0x2C 情報の防衛本能
透華はリビングの張り詰めた空気を一瞬見渡し、静かに立ち上がった。
「朔、ちょっと……話せる?」
彼女の声は柔らかかったが、どこか真剣な響きを帯びていた。
朔は僅かに驚いたように透華を見つめたが、すぐに頷いた。
「……ああ。」
透華は朔の部屋へと歩を進める。凛とバルスが視線を向けたが、透華は軽く首を振って、彼らを待たせるように促した。
そして、部屋に入り、ベランダへと足を踏み出す。
夜風がゆっくりと吹き抜け、二人の間に微かな静寂が広がった。
「朔……」
透華が低く切り出した。
「蜜柑ちゃんが攫われたのは、嘘よ。」
朔は驚きの表情を浮かべる。
「……どういうことだ?」
透華はベランダの手すりに指を添え、慎重に言葉を選ぶ。
「彼女は家の中のどこかに隠れている。
しかも、両親はその場所を知っているわ。」
朔の息が浅くなる。
「そんなはずはない……!
だって俺、もう探したんだぞ。」
朔は困惑したように、透華をじっと見つめる。
「蜜柑の部屋もクローゼットも、それに他の部屋も……全部見た。でも、どこにもいなかった。」
透華は朔の瞳をじっと見つめた。
「……そう。それなら、別の方法で探さないとね。」
「朔が私の部屋にいるときに蜜柑ちゃんに連絡取ろうとしたら全然繋がらなくて、
さっき夕食の時、蜜柑ちゃんの部屋を調べたらスマホが置いたままになっていたって私に教えてくれたわよね?」
「ああ……」
二人の間に張り詰めた空気が漂い始める。
透華は朔の言葉の裏にある、焦燥と疑念を敏感に感じ取っていた――。
彼女は静かに朔の視線を捉えると、慎重に言葉を選びながら口を開く。
「朔……蜜柑ちゃんがどんな理由で家を出たのかはまだわからない。でも、ひとつだけ確信していることがあるわ。」
「……何だ?」
朔は不安そうに透華を見つめる。
「蜜柑ちゃんは、スマホを見られたくないはず。」
朔の眉がわずかに動く。
「……どういうことだ?」
透華は深く息を吸い、理論的に説明を始めた。
「これは心理学の視点だけれど……人は、自分の行動や意図が他人に知られることを本能的に嫌がるものなの。」
朔は少し戸惑ったように透華の言葉を受け止める。
「つまり?」
透華はゆっくりと続けた。
「特に『何かを隠したいとき』、
情報の防衛本能が働くの。
自分の行動履歴が暴かれる可能性があると感じた瞬間、人は強く抵抗するの。」
朔は腕を組みながら慎重に透華の言葉を咀嚼していく。
「……蜜柑は、自分のスマホを見られるのを嫌がるってことか?」
「そうよ。」
透華の瞳が鋭く光る。
「もし蜜柑ちゃんが本当に突然『攫われた』のなら、スマホを部屋に置いたまま失踪すること自体が不自然。
けれど、もし彼女が自ら行動していたのなら、スマホにその痕跡が残っているはずよ。」
朔の表情に微かな違和感が滲む。
「……でも、俺は蜜柑が家の中にはいないことを確認した。
それなのに、スマホはあいつの部屋にあるんだぞ?」
透華は小さく微笑みながら、一歩前へ進んだ。
「その矛盾を解く鍵が、スマホの履歴よ。」
そして、透華はリビングへ戻り、朔の両親へ向き直った。
「蜜柑ちゃんのスマホの位置情報や使用履歴を調べていただけますか?」
その言葉に、両親は一瞬驚いたように表情を曇らせる。
しかし、渋々スマホを操作しようと、指を画面に触れた――。
その瞬間だった。
――ガチャッ!
玄関の扉が勢いよく開き、鋭い靴音が廊下に響く。
透華は、振り向く。
蜜柑が、焦った表情で駆け込んできた。
そして、その隣には――。
彼女が目にした“もう一人の人物”を見た瞬間、息をのんだ。
「……嘘っ……!?」
透華にとって予想だにしない訪問者が、静かに立っていた――。




