壊死する舌
───人を呪わば穴二つって、知ってる?
呪った側も同じように害を受けるって話。
人を呪うってことはさ、必ず代償が必要なんだよ。
その人がその後の人生で享受するはずだった幸も不幸も、何倍にもなって返ってくるの。
その人が背負い受けてきた業をその身に背負う覚悟がある人しか人を呪い殺せない。
みんなどこかで分かっている。
それでも、人は人を呪わずにはいられないんだよ。
だから、多分私は間違っていない。仕方なかったんだと思う。
この世は弱いやつを助ける為の構造なんてどこにもなくて、喰らい続けたやつだけに有利な世界なの。
復讐を望んでなくてもさ、誰も助けてくれないし、責任も持ってくれない。
それでも自分は誰も呪わないって、言い切れるの?
漫画喫茶の一室からブルーライトが暗闇に漏れ出す。
大手検索サイトの一面には、昨今巷を騒がす、児童買春グループと闇バイトの関連についての記事がランキングを独占している。
私が求めている検索ワードは、ランキングなんて表に出てくるものではない。
それはもっと、悪意や嫌疑が沈殿する淀みが渦巻く、蠱毒だ。
名前のないサイトを見つけてスクロールする指が止まる。
真っ黒な背景に、変哲もないフォントで住所だけが書かれている。
地図アプリにコピペしストリートビューを開く。
驚いた。
普通の住宅街の一軒家で、呪殺ビジネスの本家だとはとてもではないが思えなかった。
呪殺ビジネスが流行り出した結果、世の中では数多の類似ビジネスが五万と増えた。
蓋を開けてみれば中身は混合玉石で、本物はひっそりとその居を構えている。
獲物を迎え入れようと、牙を出しながら口をがらんと開けているのだ。
強ばった面持ちのまま呼び鈴を押す。
何も手持ちがなくては失礼かと思い菓子折を持参したが、これから人ひとりを呪い殺そうとする人間の行動としては、シュールすぎて笑える。
「…どうぞ」
一分ほど待ったのち、玄関モニターから女性の低く地を這うような、そしてどことなく錆びた鈴のような僅かな揺らぎの混じった声が簡素な住宅街に響いた。
「…お邪魔します」
中を見て驚いた。
あからさまにカーテンが閉め切られていて、埃臭い廃墟のような見た目だと思っていた予想は簡単に裏切られた。
呪殺のじゅの文字も出てこないような、良くある一軒家にしか見えなかった。
リビングに繋がる扉は開け放たれており、中央にがらんとした空間が広がっていた。
そこに簡素な黒い鉄製の机と椅子が二脚置かれていた。
机は中央部分が低くくり抜かれており、そこだけがガラス張りになっている。
そこに、女性が一人鎮座していた。
とても、綺麗な人だ。
嫋やかな黒髪が肩の上で優しく跳ねていて、黒くどこか青がかった澄んだ瞳が陶器肌に映えている。
口元には大きなマスクをしていて、顔の全貌を伺うことは出来ない。
こんな綺麗な人が、呪殺のビジネスの本願?
