あなたにわかる?
cincuenta años… [シンクエンタ アニョス]。
50年よ。
短くはない。」
「cincuenta años…
見て。
sin cuenta [シン クエンタ] 。
騙されていたんじゃない。
何もなかったんだ。
今から始めればいい・・・。」




