0x2B 蜜柑失踪の手がかり
透華はトイレの扉を静かに閉め、しばらく息を整えた。
水を流し、手を洗うために洗面台へ向かう。
その時――ふと視線が端にあるケースへと向かった。
使い捨てコンタクトのパッケージ。
透華は以前、朔と話した会話を思い出す。
『うちの家族で、蜜柑だけ目が悪いんだ』
『じゃあ、妹さんは眼鏡?』
『いいや、コンタクト』
『じゃあ、両親は眼鏡もコンタクトも使わないのね?』
『当たり前だろ?』
(そう……、蜜柑ちゃんしか使わないはずのもの)
透華は一瞬手を止め、じっとそれを見つめた。
「……おかしいわね。」
洗面台の奥に無造作に置かれたそれは、まだ濡れているように見える。
違和感が胸の奥でじわりと広がる。
朔の両親は、「蜜柑は三時間前にいなくなった」と言った。
しかし――このコンタクトは、たった一時間前に使われたような状態だった。
透華は慎重に息を吸い、何事もなかったかのように手を拭いた。
この違和感をどう扱うべきか。
彼女は冷静に思考を巡らせながら、静かに洗面所を出ていった。
違和感の正体を確かめるために、一歩ずつ慎重に歩を進める。
リビングに戻ると、食卓を囲む朔の両親、凛、バルス、朔の姿が目に入った。
「おかえり、透華さん」
朔の母が微笑む。だが、その表情の奥にはどこか張り詰めたものがあった。
透華は慎重に椅子へ腰掛け、目線を落としたまま言葉を選ぶ。
「そういえば……洗面台のところに蜜柑ちゃんのコンタクトがありましたね。」
すると——、
空気が、一瞬にして変わる。
朔の母の手が、微かに止まった。
朔の父のまぶたが、ほんのわずかに動く。
凛とバルスも気付いたのか、食卓の空気の変化に息をのむ。
「……三時間前にいなくなったはずですよね?」
透華の声は穏やかだったが、その言葉の裏には鋭さが潜んでいた。
沈黙が数秒続く。
そして――朔の両親の笑顔が、ゆっくりと消えていく。
部屋の空気が張り詰め、緊張感が走った。
透華は、その変化を見逃さなかった――。
凛は透華の言葉の意味を理解し、冷たい空気に息を詰まらせる。
バルスも透華の言葉を咀嚼しながら、慎重に様子をうかがっている。
そして――朔の母が小さく息を吸い、静かに目を細めた。
「……それは……。」
だが、彼女は何も言葉を続けなかった。
空気が張り詰めたまま、透華は次の言葉を慎重に選ぼうとしていた――。