だが、どこか影を感じさせる悲壮感や、底知れぬ怒りが可視化できない裏側に同居していた。
「…あ、これ、菓子折です。つまらないものですが...」
机の上に置くことは躊躇われ、椅子の横に静かに置いた。
手で催促され、軽く礼をし椅子に腰掛けた。
「ここに来られたということはご覚悟なさっていると思います。ですので、本題は省かせていただきます」
女性の声はどこか芯があり、先ほどとは打って変わり私という獲物を射貫くかのように目の色を変えた。
私はうなずき、ハンドバッグから一枚の写真と赤い紐で結われた髪の毛の束を差し出した。
噂の概要はもう分かっている。
呪い殺したい相手の写真と、呪い殺す側の爪か髪の毛。
身体の一部を触媒にして、呪いは実行される。
これは呪う側も痛みを受け、呪いの一端を担う為に。
呪い殺すこのビジネスにおいて、匿名性は必須の条件だ。
お互いに、素顔や身分を晒す必要はない。
どこまでも痛みだけで繋がり、等価交換をする。
女性は淡々と受け取った。
白い五センチかくの紙を二枚取り出し、左から写真を置いて髪の束と塩を紙の上に並べた。
並べられた写真をぼんやりと見つめる。
これから待ち受ける未来を何も知らずに、撮られるのを嫌そうに写っている。
瞬を哀れむ気持ちは、もうどこにも残っていなかった。
「では、よろしければ始めさせていただきます。途中で辞めることは出来ませんが、宜しいですね」
もう一度、写真に写る瞬を見つめる。
右手が自然に、左腕にある自傷の跡を撫でる。
流した涙の質量が、私の遺恨や恨みとして流血となり流れ出す。
その痛みを、血潮の赤さを、私は忘れることは、出来ない。
「…はい。元から、そのつもりでした」
女性は頷くこともなく、目線だけで返事を返しマッチを取り出した。
中央のガラス張りの底に置いた髪の毛の束に塩を合わせ、そこにマッチを擦り火をつけた。
女性はゆっくりとマスクを外す。
口元から左頬を中心に、カビたように薄緑の斑点が出来ていた。
陶磁器の肌に残るそれはとても異質で、彼女が何人もの怨念を業として受け取ってきた何よりもの証明に見えた。
女性はゆっくりと舌を出す。
マッチの火で燻る煙すら気にならない程に、目が釘付けになる。
舌は桃色の部分はどこにもなく、歪み欠けており穴が空いていた。
彼女の声に僅かに混じっていた、錆びた鈴のような揺らぎの正体が分かった。
───────舌が、壊死している。
これが、人を呪い殺すということなのだ。
私も、安全帯にはいられない。
そして、菓子折を持ち合わせた私の無神経さにも、とっくに気づいていた。
女性は舌を出したまま、瞬の写真を煙に燻らせ、少しずつ火に近づけていく。
写真に火が燃え移った時、彼女が苦痛で顔を歪めた。
くぐもった声にならない声が漏れ出す。
彼女の壊死した舌が、燃えて包まっていく写真のように縮み、震えている。
見ているだけで痛みが伝わり、全身から血の気が引いていく。
両手が落ち着かず、膝の上を無意味に何度も行き来した。
彼女は呪詛を吐いていないというのに、私には死よりも恐ろしい読経のような呪詛が耳を劈いていた。
呼吸が浅くなり、口元が引きつっていく。
反射的に手で触るが、特に異常はない。
私にも、段々見えてくる。
あの、薄緑色の斑点が、私の顔貌を覆い尽くしていくイメージが頭から離れない。
写真は燃え尽くされ、黒い塵と化した。
女性は舌をゆっくりと引っ込め、静かに目を開いた。
「…終わりました」
他に言葉はいらない。
終わりました。
その一言が、儀式だけでなく、瞬の命もまた、最後の花弁が舞い落ちるようにその生を終えたのだと、いや、終えさせられたのだと、確信していた。
心のどこかに澱んでいた、瞬の微かな温もりが消えていく。
それと同時に肺に燻っていた言葉になれなかった呪詛が、黒い塵になっていくのを感じる。
私は初めて、瞬のことを本心で許せる気がしていた。
