第二話 飛行機と少女
木々の間をすり抜け、遥か空へと駆け上がる。森の緑が遠ざかり、ぐんぐんと上昇する視界。やがてその中央に、傾いた飛行機の姿をとらえた。白いヨットの先端に三枚羽根のプロペラを付けたような形をしている。機体後方に据え付けられたエンジンと思しきパイプの塊のような機械。そこから煙と炎が次々と溢れだしていた。空を飛んでいるが翼はなく、代わりに白い機体の下方では魔法陣が輝いている。どうやら、俺のスケボーと同様に魔法で空を飛んでいるらしい。正確に言えば、魔法と機械のハイブリッドだろうか。
「あ……が……れェ!!!!」
機体の船首部分に、一人の少女が居た。鮮やかな紅髪と溌剌とした青い瞳が印象的な、十代後半ほどに見える少女である。彼女は長い髪を振り乱しながら、懸命にY字型をしたハンドルを操ろうとしている。その白い頬は真っ赤に染まっていて、形のよい富士額からは汗が滴っていた。
「おい、大丈夫か!?」
「そんなわけ、ないでしょ! 今にも落ちそう!」
「こっちへ来い! その船はもう無理だ!」
「いえ、まだまだ…………あわッ!?」
バキンッと響く鈍い音。少女の握っていたハンドルが、根元から折れてしまった。その途端、飛行機の機体はさながらジェットコースターよろしく揺れ始め、捕まっていたハンドルを失った少女の身体は、あっさり外へと放り出されてしまう。俺はあまりのことに茫然としかけたが、すぐさま下へ回り込んで落ちてくる少女を受け止めた。が、さすがにとっさのことだったので完全には止めきれない。俺と少女は一緒になって木々の上へと落ち、そのまま枝を何本かへし折って地面へと落下した。
「あたたたァ……」
枝が勢いを殺してくれたのと、地面に柔らかい腐葉土が堆積していたおかげで、落ちた高さの割に怪我はないようだった。俺は強かに打ちつけてしまった腰をさすりながら、同じく倒れている少女の肩をゆする。すると彼女はゆっくりと瞼を開き、俺と同様に腰をさすり始めた。
「痛ッ…………何とか、助かったみたいね」
「ああ、結構ギリギリだったけどな」
「助けてくれてありがと。あなた、名前は?」
「俺は夏月眞二。君は?」
「私はフィーネ・フォスカー、冒険者見習いってとこよ。夢はでっかくSランク……って、いまシップが燃えちゃったけどね」
そう言うと、彼女はうんざりしたような顔で飛行機が墜落したポイントを見た。俺たちにやや遅れて落ちた飛行機は、部品をそこら中にまき散らしてほぼ完全にスクラップとなり果てている。原形を留めぬほどに潰れて、もはやクズ鉄としての価値しかなさそうなそれに、フィーネはハアっとため息を漏らす。
「あーあ、ドシー工房の新型だったのに……」
「……残念だったな」
「まあいいわよ。またお金貯めればいいしさ。それより、さっさと町へ行きますか」
フィーネは背負っていたリュックサックから地図を引っ張り出すと、周囲の様子をつぶさに確認した。空を見上げて星の位置を確認し、森の彼方に聳える山の形を確かめ。そしてしばらくすると現在地の確認を終え、自信満々に歩き始める。俺はそんな彼女の背中に、慌てて声をかけた。
「すまん、町まで一緒に行ってもいいか?」
「もちろんいいわよ。シンジもプロンの町に何か用があるの?」
「あーいや、そういうわけじゃなくてな……」
俺は自分の身の上を当たり障りのないようにフィーネに述べてみた。自分はこことは交流の無い遥か遠い国の出身であること。転移魔法の事故に遭い、たまたまここまで飛ばされてしまったということ。魔法の心得は少しあるが、常識がなくお金もほとんどないこと。今の自分の状況を、フィクションとリアルを織り交ぜながらどうにか上手く彼女に伝えて行く。
フィーネは戸惑ったような顔をしつつも、うんうんと相槌を打ってくれた。やがて俺が話を終えると、彼女はうーんと唸り、腕を組んで考え込み始める。
「そっか……それは災難だったわね。でも、私もあんまり余裕がある状態じゃないしなぁ……」
「別に無理はしなくていいぞ。一人でも何とかしてはいけるだろうし。フィーネも飛行機が壊れて大変だろ」
「駄目よ! 命の恩人なんだし、ちゃんと考えさせて。……そうだ! 町に着いたら私と一緒にギルドに登録しない? 二人で旅団を結成するのよ!」
いきなり目を輝かせ、ギュッと手を握りしめてくるフィーネ。何だかずいぶんとノリノリだ。けれど今の俺には、何の事だかさっぱりわからない。
「えっと、ギルドってなんだ? 旅団って?」
「ああ、ごめん! そう言うこと分からないんだったわね。えっと、ギルドって言うのは、冒険者の組合みたいなものよ。ここに登録していると、冒険者として世界各地で依頼を受けることができるわ。旅団って言うのは、冒険者たちの団体ね。一緒に世界を冒険をする仲間みたいなものと思っておけばいいかしら」
「……つまり、一緒に冒険しようってことか?」
「そういうこと!」
フィーネは俺に向かってニッとウインクをした。大きな瞳がきらりと輝き、とても愛らしい。俺は少しばかりその仕草にときめいてしまった。……別に、断る理由はないな。どうせ日本に戻ったところで妙な稼業が待っているだけだし、彼女と共に冒険の旅と言うのも悪くない。魔術師と言えど日本人、結構RPG系のゲームは好きだったりする。冒険と言う言葉に若干心がときめいてもいた。
「よし、わかった。そうしよう」
「やった! じゃあ早速町までへ急ぎましょ。頑張ればここから二時間で行けるわ」
こうして、俺とフィーネはしばらく行動を共にすることとなったのだった――。