3、お姫様はケーキをご所望!
「と、言うわけで、今日はバスケ部の助っ人に行くから、先帰っといてな」
前の席の椅子・・・の背に器用に座って空也は私を見降ろしながら言った。私は机に肘をついて読書をしながらぞんざいに相槌を打つ。
「・・・そんなに頻繁に助っ人に行くなら、どこかの部に入ればいいのに」
「やだよ。時間なくなるだろ」
「なんの」
「勉強とか・・・?」
なんで語尾にハテナがつく?って言うか、勉強しなくても成績いいじゃん。
「お前と帰れなくなるし」
「別に一緒に返ってなんて頼んでないし」
というか、さっさと自分の教室戻ってよ。空也がうちの教室に来ているだけで、クラス中の視線が集まって居心地が悪い。
「だって、最近物騒だし」
「あのね・・・歩いて10分の距離で、何の危険があるって言うのよ?」
「さぁてねぇ・・・世の中ロリコンって言う種族が・・・」
「バカバカしい」
そう言って私は勢いよく本を閉じた。そのとき、タイミング悪く久美子がトイレから戻ってきた。
「空也君がロリコンだって?」
興味津津に訊いてくる。そして私の首に腕をまわして顔を寄せる。だから暑いって。
「その設定も萌えるけど、やっぱり私の可愛い千嘉は渡せないなぁ」
誰がお前のだ。というかロリコンは萌えないよ。
「いやいや、人聞き悪いこと言うなよ、桜井」
苦笑しつつ空也が言う。すると久美子の背後から、今度は愛ちゃんがニュッと顔を出した。
「何にやら楽しそうな会話が聞こえたよ?ロリコンがどうしたって?」
なぜみんなそこに興味を持つ!?
「愛ちゃん、3限目の休み時間は用事があるって言ってなかった?」
半眼で私が言うと、
「あ、いけない!部活のミーティングがあるんだった!」
そう言って自分の鞄の中をがさごそとかきまわし、ノートを掴んで慌てて走っていく。その後ろ姿を見送りながら、
「そう言えば、愛ちゃんって何部なの?」
彼女とはこのクラスになってから知り合った。クラスではよく話すものの、放課後や休日に一緒に遊んだりはしないので、夏休みが明けたいまだにそのことをまだ知らなかった。
「あぁ、あの子はマン研だよ」
こともなげに久美子が言う。へぇ、マン研ってマンガ研究部の略だよね?この学校にもあったんだーって・・・。
彼女の鞄が目に入る。そこからわずかにのぞいている冊子に見覚えが。
「・・・・」
いやいやいや。違うよね?あれが例の同人誌に見えるなんてそんな事はないよね?彼女が作者なんじゃないか、なんてそんな事一ミリも思ってないよ?あはは・・・。
「で、結局何の話だったの?」
久美子が話題を戻した。
「あぁ、最近物騒だから、気をつけろって話」
空也が立ちあがり彼女に席を明け渡す。私の前が桜井久美子の席だ。
「でも、千嘉には素敵なナイト様がついてるじゃない」
「いやいや、俺はしがない下僕だよ?」
「またまたぁ~」
何ともそんな恥ずかしいことを平気で言えるのだこいつらは。私はため息とともに片手をしっしと振って空也を追い払う。
「もう休み時間終わるよ。さっさと戻れば?」
その言葉で空也が教室の前方の時計を振り返る。「わ、ヤベっ」と慌てて教室から出て行った。
「はぁ~やっぱり彼はいいね。目の保養になるわ」
しみじみと言う久美子。久美子だって小学生の時から見知った顔じゃないか。何をいまさら。
「ホント、イケメンの幼馴染って、萌えるシュチュエーションだよねー」
「いや、ベタなシュチュエーションだろう」
「そのベタさがいい!」
「・・・でも、あんたが望むようなベタな結末にはならないから」
「えー」
はぁーと再びため息。しかし本日も独りで帰ることになってしまった。しかも今日は土曜日で半日授業だ。そのまま帰ってしまうのは惜しい。
「ねぇ、今日カラオケ行かない?」
気を取り直して訊いてみると、
「いいね!私も歌いたい!マスターしたボカロ曲が何個か・・・」
「あーまたそっち系で行くの?もっと私が知ってる歌にしてよー」
「いや、自分の歌いたいものを歌うのがいいの!あ、でもその前に行きたいところがあるんだけど」
ふと思い出したように手を打つ彼女。「どこ?」と言うと、にやりと笑い、
「へっへー。超イケメン店員のいるケーキ屋さん!」
「・・・元気だな」
つい今しがた目の保養したんじゃなかったのか。まぁいいや。ケーキ食べに行くことに異論はない。
そんなたわいない会話をしているとチャイムが鳴り、本日最後の授業が始まった。
「最近できたケーキ屋さんでね、オープニングスタッフの人で、すっごくカッコイイ人がいるんだって!」
「ふぅん」
別に私は店員には興味ない。何食べようかなー。どんなのがあるのかなーと、頭の中はそんな事ばかり。久美子の言葉はあんまり入ってこなかった。