不思議と晴れやかな気持ちになっている。
左腕に残る傷跡が、流した血が、漸く意味を持ち、止血した。
女性は表情を変えずにマスクを着け直す。
陶器を蝕む斑点は更に広範囲に広がり、彼女自身が呪殺の供物になっていくようだった。
家に着いて明かりを付け、おもむろに瞬のトーク画面を開く。
どれ程私が辛かったか、どれ程貴方のことを憎んでいたか、そして今日、どれ程晴れやかな気持ちになったか長文を送ろうとして、書き出そうとしてやめた。
もう、言葉は必要ない。
私は瞬の業をこの身に背負って、壊死して腐敗していくことさえも、私が苦しんだ証として残ることに息が震える。
瞬は、苦しんだだろうか。
呪い殺された死体には、呪殺の跡が残る。
それは受けた穢れであり、淀みであり、辛苦が形となるのだ。
身体のどこかの箇所に、焼け焦げたような染みが現れる。
最近、京泉街で見つかった死体は、不自然に右目が焼け焦げていた。
身体の一部が焼け焦がれる痛みが、肉の焼ける匂いが1LDKの部屋に蔓延する。
出来ることなら、目の前で見たかった。
最後の命の灯火が消えるその瞬間を、痛みに身悶えて謝罪をこう姿を。
いや、本当は、違う。
私のことを雑に扱ってごめんって、好きだったって、その気持ちは本物だったって、聞きたかった。
美佳ちゃんって、もう一度優しく呼んではにかんで欲しかった。
でももう、取り返しがつかない。
私は今日、人ひとりを、殺したのだから。
ベッドに倒れ込み、あの雨の日を思い出す。
あの、天気雨が降る、歓楽街で迎合した始まりの日を。
「お姉さん、一人?雨、ダルいよねぇ。俺も傘忘れちゃって」
軽薄な声が聞こえたが、視線を向けずに敢えて聞こえないふりをする。
どうせくだらないキャッチだろう。
「てかさ、お姉さん、爪綺麗だよね。形がすげえ綺麗。飾らなくて、なんつーの、清楚?みたいな」
ふと顔をあげる。
数々のキャッチを見てきたが、爪を褒められたのは初めてだ。
綺麗な男だった。
青がかった黒目がミステリアスで、中性的な雰囲気を産み出している。
白い肌に雨の滴が滴り、軽薄な言葉に似合わない色気がある。
「雨降ってるし、俺の店来ない?そこの向かいなんだけど」
ホストクラブ輝夜。
その名に恥じない、煌々と夜の繁華街に咲く一輪の毒華に見える。
「私、ここで言うのもなんですけど、お金、ないんです」
警戒して男から一定の距離を保つ。
「ん?ああ、全然大丈夫。てか、敬語やめない?俺が年下だったらヤバいけど。あ、俺、瞬って言うんだ。お姉さんは?」
「…美佳だけど」
瞬は簡単に距離を詰めてこず、パーソナルスペースを守っていた。
無理矢理触れてもこず、ただニコニコと微笑んでいる。
こんな人がホストだなんて。
無邪気に笑う瞬に心を解され、いつしかまるでずっと友達だったかのように笑い合っていた。
腕時計の針は21時を回ろうとしていた。
「ん、そろそろ帰らないと」
「美佳ちゃん、帰っちゃうのか…俺、また美佳ちゃんと会いたいよ」
私たちは連絡先を交換し、毎日何気なくメッセージや電話をするようになった。
仕事の悩みや人間関係の話を聞くうち、どちらからともなくそういう関係になっていった。
「俺さあ、先輩に目つけられたかもしんねえわ」
開口一番、いつもとは違い神妙で暗い声が聞こえて身構える。
「...どうしたの、大丈夫?なんかあった?」
瞬は黙っている。
どうやって伝えるべきか、いや、そもそも伝えるべきなのか悩んでいるように見えた。
「…実はさ、最近俺を指名してくれた子がいるんだけど、売り掛け飛ばれちゃって。先輩にも店にもおもいっきり焼き入れられて。お前これどう落とし前つけんだよって。そしたら…」
.「…そしたら?」
瞬はまた黙りこくる。
この沈黙は、この先には踏み込んで欲しくない、知って欲しくないという言外の圧が感じられる。
「…美佳の、名前が出てさ」
私?
