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4、お姫様は奉仕をご所望!

 日曜日の夜10時過ぎ。さてそろそろ寝ようかと思いながら電気を消そうとすると、突如チャイムが。誰だこんな時間に。非常識だな。


「あ、千嘉。悪い、辞書貸して?」


 扉を開けると空也が立っていた。何でこんな時間に辞書?今から宿題やるの?さすが秀才は何でもすぐできるからお得だよね。


「はいはい、何辞書?」

「国語辞典」

「はいはい、国語辞典・・・げ!」

「どうした?」


 私は突如ものすごいことを思い出してしまって青ざめる。


「現国の宿題するの忘れてた・・・」

「は?どんなの?」

「薄い奴だけど、問題集1冊」

「ばっ・・・いつ出た奴だよそれ!?」


 私は額に手を当てながら「月曜日・・・」と力なく答えた。うわ、どうしよう。今からやって終わるかな・・・?いや、終わっても徹夜明けで学校とか無理。


「なんで今まで放ってたんだ!」

「だっ、だって・・・」


 だって、提出日が来週とかだったら、安心しちゃうでしょ?まだやらなくていいって思って、結局忘れちゃったり・・・するでしょ?


「ばか!そう言うのは忘れないようにすぐやるもんなんだよ!」


 お前が言うな!10時に辞書借りに来るやつに言われたくないよ!


「はぁ・・・ちょっと入るぞ」

「へ?なんで?」


 きょとんとして問い返す。


「手伝う。俺が手伝えば日が変わる前に終わる」

「空也・・・」


 さすが秀才。あんたがお隣でよかったよ。


「ま、俺はお前の下僕だからな。姫様のピンチには命がけでご奉仕しますよ」


 そう、芝居気たっぷりに言ってのける。あぁ、その態度はちょっとムカツク。こっちは必死だってのに。


「すみませーん!千嘉のお母さん、ちょっとお邪魔しますね!」


 そう、リビングに向かって叫ぶ空也。驚いて母が出てきた。パジャマにカーディガン姿だ。


「え?空也君?な、なんで?」

「辞書借りに来たついでに千嘉の宿題見て行きます」


 にっこり猫かぶりスマイルを浮かべて私の部屋に入っていく。


「お母さん、お茶お願いね!」


 私もそう言って後に続く。とにかく急がないと。

 部屋に入り、戸を閉めようとすると、空也がその手を取った。


「・・・ドアは開けとけ」

「は?何で?リビングのテレビうるさい・・・」

「いいから!ほら、早く座れって」


 それから私はビシバシとしごかれたのである。空也が、文字を読むのが遅い私の代わりに問題集の文を朗読し、加えて問題文も読み上げて、私に問う。


「――で、あるからして、この時の主人公の気持ちは?」

「えーと・・・怒り・・・?」

「馬鹿!この文の終わりに、『彼女の心は温かくなった』って書いてあるだろ。何でそれでそうなるんだよ!お前それでも女か!?」

「ふえぇ・・・こ、恋心・・・?」

「そう、ほら、さっさとそう書け」

「うぅ・・・」


 何よ下僕のくせに姫様にそんな態度取っていいわけ?あの松月さん家の彼を見習え!

・・・なんて、教えてもらってる立場でそんなこと言えない。そ、そこまでけなさなくたっていいでしょ!?

 そして1時間40分経過。


「お、終わった・・・」


 時刻は11時50分。すごい、本当に日が変わる前に終わったよ。


「はぁ・・・。おつかれ、じゃ、俺帰るから。明日寝坊するなよ?」


 空也は首を回しながら立ち上がった。背後のローテーブルにいつの間にかお茶が置いてあった。お母さん、気配なかった?いや、たんにこっちがわめきながらやってたから気がつかなかっただけかも。すっかり冷めてしまったそれを、空也は律儀に飲みほして、リビングに向かって「お邪魔しましたー。帰りますねー」と声をかけている。すると奥から母が飛び出してきて。


「本当にごめんね空也君!いつもいつも。ホントうちの子は・・・」


 空也に平謝りだ。まぁ、仕方ないけど。


「いやいや、俺も夜分に辞書借りに来るなんて非常識でしたから、お互い様です」


 そう言って片手に持った国語辞典を軽く振った。あ、忘れてた。空也自分の宿題があったんじゃ・・・。

 今頃気づいて非常に申し訳なさそうな顔をする私。そんな私を見て、


「・・・俺の宿題なんか10分で終わるんだよ。気にするな」


 そう言って私の母にお辞儀して空也は玄関を出て行った。すぐに隣でガチャンという音がした。

 はじめは空也が全部解いてくれるのかとも思ったけど、そんな事はなく、彼はちゃんと私自身でやらせた。明日は小テストはないが、たぶん、まだまだ先とはいえ、期末テストで私が困らないように。


