『ブレイン・アンカー』第四部 連鎖
第 27 章 受信
深夜の研究室。モニターの青白い光が、二人の顔を冷たく照らしていた。
画面には、04:13:12に刻まれた「D-418 アクセス要求」のログがそのまま残っている。
「榊が動いていないのに、このログは出た」
荒木がキーボードを叩き、通信経路のトレースを開始する。順に表示されるノードを追っていく。
「院内サーバーまでは辿れる。だが……」
荒木の手が止まった。
「ここで切れてる。その上流は、完全に真っ白だ」
榊は自分の掌を見つめた。
昨夜、あの時間の自分は椅子に座っていただけだった。
送ったのか。
それとも、受け取ったのか。
第 28 章 病院の夜
二人は再び病院へ向かった。今度は夜間の訪問だ。
静まり返った病棟の廊下には、昼間とは違う冷えた空気が満ちていた。ナースステーションの小さな明かりの下で、夜勤の看護師が一人、無言でカルテをめくっている。
D-418の病室の前。小さな窓から中を覗くと、患者は三年前の記録写真と変わらない姿勢で天井を見つめていた。
榊がベッドサイドへ歩み寄り、そのそばに立った。
D-418の胸が、一度だけ浅く上下した。
荒木はモニターを見た。
数値は変わっていない。規則正しい心拍の波形が続くだけだった。荒木は何か言いかけて、結局口を閉ざし、ただ静かにその様子を見守っていた。
第 29 章 逆転
「榊先生、さっきから何を調べているんですか」
低く声をかけたのは、当直の若い医師だった。カルテを抱えた医師は、二人を見るなり少し困惑した顔をする。
「不思議なんですよ。数値には一切出ていないんですが……眠っているはずの時間帯だけ、呼吸の癖が変わるんです。何も起きていないはずなのに」
榊と荒木は顔を見合わせた。
二人は手元の端末で時刻を照合した。
重ならなかった。
第 30 章 十四時二十二分
研究室に戻った二人の端末に、再びアラートが鳴り響く。
画面右上の時計は、14時22分を示していた。予期せぬ時間帯のアクセス要求だった。
画面に表示されたのは、無機質な文字列ではなく、膨大な生体データのストリームだった。
「おい……これ、D-418のデータじゃないぞ」
荒木が画面をスクロールさせ、息を呑む。
榊の脳波計が拾っている波形と、画面に流れている波形が、ほとんど同じ形を描いている。榊は言葉を失い、冷たくなった自分の指先を見つめた。
第 31 章 端末の所在
榊はこれまでの記録をデスクの上に並べた。
4:13の空白。
D-418へのアクセス。
12秒の遅れ。
14:22の生体データ。
どれにも、自分の身体が絡んでいた。
自分がそれを意識して動かしている実感は一度もない。
「俺が、何かの端末になってるのか?」
榊がかすれた声で呟く。
荒木は画面を見たまま、しばらく黙っていた。
「……送ってるのかもしれない」
「何を?」
「お前がだよ」
榊は答えなかった。部屋の隅に置かれたコーヒーのマグカップは、とっくに冷めきっていた。
第 32 章 連番
再び、午前四時十三分。
榊はあえて椅子に深く腰掛け、ただモニターを見つめた。荒木はすべてのログを記録する体制をとっている。
04:13:12。
D-418からのアクセス要求が自動的に開かれる。
画面の向こうに現れたのは、D-418単体のデータではなかった。
D-418
D-419
D-421
D-427
無数のコードが縦に並ぶ。しかし、D-419の欄には「データ欠損」と赤字が灯り、D-421は「死亡」、D-427は「所在地不明」と記されていた。
そして、そのリストの一番下。
スクロールの果てに、別の文字列が表示される。
SAKAKI
榊の指が、ピタリと止まる。
荒木も画面を見ていた。
数秒後。
その下に、もう一行だけ表示された。
D-001
窓の外を、清掃車が低いエンジン音を残して通り過ぎていった。
(第四部 ー完)




