102. 映画 「ブレード・ランナー」 に思う
先日の投稿で、映画「ブレード・ランナー」について少々触れました。
最近になって再びその映画を家のビデオで観ました。
今まで私の中で封印していた映画です。
初見から何十年も時を経て、なんとなく、もういいかなって再度見る決心をした映画です。
こういう内容だったんだ、って改めて理解しました。
あの頃は、一緒に観に行った彼と、なんかわからないけど感動して、二人でよかったねと見終わってから感想を言い合ったんだと思います。その何年後かにもやっぱり彼は人に薦める時に「いい映画だったよね。」
と言っていました。私もそう思います。
三人のレプリカントの命は人間の命のようにではなく、
死んでしまったら永遠に消えてしまうのです。
人間は肉体が滅んでもまた次の肉体に宿ることができる、生命の火は永遠に続くのです。
でも、彼らは違う。彼らの命の火が続くことはない。
だから彼らは地球にやって来て、天才科学者に自分たちの命の火が消えないようにして欲しかった、
最近見てその様に理解しました。
今一度 wiki を見たりして確かめないで書いているので間違っていたら、まあそれはそれで。
でも最近、Youtube で『たく先生の非常識な体質改善』って動画を見る機会がありました。
そこで、たく先生が言うことには、
「量子的に言うと、死んじゃうって肉体が死んじゃうだけで、情報が死んでしまうことではない。」
ということです。
最近は量子力学の理解が盛んになってきていて、頻繁に量子の話題等を耳にする機会も増えてきているけれど、そうだとしたら、『ポーの一族』のバンパネラも同様で、死んでしまうというか、存在がなくなってしまったら、彼の、彼女の命は終わりなのかっていったら全くそうじゃなくって、ある男性は、年老いてもいつまでも彼ら、エドガーとアランのことを思いだしては懐かしんだり、ある婦人は目を閉じて彼らに感謝をしたり、当のこの私だって彼らのことを時折思い出しては涙ぐんだりして。
だから、あのレプリカントのこともずっと忘れないでいると思います。
彼らに懸命さとか哀しそうな眼差しとか。
きっと私のこの肉体が朽ちた後でも、あたしのDNAにはしっかりと彼らの情報は刻まれていて、
またもし私が肉体をもって生まれ落ちた時にも、きっと私の記憶の奥には彼らがいたという情報は残っているのだと思います。この風景が懐かしいとか、なんか見覚えがあるとか、なんだかこの人のこと、好きだなとか。
だから、あなたたちレプリカント、どうか悲しまないでください。
あたしは、あなたたちのことを覚えているから。
あたしの他にも、あなたたちに出会った誰かさんたちの DNA の中で、
あなたたちがここに存在していたっていう情報がなくなることはないから。
だからどうかもう悲しまないでください。




