0x2F 回想〜選ばれた知性の創造
透華の母の回想——。
私は幼い頃から、知識を追い求めることに生きがいを感じていた。
それはただの学習意欲ではなく、知性そのものの可能性に対する強い執着だった。
なぜ、人間の思考速度はこれほど限界があるのか。なぜ、圧倒的な天才は一握りしか生まれないのか。
私の研究分野――遺伝子工学と神経科学は、その問いへの答えを探る学問だった。
世界のトップレベルの研究者たちと共同で行うプロジェクト。
テーマはただ一つ。
「人為的に知性を極限まで高める方法の確立」
従来の教育では到達できない領域に、遺伝学と生体化学で足を踏み入れる。
私たちはまず、世界中から「究極の知性を持つ男性」を選抜し、精子バンクへ登録するプロジェクトを立ち上げた。
IQだけでは不十分。直感力、記憶能力、論理思考、芸術的センス――あらゆる分野で類を見ない才能を持つ者たち。
彼らの遺伝子を統計的に分析し、最も優れた組み合わせを選び抜く。
その遺伝子から生まれる子供こそ、次世代の「理想的な知性」を持つ人間になる。
そして――私はその第一歩を踏み出す決意をした。
私は、自らの研究の被験者となることを選び、娘を生んだ。
つまり、娘に父は存在しない。
娘は、最高の遺伝的組み合わせから生まれた。
生まれてすぐに、彼女の脳の活性化を促す薬剤を投与した。
それは理論上、安全なものであり、脳の神経伝達を強化し、情報処理速度を劇的に向上させるものだった。
私は娘の成長を細かく観察し、その知性がどこまで拡張されるのかを見守り続けた。
娘は、生まれながらにして並外れた能力を持っていた。
幼い頃から驚異的な読解力と記憶力を発揮し、論理的思考の速さも異常だった。
私は確信した――娘の知性は「新しい領域」に到達していたのだ。
そして、プロジェクトメンバーは皆それをビジネスへと展開する未来を思い描いていた。
知性こそが、世界を動かす力になる。
娘の能力を活用し、新たな知的産業を生み出せる。
私は娘がビジネスに使われる事にはもちろん最初は否定した。
しかし、今回のプロジェクトには膨大な研究資金が使われていて、資本金を出してくれている投資家達は皆ビジネスとしての役目を娘に課すことを私に強く要請した。
もし、添えない場合は資本金の一括返済を求めて裁判をすると……。
私はそれでも頼み込んだ。
しかし、陰で娘の命は保証できないとまで言われ、
私は娘が物心ついた頃に事情を説明することにした。
それから、透華は私を拒絶した。
娘は、自らが「計画された存在」であることを知ると、私の元を離れ、一人暮らしを始めた。
私は、透華との距離を埋めることができなかった。
だからこそ――今回、朔くんの両親に協力を求めた。
娘の透華をこの場に呼ぶために。
透華の母は、静かに回想を終える。
その場にいる全員が、言葉を失っていた。
凛は戸惑い、バルスは息をひそめ、朔は拳を握りしめている。
そして透華は――無言で母を見つめていた。
透華は、ゆっくりと目を細め、深い息を吐いた。
「お母さん……あなたは、私に今更何を求めているの?」
母は微笑みながら、その目の奥に淡い期待を宿していた。
「これから私と二人で安全に暮らしていく為に、
あなたの知性を、世界のために役立ててほしいの。」
その瞬間――透華の胸に、冷たい違和感が広がった。