「ここだよ!」
ふいに彼女が立ち止まったので見上げると、可愛らしい看板が目に入った。フリフリのエプロンドレスを着たクマがケーキを片手に立っているイラスト。あれ、なんか見たことあるな・・・
「ほらほら、あの人!」
興奮したように久美子が中を指さす。人を指さしてはいけません、と思いつつ、私はその指を握って下ろしながら中を覗き込んだ。
店の中はわりと広かった。ケーキ屋と聞いていたので、ケーキだけを売っていると思っていたが、どうやらテーブル席もいくつかあるようで、どちらかと言うとカフェのようだ。久美子が熱心に見つめる先に目を向ける。
「あれ?あの人・・・」
なんか、どっかで見たことあるな・・・。
「知ってる人?」
久美子が少し期待してきいてくる。いや、期待しないで。見たことあるだけで知り合いじゃないんだから。
「ん~?・・・・あ!思いだした!たぶん同じマンションの人だ。エレベーターですれ違ったことある」
「へぇー。何であんたの周りはそうイケメンだらけなわけ?ずるい」
いや、別にだらけではないだろう。
「でも、知り合いじゃないし。ほら、行くよ?」
そう言って彼女の手を引き店内へ。しかし、レジはものすごい混雑だった。開店したてで、セールでもやっているのだろうか?
「さっすがイケメンの集客率はすごいね」
久美子がそんなことを言う。あぁ、なるほど。やたらと女性客が多いのはケーキ屋だからだと思っていたが、そっちの理由もあるわけだ。
「う~ん。こんだけ混んでるとちょっとなぁ。ケーキもいいの売り切れてるよ、きっと」
背伸びして奥のショーケースを覗き込むと、ケーキはまばらだ。私は今ものすごくイチゴの気分だったけれど、そこに赤いものは見当たらない。イチゴタルトもイチゴのショートケーキもイチゴのムースもないのなら、この列に並んでわざわざ入るのはためらわれた。
「えー!あの人、間近で見たいよ」
なんで、ケーキ屋にわざわざイケメン見るためだけに入らにゃならんのだ。そのとき、厨房の方から声が響いた。
「おーい!時間だぞ!」
「あ、はい!あがります」
そう言ってその男性は奥へ入って行った。レジに並んでいた女性客が一斉に落胆の色を出す。
「なんだ、今日はもう終わりなんだぁ。じゃ、いいや」
一方久美子もそんな事を言って二人して店を出た。いや、ここはケーキ屋だから!
すると、女と言う者はなんとも現金なもので、振り返ってみるとぞろぞろと店から出てくる。今ならすぐにケーキが買えそうだ。イチゴがないから戻らないけど。それを見た久美子が、
「わ、この店大丈夫かな。あの人いなくなっただけで人がこんなに出てきちゃったよ?あの人が辞めたりしたら潰れちゃうんじゃない?」
そんな事はないだろう。だって、
「そんなことないよ。シュークリームしか食べたことはないけど、この店おいしいもん。ほら、出てきたのはレジに並んでた人たちだけで、店の中でお茶してる人はまだいるよ?おいしいからだよ。並んでただけの人はまだ食べてないから知らないだけで。きっとそのうち評価されて人気店になっちゃうよ?」
それまでにまた来なければ。あの人がいない日の方が空いてていいかもね。
「シュークリーム?何で食べたことあるの?」
私の言葉に驚く久美子。それはそうだ、私はここに来るまでそんな事一言も言ってない。だって、思い出したの今だし。
「昨日、空也が頂き物のおすそわけって言って家に持ってきてくれたの。なんか見たことある看板だと思ったら、あのシュークリームが入ってた紙袋と同じだと思って」
「へぇ、いいなぁ。じゃ、今度来たら私もシュークリームにしよっと」
「10種類もあるんだよ~」
あのシュークリームはおいしかった。まだ残りが冷蔵庫に入ってるから、家に帰ったらまた食べよう。そうだ、カラオケ終わったら久美子連れて帰って御馳走しようかな。
そんな事を考えながら、私たちは行きつけのカラオケショップへ向かった。
「うが・・・歌いすぎたぁ・・・」
午後4時。私は一人で家に向かっていた。あれからカラオケを二人で3時間。ちょっと厳しかった。しかし久美子は全然平気なようで、今からピアノのお稽古なんだと言って、残念そうに私の誘いを断って帰って行った。とにかく早く帰ってのど飴でも食べよう・・・と、マンションの入り口に差し掛かった時だった。
「わっ!?」
急に出てきた背の高い人とぶつかって、私は見事にすっ転んだ。
「わぁ!大丈夫?」
顔をあげると、私に向かって手を差し伸べる男性。あ、この人・・・
「ケーキ屋さんの・・・」
思わずそうつぶやいてしまった私は、すぐに口元を押さえる。うわ、なんか私がミーハーみたいに聞こえるよね、今の。私は別にイケメンに興味ないんですよ!
