2、お姫様は紅茶をご所望!
思えば、私の全盛期はあの幼稚園の時だった。
周りの大人からは可愛い可愛いとほめちぎられ(今も大して変わらないが)、お姫様とあがめられていた私は、ごっこ遊びをするときにはいつもお姫様役をやらされていた。幼稚園の劇も、白雪姫だの、シンデレラだの・・・まぁ、本当にすごかったのだ。しかし今となってはそれも遠い過去のこと。きっと私はあの時に運を使い果たしてしまったのだ。だって今では、
「あ、あのっ・・・チカちゃん、これ・・・!」
教室を出て帰ろうと廊下を歩いていると、知らない男子に声を掛けられた。知らないんだよ?なのに何でいきなり下の名前でしかもチャン付けなの?
「なに?」
見たところシャツのポケットについている学年章が私と同じ色だったので、私はため口で返した。内心思ったことは口にしないが。
「よかったら・・・」
そう言われて彼から受け取ったのは・・・
「フィギュア?」
「チカちゃんに・・・似てるから・・・」
「・・・」
目の前の男子は何やらはぁはぁしている。何でそんな息上がってんの?いや、これってもしかして別の意味?そして、こういう場合、私どうすればいいの?
「あ、ありがと・・・?」
とりあえずお礼を言ってみる。とたんに彼は嬉しそうに顔を赤らめ、くねくねと何やら妙な動きを見せたかと思うとダッシュで去って行った。ポケットからのぞく・・・おそらくケータイのストラップだろう・・・今はやりの美少女系アニメの主人公フィギュアが彼の走りに合わせて揺れていた。
「はぁ・・・なんなんだ」
私は目の前に今もらったばかりの人形を掲げる。女子高生風な制服を着ているが、その体系はまさしく私同様胸がペッタンコの幼児体型で、同じような栗色の髪の毛。しかし、私はこんなに大きなリボンをつけたことなどないぞ!その人形の頭の上では白いふわふわのリボンが揺れている。樹脂でできているくせに、ここだけリアリティー出してんの?なんで?しかもこのキャラ知らない。くれるならもっとメジャーなやつにしてよ・・・ってそんな問題じゃないよね。
私は仕方なくそれをスクールカバンにしまう。もらった手前、捨てることもできないし。いらないけど。しかしそこは持ち帰りやすいように手のひらサイズだった。よかった。
・・・最近はこんなのばかりだ。クラスの女子からは愛玩動物。一部のオタク系男子からは何やら裏で隠れアイドル視されているらしい。聞いた話では私を主人公にした同人誌まであるらしい。怖くて見れない・・・。しかし、別にそれは構わない。自分たちだけで楽しんでもらうのは大いに結構だ。私の見た目があれなのも仕方がない。仕方がないし、今更どうしようもないことは分かっている。分かっているのだが・・・。
私は窓の外を見た。ちょうどサッカー部の練習試合が始まったようだ。合図の笛が鳴ったと同時に、見慣れた人間がバッとボールを奪いに行く。黄色い声援がグランドに響く。
・・・納得いかない。
私の幼馴染、木内空也は、親友久美子の言う通り、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の学校のアイドルだ。私はこれが信じられない。だって・・・だってあの頃の空也は髪なんかボッサボサで・・・それが今では無造作ヘア―と言われ逆に人気に。そしてなんかいろいろ興味なさそうな表情・・・それがクールだのなんだの逆に女子のつぼに。加えて私よりも小さかった身体は、中学の時から異常に成長し始め、ちょうど人数が足りないからと無理やり入らされていたバスケ部で活躍し、しかもそのトレーニングのおかげか、しなやかについた筋肉は、彼の見目の良さと相まって女子に信じられないくらい人気が出た。あの空也が!
対する私はほとんど成長できず、完全に置いてけぼり。こんなの不公平だ!別に大人っぽくなってもてたいとかじゃない。そう言うことではなくて、たんに、自分よりも下だと思っていた人間に完璧に負けてしまったということが腹立たしい。なによ、下僕のくせに!
そう・・・下僕だ。幼稚園の時に始めたお姫様と下僕ごっこ。私たちの間で、それはなぜか異常なことに今でも続いていたりする。まぁ、あの時のように「姫様」と呼ばれることはなくなったが。いや、呼んだら殺す。みんなの前で言おうものならいい恥さらしだ。しかし、クラスのみんなは知っている。と言うか、小学校からの付き合いである久美子が言いふらした。小学校に上がるまで続いていたあのごっこ遊びが今でも維持されているのは他でもない、あの子のせい。クラス中に、「空也君は千嘉の下僕なんだよ!」と言った彼女に、「そうそう、実はそうなんだー」と悪乗りした空也のそのセリフで一気に学年中の知るところへ。それから私は陰で女王様なんて言われていたりする。いい迷惑だ。っていうか、最近の子はこの手の話題好きだよね・・・。この前ちらりと見てしまった例の私を主人公にした同人誌。まぁ、男子ではなく女子が書いた奴の方だけど・・・表紙に描かれていたのは大きな椅子に足を組んでふんぞり返った小さな女の子。その傍らでひざまずく男は彼女の足を取っている・・・そのあとどうすんの?想像すら恐ろしい。タイトルは『女王様と下僕様』何で下僕に様がついてんの!?
