42.映画 「ビフォア・ミッドナイト」 に思う
原題: Before Sunrise
公開年: 1995年
制作国: アメリカ合衆国、オーストリア、スイス
監督: リチャード・リンクレイター (Richard Linklater)
原題: Before Sunset
公開年: 2004 年
制作国: アメリカ合衆国
監督: リチャード・リンクレイター (Richard Linklater)
原題: Before Midnight
公開年: 2013 年
制作国: アメリカ合衆国
監督: リチャード・リンクレイター (Richard Linklater)
この映画は 『Before Sunrise』、『Before Sunset』 に続く『Before ○○』 シリーズの最終編です。
前作二編はすでに見知っていたので、三作目を制作と知ってから、ずっと、レンタル屋に並ぶのを待っていました。(映画館に足を運ばないでゴメンナサイ。)
前二作同様、ほとんどが二人の会話だけで成り立っています。
どちらかというと、どうでもいい会話を楽しめない人は、どうか彼らの友人になって彼らの会話や雰囲気を楽しんだらいいと思います。
彼らにとって、いつもいつも、すぐに結論なんて出ません。
彼らにとっては、会話をして、こなしていくことが重要ですし、
話すこと、そのものが生きることなのです。
ニコニコ微笑んで、片方の言いたい事だけを黙って聞いているだけではないのです。
ジュリー・デルピー。
若い頃の彼女をご存じでしょうか?華奢な身体にそれはそれはお人形のように(彼女は『お人形のように』といった形容をひどく嫌うでしょうけど。)美しい人でした。過去形ではシツレイですね。現在も尚、と付け加えておきましょう。相変わらず美しさをたたえている彼女ですが、年齢のせいで少々ぽってりとした身体をカメラは何度も映し出していますが、それは、彼女が私たちに年齢を重ねたことを誇らしく見せてくれているようにも思えます。「見て!私ったらこんなに素敵よ。」ってね。年を取ることが恥であるかのような扱いをする国とはやはり雲泥の差があるように思えます。多分、彼女だけでなく、彼女の国の多くの女性が年を重ねることを喜んでいる、喜べるような国民性なのだと思います。ウラヤマシイ限りです。
で、少々ネタバレのようになってしまうが、
映画の中で、彼女が結局、彼の子どもを得たということが意外に思いました。
映画の前半は互いに違う伴侶を持って、各々の子を伴っての再会だと思わせるところがあったからです。
この映画監督が男性でしたので、
結局、
『男は』、好きな女性に自分の子どもを産んで欲しいのね。
だから、映画中で彼女に彼の子を産ませたのね。
って思いました。
そんなことを言ってしまっては、超フェミニズムの申し子であるかのようなジュリーに対して申し訳ないような気がしないでもないのですが・・・。
しかし、待ってください。
ちょっと見方を変えたら、
『女が』、好きな男性の子どもを産みましたよっ。
てことにも解釈できないでもないです。
こちらの方がしっくりとくるような気もします。
映画の中でも外でも自立した彼女のことです。
例え、お腹の中に子が宿ったとしても、『生かす』も『殺す』も結局は、
多くの場合において母親の意志で左右されることです。
きっと彼女は、自分の意志で、子どもを宿し、産み、育てているのでしょう。
ですから、悩みも葛藤も、もちろん常にあります。
それにしても、
どうにもこうにも、年齢を重ねることは楽しいし、素晴らしいってことを感じさせてくれる映画だと思います。
男性が観たらいいだろうなって思うところもあります。
特に最後の方の場面はぜひ男性陣に観てただいて、
女性の思いを知ってもらいたいなって思いました。
あなたのカレシがどう感じ、どう思うのか、ある種のリトマス試験紙になります。
先に、この映画は三部作と書いてしまいましたが、
映画の中の二人がまた、10年後、あるいは20年後に再び私たちの前に現れてくれたらいいなって思います。
もしも、82歳の彼らに会えたなら、その時も私の共感を得るような人生を送っているかな、
そうだったらいいなって思います。
余談になりますが、
この映画はある意味、ちょっとした復讐劇のように見えなくもないです。
まぁ、他人事にはあまり詮索をしない方がよいとは思いますけどね、ふふふ・・・。
*
映画の中盤あたりで、彼らの友人である老婦人が言っていた言葉が思い出されます。
「誰かにとって、とても大切な存在。
でも過ぎ去ってしまうの。」
過ぎ去ってしまう人生に乾杯。




