47.三原順 「はみだっし子」 に思う
確かに、このマンガだったと思います。
アンジーだったか、サーニンだったのか。
それともマックス、もしくはグレアムだったのかもしれない。
『はみだしっ子』4人のうちの誰かの言葉でした。
はみだしっ子4人の知り合いの男性が、彼らを前にして話をしていました。
その男性の母親のことです。
「普段は他の都市で暮らしている僕が、この町に帰ってくることをいつも母は知っていた。
僕が町の小さい駅を出て階段を降りてくると、駅近くに住んでいる母がいつも手を振っては笑顔で僕を迎えてくれる。はずれたことがないんだ。いつもいつも、たまにしか帰ってこない僕の帰りを母は知っていた・・・。」
「おめでたい奴め。
僕は知っている。
奴の母親が、毎度毎度、この町の小さな駅に電車が到着するたびに家の外に出ては、奴が改札から出てくるのを確かめていることを。何百回、何千何万回に一度の為に何度も何度も家の外に出て奴を出迎えていることを。」
そのような内容のことでした。
はみだしっ子のマンガのそのセリフの主は、何も知らない単純なその息子のことを責めているようです。
そうですね。知らないことは、ある意味『しあわせ』なのかもしれません。
私も、そのマンガを読んでいた当時は、その男って親の気持ちも知らない愚鈍な息子って思ったかもしれません。
でも最近では、その母親は、もしかしたらそうるすことが好きで、好きだからそうしていたのかもしれない、と考えるようになりました。
何百回に一度でも、何千回、何万回に一度でも、母親である自分が彼に与えられる笑顔という喜びを、彼女は気を長くして待っているのかもしれない。もしかしたら年齢を重ねるということはそう言うことかもしれないです。
そして、それを否定的にとらえてしまった「はみだしっ子」のその子は、そういう母親が欲しかったんだと思います。自分をいつでも無条件の笑顔で待っていてくれる絶対の存在をです。
あなたの無条件の笑顔を、あなたの大切な人に。
私の願いです。