そんなのじゃないんだ!私があの時求めてたのは、もっとこう・・・素敵な感じなの!綺麗な庭園で紅茶を入れてくれる素敵な執事様なの!・・・何でこうなるのよぅ。
私は独りとぼとぼと家路につく。なぜかいつも空也と帰ってるから一緒に帰る子がいない・・・悲しい。
人気のない廊下に私の足音が響く。窓の外からは、黄色い声が絶えず聞こえていた。
ピンポーン・・・
玄関のチャイムが鳴った。時刻は午後6時。とうに学校から帰った私はルームウェアに着替えてリビングでサッカー中継を見つつくつろいでいたが、夕食の準備に忙しい母親に出ろと言われて、仕方なく玄関に行き扉を開ける。
「よぉ」
立っていたのは見慣れたイケメン・・・もとい、空也だった。確かに顔はいいと思うが、如何せん昔の彼を知っている私にはどうしてもそう見えてしまって、周りが感じるような興奮もなにもない。
「何か用?」
そっけなく言う私に、苦笑しながら手にした大きな袋を少し持ち上げて、
「もらい物だけど、おすそわけ」
と言って私に手渡す。「何これ?」と言いながら袋を見ると、どうやらお菓子のようだ。可愛いクマのイラストが入った紙袋に、パティスリーと書かれていた。
「シュークリームだってさ。お前好きだろ?」
その言葉に私の耳がピクリと動く。シュークリーム?
「あ、ありがと・・・」
私は甘いものに目がない。特にシュークリームやアイスクリームといった、クリームと名のつく物は特に。若干にやけながら受け取ったとき、背後で母の声がした。
「あらぁ、空也君。どうしたの?回覧板?」
そう言って出てくる母。晩御飯の準備はどうした。どうせ空也の声を聞きつけて出てきたに違いない。なぜかこの人は空也にべた惚れだ。というか、顔のいい男に弱い。いい年なのにアイドルのコンサートとか平気で行ってしまうミーハーな人だ。まぁ、元気な証拠だよね。うん。ちなみに私はコンサートみたいな人が多くて疲れる場所は嫌いだ。つぶされそうだし。
「空也がシュークリームくれたよ。頂き物のおすそわけだってさ」
私がそう言うと、
「あら!いいの?ありがとうね。よかったら上がって行かない?夕飯前だけど、少しだけ一緒にお茶しましょうよ」
「いいんですか?じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って何のためらいもなく人の家に上がってくる空也。いやいや、ちょっとは遠慮しろ、と言いたいところだが、私も空也のお母さんにはよくお茶に誘われて、しょっちゅうお邪魔しているから何も言えない。だって空也のママ、お菓子作りが上手なんだもん!絶品なんだもん!
「すぐに紅茶入れるからね~」
鼻歌交じりにキッチンへ向かう母。空也の顔なんて昔から見慣れてるだろうに、何でそこまでテンションあがるんだろう。でも、空也のお母さんも私に会ったら似たようなテンションになる。大人ってわからない。
私は紙袋を持ってリビングへ行く。テーブルの上にそれを置き、中から箱を取り出しふたを開く。突如甘い香りが広がった。
「ふわぁ・・・おいしそう」
思わず感嘆の声をあげる。そこには大ぶりのシュークリームが10個ほど並んでいた。
「これ、味が違ったりするのかなぁ?」
と問うと、空也は袋に入っていた説明書きのカラフルな紙を取り出し、
「右から順に、カスタード、ストロベリー、チョコ、抹茶・・・」
「私カスタード!」
こういうのはノーマルが一番!王道だ。
「ばか、あんたが先に選んでどうすんの!」
紅茶を運んできた母親に頭をはたかれた。痛い。
「いや、千嘉に持ってきたからいいんですよ」
空也はにこやかに言う。いつもは無表情のくせに、私のお母さんにはなぜか媚売ってんだよね。気に食わない。猫かぶり!そんな空也にまんまと騙される我が母。
「本当に、空也君はうちの子と違って礼儀正しいわよねぇ・・・千嘉、見習いなさい」
むぅ。しかし無視して私はシュークリームを手に取る。すかさず母がその下に受け皿を置く。さすが。
「じゃ、俺もいただきます。持ってきたのに結局自分で食べてるよ。なんかすみません」
「いいのよぉ~」
すみませんと言いつつ、端から上がるつもりだったんじゃないの?学校から帰ってきたばっかのはずなのに、ちゃっかりお風呂入って着替えてるし。なにが狙いだ。うちの母は渡さないぞ?