「はぁ・・・」


 結局私は、あいつに頼ってばっかりだ。もっとちゃんと、したいのに・・・。






「おっはよー千嘉。現国の宿題ちゃんとやってきた?」

「・・・やってきた」

「わぁ、めずらし!やってきてなかったら写させてあげようと思ったのに」

「久美子の答え、いっつも間違ってるじゃん」


 私たちの成績は似たり寄ったりだ。

 ・・・あぁ、昨日はあんまり眠れなかった。宿題は無事に終わったし、睡眠時間はしっかり確保できたはずなのに、変なこと考えてたら横になってるのに全然眠れなかった。今日の授業やばいかも。

 しかし、睡魔に勝てるか気にしていた現国の授業は、予想外に指名されてしまったため、眠気など吹っ飛んでしまった。だが、空也のスパルタのおかげで、何なく答えることができた。しかし、何でよりによって授業開始早々私が当たったんだろう?するとふと黒板の端に書かれた数字が目に入った。

 9月24日(月)

 24・・・私の出席番号だ。なるほど。もしかして空也、ここまで見越してた?いや、まさかね・・・?






 放課後。朝は眠さマックスだったけれど、なんとか乗り切った。今日は帰ってすぐ寝よう・・・。そう思って鞄に教科書をしまっていく。


「千嘉ぁ、帰ろうぜー」


 のんきな空也の声が聞こえた。何だ。隣のクラスはもう終わってたんだ。


「はぁい・・・」


 立ちあがったとき、ふいに久美子が声をかけてきた。


「いいなぁ、千嘉は。ナイト様が毎日送り迎えしてくれて」


 なんてことないからかいだった。いつものこと。だけど、それが今日は異様に気に障った。きっと、昨日のことで。


「・・・うるさいな」

「千嘉?」


 私の不穏な様子に久美子が怪訝な顔をする。うるさいな。ナイトってなによ。・・・いや、久美子は悪くない、悪くない・・・。どうしたんだ私?何イラついてんの?


「千嘉、どうした?」


 私がなかなか来ないから気になったのだろう、空也が教室に入ってきた。教室中の視線が彼に集まる。何よ。「空也君だぁ。千嘉ちゃんいいなー」なんて言う声が聞こえてくる。何よ。


「いや、千嘉がなんかおかしくて・・・」


 久美子が空也に言う。そんな事、こいつに言ってなんになるの?


「空也君、千嘉のこと頼める?」

「あぁ、家にはいつも通り送るけど・・・」


 何よ。その上から目線。私は一人で帰れる。子供扱いしないで。


「帰るぞ?千嘉?」


 空也が私の頭に手を置いた。ぽんぽんと軽くたたき、覗き込む。まるで幼い子をなだめるように・・・。そのとき、何かが私の中ではじけた。


「触らないで!」


 バシッ!

 教室はそれなりの喧騒だったはずだが、その音は異常に響いた。私が空也の手を振り払った音。騒がしかった教室中が静まり返る。


「・・・千嘉?」


 驚き呆けた顔をして空也が言う。しかし、そんな事どうでもいい。


「人のこと子供扱いしないでよ!!どうせいつまでたっても私はちっちゃいチカちゃんよ!でも17歳なんだから!子供じゃないんだから!お姫様と下僕ごっことか、いつまでやらせるつもりよ!?馬鹿じゃないの!?そうやっていつまでもっ・・・」


 そこでのどが引っ掛かって声が出なくなった。ひぐっと変な声を出して、口をつぐむ。しかしクラス中の視線が私に降り注いでいる。しまった。

 私は鞄をひっつかむと、教室から飛び出した。何で。何で。こんなことを言うつもりじゃなかった。ただ、私は・・・!







・・・馬鹿だ私。

 ちょっと気晴らしに遠回りしようと思い、いつもの通学路とは違うコースをひとりで歩きながら、先ほどの事が何度も脳内リプレイする。子供扱いしないでと言っておきながら、空也にずっと頼っているのは自分じゃないか。宿題だってまともにできないくせに。


 今まで、ずっと空也は私のそばにいた。それはそうだ。お隣さんだし、幼馴染だし。

・・・だから、空也は私から逃れられない。私がずっとダメっ子で、あいつはずっと優秀で・・・。ずっと私は空也にお守りしてもらってるんだ。空也のクラスの昨日の宿題、結構大変な奴だった。いくら空也でも10分でなんて終わるはずなかった。それなのに、あいつは・・・。私ってお荷物だよね?内心では、あいつも私のことしょうがない奴って思ってるんじゃないの?こいつさえいなければって思ってるんじゃないの?勉強も運動も何もできないくせに、偉そうなこと言ってんじゃねぇよとか思ってるんじゃないの?それとも、小さい子供だから仕方ないとか思ってる?はっ、それはないよね?とりあえず17年間一緒に育ってきたし。でも・・・。


