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第一話 魔法陣の上

 気が付くと、世界は真っ暗になっていた。無数の岩が垂れ下がった低い天井と、水の滴る黒い壁が俺を取り囲んでいる。湿り気を孕んだ空気は重く、黴のような香りがした。背中に当たる地面は冷たく、つるりとした金属のような材質をしている。俺は軋む身体をさすりながら、ゆっくりと起き上がる。


「おおう……こりゃエグイな」


 視界に飛び込んできた魔法陣。俺の寝ていた場所を中心として、周囲の地面一面に刻み込まれた刻み込まれたそれは、ざっと見ただけでも大規模でしかも性質の悪い物だと言うことがわかる。刻まれている文字はおよそ見覚えがないが、陣の放つ紅の光と流れる魔力の質からして、生贄を用いるタイプの魔術だ。しかも、一人や二人ではない。最低でも数十人単位の生贄を使うような恐ろしい術式である。およそまっとうな組織の使うような代物ではない。


「こんな物を使って呼ばれたとなると……地球かどうか怪しいな」


 さらによく観察してみる。円に三角形を二つ重ね、中心に瞳を模したような記号が刻まれた独特の構成。それはどことなくではあるが、悪魔や神霊の召喚陣に似ていた。何かを異界から呼び出し、安定化させるための術式だ。俺たち魔術師が普段用いる転移陣などとは明らかに性質が違う。そもそも、ただの転移陣であれば生贄を使うほどの魔力など必要ない。


「何にしろ、さっさと出ないとな。我が杖に光を、ルクス!」


 握った杖の先に淡い光が灯る。良かった。もしかしたら魔術が安定して使えないかもしれないと思っていたが、それはないようだ。術が使えればとりあえず何とかなるだろう。ひと安心した俺はほっと胸をなで下ろすと、転がっていたスケボーを回収し、魔導の灯りを頼りにゆっくりとその場を後にする。すると魔法陣から少し離れたところに、黒いローブを羽織った人影があった。もしかして、こいつが俺を呼んだ張本人か? 俺は恐る恐る彼女――着けている宝飾品が女ものだった――に近づくと、深く被っている頭巾をひっぺがす。すると――


「うわ、干からびてら……」


 黒い布地の向こうにあったのは、見事なまでにミイラ化した女の死体だった。全身の水分が完全に抜け、骨に僅かな皮と肉が張り付いただけとなっている。元は結構な美人三だったのだろう。頭部に残された豊かな金髪とかろうじて姿を保っている白い頬のラインが痛々しく、完全な白骨よりもよっぽど酷い。魔術師と言う職業柄、死体は何回も見たことがあるがこのような状態は初めてだ。一体何年、いや何十年放置されればこうなってしまうんだろうか。俺は嫌悪感のあまり、口を手で押さえる。


「ええっと、こういうときはどうすればいいんだ……十字でも切っておけばいいんかね?」


 俺は適当な仕草で十字を切ると、女の掛けていた金のネックレスを手に取った。死体から物を持っていくのは気が引けるが、手持ちにろくな物がないので仕方ない。どこだかわからない以上、金目の物の一つは持っておきたかった。俺はコートのポケットにネックレスを突っ込むと、いま一度女に頭を下げて急ぎその場から走り去る。魔術師としては、呪詛ほど恐ろしい物はないからな。


 洞窟の外に出ると、周囲には深い森が広がっていた。日本ではなかなかお目にかかれないような巨木が鬱蒼と生い茂っている。時刻は夜のようで、空は深い群青色に染まっていた。無数の星々が綾を為し、空の中心を天の川が流れている。けれどその星の配置には全く見覚えがなく、いよいよここが異世界であると言うことを感じさせた。よくよく観察してみれば、周囲の植物もどこか日本とは違う。


「予想はしてたけど、マジか……」


 天を仰ぎ、頭を抱えそうになる俺。魔術師として何回かヤバい場面やファンタジーな事件にも遭遇してきたが、さすがに本格的な異世界は初めてだ。さて、どうしたものか……俺は不安で押しつぶされそうになりながらも、とりあえず使える魔法とサバイバルの知識を引っ張り出す。まずは、とにもかくにも食料と水の確保だ。水は魔法で何とかなるが、食料はそういうわけにもいかない。それから、出来れば早いうちに人里に辿り着きたい。


「よし、とりあえず基準点の確保だな。我が杖に集いし光よ、天に昇りて星となれ! シャイニングノヴァ!」


 杖の先に白光が集中し、それが打ち上げ花火よろしく上がって行った。やがて光は遥か空の高みに達すると、パンっと弾けて大きな塊となる。夜空を煌々と照らし出すそれは、さながら出力の小さな照明弾のようだ。これならば、遠く離れた場所からでも容易に見ることが出来るだろう。こうして目印を確保した俺は、ゆっくりと夜の森へと足を踏み入れて行く。


 そうして、しばらく歩いた頃だった。遥か上空から、風を切り裂くローター音のような物が響いてくる。もしかして、ヘリか何かか? 俺はすぐさま音がした方へと視線を向けた。するとヨットにプロペラを付けたような飛行物体が、恐ろしいスピードで俺が打ち上げた光の球の方へとすっ飛んで行くのが見える。その白い機体からは黒い煙と赤い炎が出ていた。まさか、あの場所を飛行場か何かと勘違いしてるんじゃ……!


「待て! あれは目印に打ち上げただけだ! あそこには何もないぞォ!!!!」


 俺は必死に叫ぶが、飛行機が止まる気配はない。プロペラの音に阻まれて聞こえないのか、それとも既に止まるに止まれない状況なのか。とにもかくにも、流線形の船体は急速に高度を下げながら、地面に向かって空を切っていく。このままじゃ、地面との衝突は免れないぞ……!


「ああ、クソ! しょうがねえ!」


 俺は大事に抱えていたスケボーを宙に放り出すと、急ぎ墜落しかけの飛行機の方へと飛んだのであった――。

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