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0x17 本当の強さ

そして、この時から俺の世界は変わった。


「乗れ」


先輩はバイクの背を叩く。


「……免許無いですよ」


「んなもん関係ねぇよ。俺が乗るから、お前は掴まってろ」


躊躇う俺の腕をぐっと引っ張り、先輩はバイクを発進させた。


エンジンが唸りをあげる。黒い夜を切り裂くように、俺たちは走る。


「しっかり掴まってろ」


先輩の声は低く、けれど確かに俺を導くものだった。


背中は広く、頼もしい。

冷えた夜風が頬をかすめるけれど、その背中の温かさが俺を守る。

俺は何も言えず、ただ必死にしがみついた。


疾走する夜。


その時間が——たまらなく心地よかった。


沈黙の中に、確かにある絆。

言葉がなくても、ただ先輩と走ることが嬉しくて。


「お前、こういうとこ来たことねぇだろ?」


「……はい」


「お前の知らねぇ世界は、腐るほどあるんだよ」


風の音に混じる先輩の言葉。


世界——俺の知らない景色。


闇に包まれた川沿いの土手へと抜け、どこまでも続く夜を駆ける。


「けどな……どこにいようが、自分を貫く奴が一番カッコいい」


その言葉が、俺の胸の奥に響いた。

まだ意味はわからない。

でも、俺はこの時間が好きだった。


心が、解き放たれるような気がした——。



海沿いの廃倉庫に着くと、先輩は少しだけ肩をすくめる。


「ここが俺たちの根城だ」


錆びた扉が軋むように開いた。


中では何人かの男たちが煙を燻らせ、薄暗い空間に微かな熱が揺れていた。

タバコを吹かす奴、笑いながら肩を組む奴、喧嘩の傷を誇る奴——。


その世界は荒くて、遠いもののように思えた。

けれど、不思議と怖くはなかった。


鋭い眼光の長髪の男が俺を見つめる。


京介——この場所の影と牙。


「……雷音が拾ったガキか?」


「ガキ言うな。こいつは、俺が認めたやつだ」


京介は俺を一瞬だけ見つめ、低く問いかける。


「名前は?」


「……朔、です」


その一言で、俺は世界が切り替わる音を聞いた。


それからの数日間——


バイクで深夜の街を駆け抜け、

倉庫の屋上で煙草の煙と夢を語り、

傷だらけの仲間たちと酒を飲み交わした。


遥斗はストリート育ちの生粋のアウトロー。


「家族なんて信じるもんじゃねぇ」


そう言いながら、ぼんやりと揺れる酒を眺めている。

その目の奥には、消えない寂しさがあった。


「雷音には世話になった。コイツがいなかったら、俺はもっとヤバい道に進んでた」


雷音先輩は言葉少なだけど、その背中は誰かを救う力を持っていた。


「お前も、ここに馴染めるか?」


京介の問いに、一瞬だけ考える。


そして俺は答えた。


「はい。俺は、ここをもっと知りたいです」


すると京介はニヤリと笑う。


「騙し騙されのこの世界じゃ、言葉なんて無意味だ。

忠誠ってのは行動で積み上げるもんだ——その覚悟、あるか?」


俺の胸が高鳴る。


雷音先輩たちの世界へ——俺は、一歩を踏み出した。


この時間がずっと続けばいい。

心の奥底で、そう願っていた。


でも——


そんな平穏は、長くは続かなかった。




ある夜、先輩とバーの屋上で連んでいる時に、

以前先輩がボコした蓮司の兄・豪士が幹部の(れつ)を連れて先輩に復讐に来た。


部下復讐に燃える烈が、先輩に勝負を挑む。


最初は圧倒する雷音先輩。

鋭い拳が烈の顔面にめり込み、膝蹴りで追い打ちをかける。


「どうしたよ、さっきの威勢はよぉ!」


しかし、烈は静かに笑っていた。


「終わりだよ、お前は」


その瞬間、背後から鉄パイプが振り下ろされる。


鈍い音と共に、雷音先輩の身体が崩れ落ちる。


「くそが……!」


それでも立ち上がる先輩。

しかし、次の瞬間——


ガツッ!