突然当事者に加えられ、身体が前のめる。
「よく来る女がいるだろって、そいつにも売り掛け手伝わせろって先輩が。良い仕事があるんだって言ってて」
嫌な想像しか浮かばず私も黙りこくる。
「…ちなみに、売り掛けってどれくらいなの?」
「…580万」
金額を聞いて気が遠くなる。
どうしてそれだけの金額を売り掛けにしてしまったのか。
「それで、その仕事ってなんなの?大体想像はつくけど」
「いや、美佳が思ってるような仕事じゃないよ。高収入で簡単な安全な仕事なんだって先輩が言ってたから!」
高収入で簡単な安全な仕事。
そんなものがあったら、世界中の人間が今の仕事を棄て、その仕事を選ぶだろう。
内容は、車をある場所まで飛ばすだけ。
ゴール地点もそこまでの道程も決まっており、必ずそのルートを守らなくてはならない。
2時間半程走らせたゴール地点は港の埠頭だった。
大きな船がドックに繋がれ、そこに平行になるように指示され車を停めた。
そこで初めて、トランクに何が入っていたのかを見た。
ダクトテープで何重にも固定された、苦悶の表情を浮かべる何人もの女児。
手が、震え出す。
自分が何を運ばされていたのか、何の片棒を担がされていたのか。
真実が刃となって私の心臓を冷たく切り裂いていく。
輝夜で何度か見かけたホスト達が、目出し帽を被り少女達をまるで物のように貨物船に運んでいく。
身体が重く、涙が自然に溢れ出す。
突然カメラのフラッシュが光った。
絶句する私と他の女の子達を、目出し帽の男達が何度も小型カメラで撮影していた。
「お前達の顔はちゃーんと撮影したからな。誰にも言うんじゃねえぞ。もう片棒担いだ時点でお前らも同罪だからな」
写真はもうパソコンに送り、仲間がHDDに保存していると笑いながら伝えられた。
これは悪い夢だ。現実じゃない。
嘘だ嘘だ。こんなのは悪い夢だ。誰か助けて。瞬、助けて…。
どうやって家に帰ったのかは覚えていない。
泣きすぎて腫れた瞼が重い。
頭が真っ白なまま、瞬のトーク画面を開く。
「ねえ、もう私、無理だ」
「消えたい。もう無理」
「死にたいよもう」
何度も短い言葉を連投する。
このまま消えてしまいたい。目を瞑ると、あのフラッシュの眩しさが蘇る。
返事は来ない。
その日は眠れず、ずっと瞬からの返事を待ち続けた。
仕事も体調が悪いと言い、ひたすら家に引き籠もった。
外から聞こえる人の話し声や笑い声が怖くてカーテンを閉め切った。
私はもう片棒を担いでしまった。もう同罪で、これは歴とした犯罪なんだ。
もう出ないと思っていた涙がまた溢れ出す。
瞬からの既読はまだつかない。それでも信じて縋っていた。
返事が来ないまま三日が経過した。
そこで初めて、瞬にブロックされていると気づいた。
輝夜に行こうと思えば行けた。瞬を問い詰めることも出来た。
それでも、輝夜に行こうとすると、脂汗が吹き出て呼吸が乱れた。
瞬にはもう、会えないだろう。私は彼から断絶されたのだ。
残ったのは、私の洗い流せない罪だけ。
唇を噛み締める。全ては仕組まれていたのか。
二人で重ねた歳月が今、埠頭のフラッシュのように一瞬で崩れていく。
私は、馬鹿だ。馬鹿すぎて、救いようがない。
でも、このままで終われない。泣きながらシーツを思い切り掴む。
呪い殺す。
私の未来を、将来を奪った責任を背負わせる。
償わせてやる。
【呪いはホンモノ】某ホストクラブで呪い殺されたホストwwww【part22】
名無しさん:まーーーた呪いだよ、こんなん信じてる奴いんの?
名無しさん:ここ有名なホストクラブだよな。どうせ女の嫉妬でトラブったんだろ、知らねーけど
名無しさん:ホスト特定した。源氏名は瞬。本名は鍵本 瞬。
名無しさん:特定班仕事早杉
特定クン:ここにホストがタヒる動画あるよー。http://tokuteikunn.co.jp
名無しさん:ハイハイ釣り釣り
特定クン:釣りじゃないよーん、首のアザが一致してる
***
眠れずにネットを徘徊していて、輝夜のオカルト板のスレッドを見つけた。
瞬の最後を見ようとURLを踏もうとしてやめた。
見なくても、私が殺した事実は確定しているのだから。
あの、呪殺者のサイトは、どうなっているだろう。
まだあのビジネスをひっそりと続けているのだろうか。
利用者は人生で一回のみ彼女に呪殺を頼めるので、もう私が頼ることはないのだが…。
彼女の陶器肌に広がった呪詛のような薄緑の斑点がどうなったのか気になった。
そして今度こそ、お礼と共に菓子折以外の手土産を届けたい。
明日、彼女の家を訪問しよう。