 ダメなんだよ私は。空也がそばにいると、自分のダメなとこ、いっぱい見えちゃうんだよ!いや、あいつがいなくても、私はダメダメなんだけど。でもあいつの隣にいると、それが余計目立って、自分がみじめでっ・・・。


 ふらふらと道路わきを歩く私。最近、と言ってもたった二日、帰り道は一人だった。今まで空也がいることが当たり前だったのに、いないことがすごく不自然だった。今までそんなこと思ったこともなかった。だっていつもそばにいたから。ねぇ、あんたはいつか私の隣からいなくなるんでしょ?だったらさ、もう今からいなくなってよ?どうせ離れるなら、早い方がいい。私はきっと自立した方がいい。だって、どっかできっと甘えちゃうから。でも・・・。

 寂しい。

 空也がいないと寂しいよ。ずっといてよ。どっか行ったりしないで。一人にしないで。面倒だったら勉強教えなくてもいいし、下僕とか、そんなの律儀に守ってなくていいから・・・。だから、邪魔とか思わないで?私の隣にずっといて・・・!


 いつの間にか涙がボロボロと零れ落ちていた。しまった・・・。しかし、ちょうどそこは空き地の前で、人通りはなかった。ほっとしながら、私は手の甲で涙をぬぐう。グジグジとみっともなく鼻水も出しながら、でも人もいないし別にいいやと思いながら、しばらくそこに立っていた。そのとき、


「お譲ちゃん、大丈夫かい?」


 ふいに背後から掛けられた声に驚いて振り向くと、20代後半くらいの、スーツを着たサラリーマン風の男性が立っていた。腰をかがめて、私と目線を同じくする。


「どうして泣いてたの?」


 優しく問いかけてくれるが、それは明らかに小学生に対する話し方だった。それはそうだ。気付くはずかない。私の高校はブレザーの制服で、今は夏服だから白いシャツにチェックのスカートだ。校章も入っていないし、私が着ると、私立の小学校みたいな格好だ。それに子供なみに号泣しているのだから勘違いするのも無理はない。私はお兄さんに「大丈夫です」と言って、一礼してその場を立ち去ろうとした。しかし、


「待ってよ?ねぇ、何で泣いてたのか教えてくれない?」

「・・・!」


 彼は私の手首をつかんだ。何この人、しつこい。


「わ、私高校生なんでっ!別に一人で大丈夫ですっ」


 私はどもりながらもしっかりと言った。なのに、放してくれるどころか、その力はますます強くなる。何この人、怖い!


「は、放してっ・・・!」


 必死で振り払おうとするが、私の力ではかなうはずもなく。


「別に僕は怪しいもんじゃないんだよ?君が心配なんだ。悲しいことがあったのなら、おにーさんと遊ぼうよ。そうだ、アイス買ってあげるから」

「い、いらな・・・」

「ほら!」


 お兄さんが腕に力を込める。顔はにこやかに笑っているが、腕をつかむ手はかなり強い。その能面のような笑いが、逆に恐怖をかきたてる。やだやだやだ。怖い・・・!


「やめ・・・」


 さっきまでとは違う涙が目からこぼれる。怖いよぉ!


「くぅや・・・!」


 ガッ!

 突如、私の手を握っていたお兄さんの力が緩んだ。涙越しに見ると、私の頭上で長い足が伸び、お兄さんの顔に見事にヒットしていた。


「え!?」


 一瞬遅れて私の頭の上に土がパラパラと落ちてくる。そしてグイッと後ろに手を引かれた。


「大丈夫か!?」


 上から覗き込むように、現れたのは見慣れた顔だった。


「くぅやぁ~!!」


 私は顔をくしゃりと歪ませ、上を見上げて泣き出す。「こ、こわかっ・・・!」


「あーよしよし、大丈夫だ。もう大丈夫だから・・・」

「わあぁぁぁぁん!くぅやぁ~」

「はいはい、わかったって」


 空也は私の頭の上に落ちた砂をパッパと払い落し、私の前に回り込んでしゃがんだ。背の高い彼と、私の目線が合う。


「よしよし、怖かったなぁ。えっと・・・アイス食うか?」


 何よそれ?さっきの変態と思考回路が一緒じゃないか!子供はアイスで泣きやむと思ったら大間違いだぞ!しかも私は子供じゃないし!


「食べる!!」


 しかし私は泣きながらそう叫んだ。



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