紅茶に口をつける空也。今時の男子高校生って紅茶よりコーラとかのが好きなんじゃないの?でもシュークリームにコーラは変か。そんな事を思いつつ私も紅茶に口をつける。空也のママの方が入れるの上手だな。普段うちはティーバックなのに、見栄張って茶葉から入れるから・・・。わかっちゃうよ?空也だもん。
「このシュークリームどうしたの?頂き物って言ってたけど」
私はお皿に乗った、まだ手つかずのそれに視線を落としつつ訊く。
「あぁ、隣の松月さんから頂いたんだ。いつもかーさんが手作り菓子おすそ分けしてるから」
「あぁ・・・あの、小さいけどものすごい美人さん」
松月さんとは、私の家と反対側の、空也のお隣さんだ。一軒挟んだだけなのに、私の家とはあまりお付き合いがない。聞いた話、あまり付き合いの広い人ではないらしい。しかし空也の母はすごいな。そんな人とも仲良しなんて。
「綺麗だよねーあの人。身長は私と同じくらいなのに何と言うか・・・大人な雰囲気があるよねぇ・・・表情?態度?何かなぁ」
そうだよ、身長も体形も子供っぽくても、振る舞いひとつで人間違って見えるはず!私もあんな風になれるかな?
「無理だろ」
ふいに空也が言った。
「何でよ!?」
「だって、残り時間からして・・・」
そう言いつつ空也が指さしたのは、つけっぱなしのテレビ。そこから流れるサッカー中継だった。日本が負けている。残り時間が迫る中、選手たちは必死にコートを駆けるが、逆転はなさそうだ。
「なんだ、そっちか・・・」
いきなりドンピシャな突っ込みを入れてくるから・・・。っていうか、心読まれたかと思った。さすがに成績優秀でも人の心まで読めるわけないよね。
私は気を取り直して、空になったティーカップをソーサーに戻し、シュークリームにかぶりついた。
ブチュッ
「・・・」
「っふ、あははっ!」
ふいに空也が笑いだした。キッチンで鍋をかきまぜていた母が驚いて振り返る。私はというと、たっぷり入ったクリームが勢いよくかぶりついたせいで飛び出し、顔中クリームまみれという現状。最悪!
「うぅ・・・カスタード・・・」
涙目になりつつ私は自身の頬をグイッとぬぐった。黄色いクリームが指にべっとりとつく。
「おいおい、こするな!・・・ほら」
空也は呆れた様子でテーブルに置かれたティッシュ箱をこちらに滑らせる。私はその、可愛らしいカバーの掛けられた箱から数枚引きぬくと、ごしごしとぬぐう。
「お前は変わらないなぁ・・・」
しみじみそんな事を言う空也。何がだ。見た目は変わらずとも、中身はれっきとした女子高生なんだぞ。
「うるっさいなぁ・・・」
そう言いながら彼を睨みつけ、手元に残ったクリームのほとんどなくなったシュー皮をほおばる。あ、おいしい。しかし、あんなに大きかったのに、ほとんどクリームが飛び出てしまったため食べた気がぜず、私はもう一つ手を伸ばした。今度はチョコかな。
「まだ食べるのか?夕飯前だぞ?」
「なによ、自分が持って来たんじゃん」
八つ当たり気味に言ってやると、再びやれやれといった感じで、わきに置かれたティーポットを手にし、私の空になったカップに注いだ。
「どうぞ、姫様」
「・・・ふんっ」
今度は飛び出さないように慎重に口に運んだシュークリームをほおばりながら、新たに注がれた紅茶に口をつける。そういえば、あのアニメにあこがれて、空也にはしょっちゅう紅茶を注がせていたっけ。おかげで空也は空也ママに仕込まれて、紅茶を入れる腕がかなり良くなってしまった。私より。くそぅ。
ムスッとした顔で一気に飲み干した。ポットに入れたのは私の母なので味はいまいちで、若干渋い。カップを置くと、ぼうっとした表情で彼がこちらを見ていた。何だ?と思ったのもつかの間、空也の手が私に伸びる。
「!?」
え?何?たたかれる?
びくっとして目を閉じると、鼻の頭に軽く指の感触。目を開けると、
「ははっ、ついてた」
と無邪気に笑って空也が自身の指についたクリームをぺろりとなめる。
舐めるなよ!?
「あんたたち、仲いいわねぇ・・・」
ふいに戻ってきていた母が言う。
「どこがよ!」
「でしょ?」
咬みつくように言う私と、何やら怪しげな笑みを浮かべる空也。なんか・・・腹立つ!