そう決めて、あの日の写真が焼け焦げる匂いを思い出しながら眠りに就いた。
あの日のように、呼び鈴を鳴らす。
もう、菓子折を持ちそわそわしていた私はいない。
何を手渡すか考え、黒の耐熱性のある革手袋にした。
火を素手で扱うので、きっと菓子折よりかは実用的と踏んで購入したのだ。
まあ、喜びはしないだろうが、お礼の品としては悪くないだろう。
しかし、待てどもあの地を這ような声が返ってこない。
もう一度鳴らすが返答はない。
もしかしたら、今まさに来客がいて呪殺の最中なのかもしれない。
そう思い、邪魔しないよう静かにドアノブに手をかけると、なんと鍵がかかっていなかった。
しばし逡巡したが、中にはいるだろうと思いお邪魔することにした。
「…お邪魔しまーす。あの、どなたかいらっしゃいますか…?」
広い玄関に声が反響するが、返事はない。
リビングへの扉がいつもと違って閉じている。
玄関は開いていてリビングが閉じているとは、今日は何かあったのだろうか。
不穏な気配を感じながらリビングのドアを軽くノックし、ドアを開け放った。
中央の机の窪んだガラス板に、何かが乗っている。
────────人間の、切れた、舌だ。
歪な形を見ただけで分かる。これはあの呪殺者の舌だ。
綺麗に切り取られ、まるでレバーかのようにガラス板に鎮座している。
横には、三つ折りされた紙が差し込まれた封筒があり、「遺書」と簡潔に書かれている。
彼女本人はどこにもいない、が、私には分かっていた。
もう、彼女はここにはいないことを。
そしてその理由の全ては、このまだ見ぬ封筒の中に眠っている。
舌に手が触れないように気をつけながら封筒に手を伸ばす。
三つ折りの便せんは無地に黒ペンで長文が記されている。
***
この手紙を見つけた方に、お願いがあります。
この手紙を最初から最後まで読んでいただきたいのです。
必ず、最初から最後まで。
ありがとうございます、私は貴方を信じます。
封筒にも記しました通り、これは私の遺書です。
私はこの呪殺ビジネスを初めて、犯してはならない最大の罪を犯してしまいました。
それはこの現世ではどうやっても、私が何をしたとしても到底償えるものではありません。
その罪が何かをお話しするためには、私の過去についてお話させて頂かなくてはなりません。
私は極端に短い時間ながら、家族というものに恵まれました。
呪殺者という仕事など、頭を過ぎったことすら一度もありませんでした。
しかし、それは私が見ていた一過性の夢に過ぎませんでした。
旦那のたった一度の小さなある過ちが、全てを終わらせたのです。
旦那は酒に溺れ、私たちに暴力を振るい、何度も耳を塞ぎたくなるような暴言を、呪いの言葉を私たちにぶつけました。
ある日、私が漸く夜泣きから解放され寝ていると、赤子が泣き叫ぶ声が聞こえたのです。
飛び上がると、旦那が、いえ怪物が熱したアイロンを赤子の首元に当てていたのです。
肉を焼く、ジューッという音が未だに耳にこびりついております。
私はこの人を殺したいと、心底思ってしまった。
私はその時、神ではない何かと契約してしまったのでしょう。
翌朝旦那は舌が焼け焦げた変死体で見つかりました。
私の怨念が、呪いという不可逆の実態を持ってしまったのです。
人を呪い殺すというのには、必ず代償があります。
その人の受けてきた業を引き受けねばなりません。
私は赤子を育てるため、返ってきた呪いを分散させる必要がありました。
少しでも長らくこの赤子を生きながらえさせるために。
そこで呪殺ビジネスをひらめいたのです。
しかし、私一人では赤子を育てられるほど軌道に乗せられませんでした。
あの雪の日の、骨に染み入るような冷気を覚えています。
赤ちゃんポストに、赤子を入れたあの日の踏みしめた雪の感触を。
いつか必ず、命に代えてでも、貴方を迎えに来ると約束した。
約束というものは、形は違えど、呪いと同じもの。
いつしかその契りは、私を永遠に縛り贄とする罰となった。
必ず迎えに行くと誓い探し続けた私はついに貴方を見つけた。
両手が焼け焦げた変死体の姿で。
人を呪わば穴二つ。
呪いを実行する者は必ず、その報いを受ける。
ここまで読んでくれた貴方は、焦げ臭い匂いと、肉がアイロンで焼かれるような痛みが走っていることでしょう。
私の、最後の置き土産。
私が今まで受けた呪いの全てを貴方に捧げます。
呪いは質量を持っている。
その総量は人間の情念の数だけ産まれる。
だから誰かが引き受けねばならない。
願わくば、あの日の菓子折のお返しが貴方に出来たならいいのですが。
敬具
鍵本 祥子