烈の蹴りが、先輩の腹へと突き刺さる。

連続する打撃。

先輩の身体は、ビルの柵と柵の隙間へと追い込まれる。


夜風が頬を撫でる。

その向こうには、暗闇の底が広がっていた。


「……っ、先輩——!!」


急いで駆け寄る俺の目の前で、先輩は全体重を支える五本の指を振るわせながらも気丈に笑った。


「朔……サツをよんだ。

お前は完全に被害者だから心配するな……。

俺を置いて直ぐに逃げろ」


その言葉が、俺の胸に突き刺さる。


ウーウー!!


パトカーのサイレンだった。

先輩をボコした烈達は

サツを恐れてその場を直ぐにずらかった。


俺は先輩の姿に目を向ける。

すると、先輩は今まさに三階建ての雑居ビルの屋上から地上へと落ちかけている。

先輩は片手の指を必死に広げ、かろうじて体を支えている状態だった。


俺は急いで先輩のところに駆け寄り、片手を掴む。

しかし、いくら頑張っても先輩を引き上げられない。


パトカーの到着までとてもじゃないが持たない。


俺はただ、叫ぶしかできなかった。


「先輩!!」


そんな俺を見て、先輩は笑った。


「朔、お前は今までの暮らしに戻れ。

そして……負けるなよ」


その瞬間、俺は本当の意味で人生を選ばなければならなくなった。


俺が助けなきゃいけない。俺が、先輩を——。


俺は全力で駆けた。

先輩が倒れ込んでいた廃工場の奥へと。

俺の息は切れ、汗が額を伝う。


先輩は倒れたまま、口元から血を流していた。

それでも、笑っていた。


「情けねぇ顔すんなって……」


「先輩……待っててください!!俺が助けます!!」


俺は手に力を強める。

けれど、力が足りなかった。

先輩の身体を引き上げようとしても、俺の腕は震え、足は力を失っていく。


「くっそ……持ち上がらねぇ……!」


歯を食いしばり、力を込める。

だが、先輩の身体は思った以上に重かった。


「……朔、いいんだよ」


「何がいいんですか! 何もいいことなんかないですよ!!」


俺の叫びは夜の闇に溶ける。


俺はわかってる。

俺はずっと弱かった。

小さい頃から、いじめられるたびに泣いてばかりだった。

抵抗もできず、ただ殴られ、蹴られ、奪われるだけのガキだった。


そうやって俺は生きてきた。

誰かに守られることだけを願って——でも、そんな甘えた願いが叶うことはなかった。


だから、先輩に出会ったとき、

俺は初めて「守られる側」じゃなく、「強くなりたい」と思った。


でも結局——何もできねぇ。

俺はただ見てるだけで、手を伸ばしても先輩を救えなくて。

俺は、やっぱり——


「俺は……弱いままだ……」


その言葉に、先輩はかすかに笑った。


「違うな、朔。大丈夫だ、お前は強い」


俺は息を詰まらせる。


「強さってのは、拳の強さじゃねぇ。

誰かを殴れることでもねぇ。

本当の強さは——弱者と罵られても、それでも今を必死に生きてる奴らの心を持っていることだ」


先輩の目は、朔をまっすぐ捉えた。


「お前はその心を持っててる。だからこそ、負けるなよ」


それが、先輩の最期の言葉だった。


俺はその夜、叫び続けた。

俺が弱かったせいで、先輩を救えなかった。

俺のせいで——。


その日から、俺は変わった。


俺は元の日常に戻った。

しかし、俺はもう、誰かに助けられるだけの存在にはならない。

誰かを守る側の人間になる。

俺自身が、先輩の意志を継ぐ。



〔現在〕


気が付くと俺は、透華の前でこぶしを握りしめていた。


「……朔……、大丈夫?」


透華は心配そうに俺を見る。


「何か思い出したの?」


俺は目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。


「昔な、俺は不審者の濡れ衣を着せられたことがあったんだ」


透華が目を細める。


「だが、あいつが……俺を守ってくれた」


目の前の透華には、この痛みはまだ話せない。

それでも、俺はもう迷わない。


今度こそ、俺が蜜柑を、両親を守る番だ!!

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