魔王様は諦めモードのご様子です
「魔王様。勇者一行が城に近づいている模様。いかがなさいましょう」
側近の報告に我は玉座で肘をつきながら答える。
「どーせ何やったって無駄じゃろうて。ほっとけ」
そう、我は何もかも諦めていた。
魔族と人間は太古から争い合っていた。しかしいつも最後は人間が魔王に勝ち、我らは命からがら逃げ延び再興を繰り返すだけだった。
我は悟った。運命には抗えないと。だからもう何もしない。
政治や対勇者については側近のアマリアがほとんどこなしている。本当にできた側近だ。そんな彼女にほのかな恋心を抱いているが、この気持ちは胸にしまっておく。どうせいつか壊れるのだから。
「魔王様。勇者一行が四天王を降しました」
玉座の間でアマリアが告げる。
「……そうか」
四天王とは長い付き合いだった。
『勇者なんて俺の怪力で捻り潰してやりますよ!』
『あんた四天王最弱のくせによくそんなこと言えるわね~』
『まあまあ、仲良くやりましょう』
『ふぁ~あ。眠……』
「……」
もうそんな者達がこの世にいない。楽しげに語らい合ったことは過去へとなった。我は知らず知らずのうちに拳を握り締めた。
「四天王は最期まで勇敢に戦ったとのこと」
アマリアの言葉に我は顔をしかめる。
何故、死ぬとわかっていて戦える。何故、命をかけられる。
我がそんなことを考えていると、アマリアが口を開いた。
「それでは魔王様、最後の砦、『知将のアマリア』が勇者一行の下へ出向きましょう」
「……っ!」
愛すべき者が死地へと向かう。我はそれを止められない。なんと無力で愚鈍な王なのか。
アマリアはそんな我に微笑みかけた。
「アベル様」
アベルとは我の名前だ。普段アマリアは我のことは『魔王様』と言う。
「わたくしからアベル様に秘密のお力を授けましょう」
アマリアはそう言うと、胸の前に両手をかざす。桃色の手のひら大の光が出てきたかと思うとそれは我の胸元へと入ってきた。
「これは……」
不思議な力を感じる。
「これがアベル様にとって祝福となるか呪いとなるかは貴方様次第」
アマリアはにこり、と笑った。
「それでは行って参ります」
アマリアは玉座の間から出ていった。
我は玉座にもたれかかる。
「何故……」
父上、母上。何故皆はそこまで懸命になれるのですか?
我の父上と母上は人間との和平を望んでいた。幼い我はそのことを誇りに思っていた。
しかし、人間側はそれを拒否した。城は攻め入られ崩壊する中、母上が最期の力で我を逃がした。
それから……我は何をしても無駄だと悟った。
考え事をしていると、アマリアからテレパシーが届いた。
『申し訳ございません……アベル様……わたくしでは勇者一行を止められません……どうか……御武運を……』
最期にアマリアは言った。
『アベル様……お慕いしておりま……』
そこでテレパシーは途絶えた。
「アマリア……」
我の目からは一筋の涙が溢れた。アマリアはずっと一緒にいてくれた。こんな我の補佐を嫌な顔一つせずに続けてくれた。そんなアマリアさえも……。
ほどなくして勇者一行が玉座の間にやって来た。
「魔王……覚悟せよ」
勇者が血に濡れた剣をこちらに向ける。あれは我ら魔族の血だろう。
魔族を倒す為に研鑽を続けてきた勇者一行と、全てを諦めた我。力の差は歴然だろう。我は立ち上がった。立ち向かう為ではない。終わらせる為に。
我が一歩を踏み出そうとしたその時。
「魔王様を守れー!」
勇者一行がやって来たのと別の扉から、城に住んでいる生き残りの力無き魔族達が飛び出してきた。
「貴様ら……!?」
魔族達は勇者一行に立ち向かう。
「何故……何故そこまで……」
魔族達は叫ぶ。
「魔王様は俺達を匿ってくれた!」
そう言った魔族は勇者に首を飛ばされた。
「魔王様は私達に生きる意味をくださった!」
そう言った魔族は勇者に胴を割られた。
魔族達は……いや、勇者一行も、皆が全力で戦っていた。
ああ……我はようやくわかった。皆、守りたいものがあるのだ。だから、戦う。端から諦めたりなどしない。
我はどうなのだ。理由をつけて逃げていただけなのではないか。
気づくのには遅すぎた。けれど、まだやれることはある。
飛び出した魔族達は皆、勇者一行に殺された。
勇者一行が、人間が憎いか? わからない。だってこれは我がした怠惰の結果だから。恨むなら自分自身だろう。
我は城に残った者達にテレパシーを送った。
『皆、聞こえるか? 我からの最後の命令だ。逃げよ。そして生きよ』
戸惑う声もあったが、皆、命令を聞いてくれた。
さあ、後は……。
「勇者よ……」
我は一歩を踏み出す。勇者一行は武器を構える。
「かかってくるがいい」
勝てないことはわかっている。それでも諦めたくはなかった。魔王としての、最後の仕事。
我は、初めて運命というものに抗った。
「ぐ……あ……」
血が流れ、豪華な絨毯を赤く染める。
ああ……我はもう駄目か……。皆は逃げられただろうか……。
視界が霞む。
我は良い王ではなかった……。けれど……最期だけは……。
アマリア……貴様のところへ……もうすぐ……。
もし……次があるなら……我は……。
我の意識はそこで途切れた。
「あ、魔王様、『戻って』来られました?」
「え」
アマリアが我の顔を覗き込んでいた。近い。
「ここは……」
辺りを見渡すと、どうやら玉座の間だが、戦いの跡も無いし、我の血で汚れた絨毯も綺麗だった。
「上手くいって良かったです」
「アマリア……これは一体……」
アマリアはにっこり笑って言った。
「『時戻しの術』。城の禁書をこっそり盗み見て覚えました」
「何をやっておるのだ……」
アマリアは「えへへ」と顔を綻ばせる。可愛い。
「魔王様とわたくしが死ぬと、あの時点から百年前、ここに戻ります。記憶を有するのはわたくしと魔王様のみ」
アマリアは手を後ろに回してコツコツと玉座の周りを歩く。
「期限は魔王様が『諦める』まで。どうです? やりますか? いえ、ここに戻ってきた時点で答えは決まっていますね」
我はうなずいた。
「ああ」
「では、ご命令を。人間を打ち負かす為の……」
我は首を振った。
「いや、我は人間との和平を望む」
アマリアは目を丸くした後、真剣な顔をした。
「魔族と人間との確執は根深い。それは魔王様がよくわかっておられますよね?」
だから父上と母上も殺された。けれど……。
「魔族も人間も、ただ大切なものを守りたいだけなのだ」
わかってしまったから。もうそれを無視することはできない。
アマリアは言う。
「茨の道ですよ」
「それでも、今度こそ我は諦めない。後悔せぬように」
アマリアは、ふっと微笑んだ。
「魔王様のお覚悟、不肖アマリアめが受け取りました」
「アマリア」
そんなアマリアに我は熱い眼差しを向ける。
「はい」
「愛している」
「へっ!?!?」
いつも平静なアマリアが顔を真っ赤にして慌てている。我はその様子を見て、くすりと笑った。
「結婚しよう」
「あっあのっえっとですね……」
アマリアは目線を反らして人差し指同士をつんつんしている。
「大切なものがわかったから。二度と取り零したりせぬ」
「アベル……様……」
我は立ち上がりアマリアの肩を抱いて口づけをした。
全てを諦めた魔王は、すでにどこにもいなかった。




