表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/108

55.聖子ちゃんのカセットテープ に思う (John Coltrane 「best off」 に思う - その3)

外国に来たばかりで、外国暮らしに慣れない私を、時間をつくってはあちこち連れ出してくれたのがSくんでした。移民局、中華街、カフェ、彼のお気に入りの場所へよく連れて行ってもらいました。

ある日、CDのセカンド・ショップに入った時です。

誰か日本人が帰国する時にでも売りさばいていったのでしょうか。

店内で聖子ちゃん(松田聖子)のテープを見つけて、それほどファンだったわけでもないのに、なんだか嬉しくなってしまいました。


ところで。

Sくんは常に紳士で、常に親切でした。時々冗談も言います。

アパートにいた二匹の猫ちゃんたちは、本当はMくんのなのに、

Sくんによくなついていて、夜になると彼のベッドにもぐりこんでいたようでした。 


ある日、Sくんと一緒に入ったセルフ・サービス形式のカフェで私は尋ねました。

さっきはチップの払い方も分からず、彼が私の分のチップを払ってくれました。

この国ではまだチップの習慣があったのです。


「なぜ、そんなに私に親切にしてくれるの?」


「えっ?」


Sくんははじめ、私の質問の意味が分からない様子でした。


「だって・・・。

 おかしいわ。親切すぎる。」


私は少し期待をしながら尋ねました。


「え~っ?!

 あははは。

 そうかなぁ? おかしいかなぁ?

 だって・・・。

 ミーコには随分とお世話になったから。

 あっ、ミーコって僕が日本で英語教師をしていた時の僕の生徒なんだけど。」


Sくんは少しずつ、日本にいた頃のことを話してくれました。


「日本にいた時に、僕はとても彼女に助けられたから。

 彼女がいなかったら今の僕はなかったと思うから。

 だから・・・。」


な~んだ。

私がミーコと同じ日本人だから、Sくんは私に優しかったんだな。

そう思って、私は少しがっかりしました。


Sくんがミーコさんのことを熱く語り始めたので、くやしいけれど、ちょっと質問をしてみました。


「ミーコさんって、あなたのガールフレンドだったの?」


「ち、ちがうよ。ミーコにはカレシがいるんだ。

 ・・・日本人の。」


どうやらSくんは今でもミーコさんのことが好きな様子でした。


apartment share でSくんと一緒に過ごしたのは結局一ヶ月足らずでした。

私が入居する前から、彼は新しい進路を目指して専門の学校に通うために、別の土地へ移ることを決めていたのだそうです。

自分はじきにここを離れるつもりでいたので、この土地を去るまでの短い間に、私に色々とここでの生活のことを教えておきたかった様子でした。


Sくんが私たちのアパートを去っていった後、彼に電話をしたことがありました。

電話に出たSくんに


「Sくん?」 と私が英語で発すると、


「ミーコ!!」 ってとても嬉しそうな声が返ってきました。


「ちがうよ。マイコだよ。」 私はまた少しがっかりしました。


「あぁ、マイコ。マイコだね。マイコ、・・・元気だった?」


電話の主が私だと知った途端、Sくんの声のトーンが1オクターブ下がったのを聞きのがしませんでしたが、私を傷つけまいと無理矢理明るく話している様子が、本当にSくんっていい人なんだなって私に思わせました。

それから、時々ミーコから電話が来たりするのかなって少し戸惑いました。

それと同時に、ミーコと私を間違えるなんて、私の日本人特有のアクセントが抜けていないせいだと思いました。というか、子音で終わる単語なのに、テレもあってなのか、わざわざ母音を付けて発音をしてしまうくせが時々出てきてしまうのです。ましてや、日本にいた経験のあるSくんだから日本人の英語に慣れているに違いないと、私の甘えが出てしまうのです。私がもっとネイティブの発音だったらミーコと私を間違えるはずなんてなかったのにっても思いました。だってミーコは英語がヘタだったってSくんが言っていたからです。これからは、もっと綺麗な発音ができるようになりたいって思った時でした。


「ミーコに会わないの? 彼女、今、この国にいるんでしょ?」


「うん。でも・・・。」


「日本人のカレシなんてどうでもいいじゃん。

 Sくんはきっとそのカレシなんかより、カッコいいし、優しいし。

 ミーコにハッキリ言ったらいいよ、好きだって。

 Sくんなら絶対に上手くいくって。ミーコもSくんのこと、好きだって。」


本当はそう言いたかったのに、結局どうでもいい話だけをして電話を切りました。


「ミーコはいいなぁ。そんなにSくんに思われてさ・・・。」


私は「ミーコ」というその名前しか知らない女性に、ひどく嫉妬しました。


そのことを日本に住む友人に手紙で報告をしました。


「そのミーコさんっていう人、よっぽどいい人だったんだね。

 その人のおかげで、あんたもいい思いができたんだから、

 その人に感謝した方がいいよ。」


そんな内容で書かれた返事がきました。


確かにその通りでした。

Sくんは、ミーコさんからもらった優しさを、こんな風にして、私や、他の誰かさんに返しているんだなって思うことにしました。 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