「へ?あぁ、もしかして店に来てくれたの?ありがとう。甘いもの好きなんだ?」
しかしそっちに解釈してくれて安堵する。
「はい。でも、今日はイチゴのケーキが出払ってたみたいで、結局食べずに帰って来ちゃったんですけど」
その人はふふっと笑うと、「イチゴ好きなの?」と聞いてきた。うわぁ、やっぱりみんなが噂するだけあってカッコイイ・・・。空也とはまた違う、なんか、甘いマスク?って言うのかな、こういう人を。
「や、イチゴが好きというか、今日はそんな気分だっただけで、どっちかっていうとチョコの方が好きで・・・」
って、誰もそんなこと聞いてないよ。何口走ってんだ私。
「おい、リオ。そんなところで何をやっている?」
突如彼の背後から黒い人影が現れた。この独特な話し方は・・・
「あ、ミコト。ちょっとこの子とぶつかっちゃって」
振り返る彼。その視線の先には黒いワンピースの少女・・・いや、女の人が立っていた。
「なら、早く起こしてやらんか」
呆れたようにそう言うのは、空也家のお隣の松月さんだった。相変わらずのその美貌。白い肌にさらさらのダークブラウンの髪。しかし、まとう雰囲気は大人のそれ。いいなぁ。
「おや、君は確か・・・木内さん宅の隣の・・・」
綺麗な顔がこちらにむく。
「あ、はい。こんにちは」
そう言って、男の人に手を借りて立ちあがらせてもらった。なんか恥ずかしい。
「いやぁ、久しぶりだね。昔はよくそこの空き地や神社の石段で見かけたよ。空也君とよく遊んでいたね。大きくなって・・・」
そう言う彼女も3,4年ほどしか歳が違わないはずだが、なんだかしみじみと言われてしまった。しかし、大きくなって・・・と言うのは、身体がほとんど成長していない私は今まであんまり言われたことがない。たまに言われても、たいてい社交辞令が丸わかり。しかし、この人の言うそれは、本当に心からそう思っているようで、なんだか嬉しかった。
「ありがとうございます」
正直に礼を言って、彼女の連れの男性にも「ぶつかってすみません。起こしてくれてありがとうございました」と言った。
「気にしないで。僕も気をつけるよ」
そう言って私たちはすれ違った。マンションに入る前、背後で彼らの会話が少しだけ聞こえた。
「買い物ならバイト帰りにしてきたのに・・・」
「これは私の貴重な運動時間なのだ」
「体力つけたいなら買い物だけじゃなくて、ジムとかに通ったら?家にばっかり閉じこもってないで」
「仕事なんだから仕方ないだろう」
・・・もしかして一緒に住んでるのかな?知らなかった。でもいつからだろう?あの人を見るようになったのは最近だ。恋人?さすが、美人にはカッコイイ彼氏ができるんだねぇ。
「ほらほら、ミコト。日傘忘れてるよ」
そう言って彼は持っていた黒い日傘を開き彼女にさしかける。しかし彼女は嫌そうに、
「もう夕方だ。必要ない」
「そんなこと言って、また赤くなっても知らないよ?」
「・・・」
そう言う彼の手からしぶしぶ日傘を受け取って、彼女たちは歩きだす。彼が彼女を優しく見つめている横顔が見えた。
素敵だなぁ・・・。
ああいうのなんだよ!私が求めてたのは!あの人は私の求める執事像そのものだ。いいなぁ。あの人が紅茶とか注いでくれたら、様になるよねきっと。
なんて、そんな事を考えても無理な話だし、とにかく家に帰ろう、と思って私はエレベーターに乗った。