0x18 学校での蜜柑
「さて、今日も一日が始まるわね」
朝礼前の教室で、ボクは優雅にため息をついた。
さらりとした手触りの髪を整え、完璧な笑顔を浮かべる。
学級委員、成績優秀、容姿端麗、知的でクール。それが、学校でのボク、蜜柑の仮面だ。
「蜜柑、おはよう!ねぇ、今週の日曜日、
一緒にショッピングモール行かない?」
休憩時間になると、友人の陽菜がキラキラした笑顔で話しかけてきた。
心の中でげんなりしつつも、ボクは完璧な笑顔を崩さない。
「ごめんなさい、陽菜。私、土曜日はちょっと……」
本当は、心待ちにしている新作ヤクザ映画のVODを観る予定だった。
あの俳優さんのドスを効かせた声と、血しぶき舞い散るアクションシーンを想像するだけで、ボクの心はそそる。
あ、やべ。ついヨダレが。
だが、そんな趣味を陽キャギャルのボクが語るわけにはいかない。
「私の兄が、一緒に新作映画のVODを観たいらしくて。
土曜日は一日、兄の鑑賞会に付き合わなきゃいけないのよ。
全く、手のかかる兄で困っちゃうわ」
我ながら完璧な嘘だ。手がかかるどころか、ボクにとっては兄貴の存在が何よりも優先される。
陽菜は「そっかー、残念!」と、少ししょんぼりしていたが、すぐに別の友人と楽しそうに話し始めた。ふぅ、危なかった。
昼休み——。
ボクは購買で買ったクリームたっぷりのメロンパンを、優雅に一口食べた。
甘さが口いっぱいに広がり、思わず頬が緩む。
「蜜柑って、甘いもの好きだよねー」
隣の席の男子が、ニヤニヤしながら言ってきた。全く、余計なお世話だ。
「ええ、たまには甘いものも悪くないわ。
それよりあなた、この前の数学の課題、どうだったの?」
話題をさりげなく切り替える。
完璧な優等生を演じるためには、常に気を抜いてはいられない。
そんな完璧なボクを、唯一崩壊させる存在がいる。そう、ボクの兄貴だ。
「そういえばさ、兄貴がまた変なことしでかしてさぁ」
いつの間にか、ボクは親友の陽菜に兄の武勇伝(?)を語り始めていた。
聞かれても無いのに兄と観る為に用意した最新のB級映画コレクションや、兄がハマっている謎の健康法について、延々と喋り続けてしまう。
普段は「ボクの邪魔するなよ」とつい兄貴にキツく当たるくせに、本当は誰よりも兄を慕い、よく観察しているのだ。
「で、兄貴が『これは芸術だ!』とか言って、自室にゴミのオブジェを作り始めた時は、さすがのボクも引いちゃってさ」
「ちょ、蜜柑!普段のクールな蜜柑はどこ行ったの!?」
友人のツッコミに、はっとして我に返る。
しまった、またやっちまった。
放課後——。
学級委員の仕事をテキパパと終わらせ、ボクは誰もいない教室で大きく伸びをした。
「ふぅ、疲れた。まったく、優等生ってのも楽じゃないな」
仮面を脱ぎ捨て、ボクは本来のボクに戻る。
自由奔放でマイペースな性格。
ボクは腕を組み机の上に両足を広げてふんぞりかえると、
教室の窓から見える夕焼けを眺めながら、今日のヤクザ映画の予習でもしようかと考えていた。
「おい、蜜柑。まだいたのか。
スカートの間からめっちゃパンツ見えてるぞ!」
突然、声をかけられ、ビクッと肩が跳ねる。
教室のドアの方を振り向けば、そこには学年で一番の不良として知られる、隣のクラスの男子が立っていた。
「あ、やべ!
あんた、ボク……、私に何か用でもあるの?」
いつもならクールに対応する場面だが、今はオフモード。つい素の「ボク」が出てしまう。
「別に。お前、いつもあのヤクザ映画のパンフレット、カバンや机の引き出しに入れてるよな。あれ、面白いのか?」
彼の言葉に、ボクは目を見開いた。
まさか、ボクが隠している趣味を知っているなんて。
「な、なんでそれを……!?」
「別に。見ればわかる。ってか、よかったら、今度一緒に観に行かないか?」
不良男子の意外な誘いに、ボクの心臓は一瞬ドクンと鳴った。
しかし、すぐに冷静になる。ボクの心は、ただ一人の人物――朔兄のためにある。
「悪いけどその誘いは断るわ」
ボクはきっぱりと言い放った。
「私の貴重な時間と、兄さんとの映画鑑賞の時間は、何にも代えがたいものなの。
あなたの提案も悪くはないけど、残念ながら、私の優先順位は揺るがないのよ」
不良男子は、まさか断られるとは思っていなかったようで、少し驚いた顔をしていた。
私はそんな彼の反応を気にも留めず、さっさと荷物をまとめ始める。
「じゃあね。私は兄さんのB級映画コレクション鑑賞に付き合う為に帰るから」
教室を出る間際、ボクは振り返って彼に告げた。
「ちなみに、ヤクザ映画は最高よ。
特に、あの俳優さんのドスの効いたセリフと、血しぶき舞い散るアクションはね。
でも、兄さんと観るのが一番だけど」
ボクの言葉に、不良男子は呆れたような、それでいて少し呆然としたような顔をしていた。
ふん、これでわかったか。
ボクの心は、永遠に兄貴だけのものなのさ。




