0x16 雷音 ※朔視点
〔朔視点〕
「不審者、ってわけね……」
透華の冷たい言葉が、俺の胸の奥をえぐる。
——不審者。
その言葉が突き刺さると同時に、俺の脳裏に焼き付いた夜が鮮やかに蘇る。
俺のために身代わりとなり、不審者として扱われ——そして、二度と帰らなかった男。
雷音先輩——。
彼との出会いは、俺の世界を根本から変えた。
〔回想/朔〕
当時の俺は、自分を守る術を何も持たなかった。
気弱で、人に逆らえず、ただ流されるように過ごしていた。
だからこそ、いじめっ子の蓮司に言われたことに逆らうこともできなかった。
ある日、蓮司が俺に車のスペアキーを渡してきた。
「兄貴ん家、お前ん家の近くなんだよ。
これ、兄貴の車のスペアキー。必ず明日学校で鍵を返してくれ、ほんじゃ頼むわ」
蓮司は一人暮らしで長期不在中の兄・豪士に頼まれ事をされたらしい。
車の中にある書類をPDF化して送る必要があるということで、俺が代わりに書類を車に戻しに行くことになった。
夕方に鍵を渡されてなぜ今日中なのか?
そんなの遠回しに夜中に行けと言っている様なもので、俺はどこか不自然さを感じていた。
だけど俺には、「断る」という選択肢なんて存在しなかった。
その日の夜遅く。
両親に内緒でこっそり家を抜け出した俺は、
蓮司に指定されたアパートの駐車場へ向かう。
夜の静寂を切り裂くようにタイヤが擦れる音。
遠くで犬の吠える声がする。
街灯に照らされる薄暗いアスファルトの上で、俺は汗ばんだ手でスペアキーを握りしめていた。
小さな鉄の鍵なのに、異様なほど重く感じる——。
「……やるしかない……。」
そんな呟きは、自分を奮い立たせるためのものだったのかもしれない。
俺はゆっくりと駐車場に足を踏み入れる。
スマホのライトで辺りを照らしながら目当ての車を見つけ、震える指で解錠ボタンを押した——その瞬間。
「オイ!!何してんだ、クソガキ。」
背後から響く怒声に、全身が凍りついた。
ゆっくりと振り向くと、そこには——。
豪士と、二人の仲間が立っていた。
鋭い視線。口元の冷笑。
その場にいた蓮司は既に豪士に殴り倒され、血を流しながら地面に横たわっていた。
「違うんです、これは……!」
言い訳なんて通じるはずがない。
次の瞬間、俺の腹に鋭い蹴りが入った。
視界が揺れ、地面に叩きつけられる。
「んなザコでも盗みなんてできるんだなァ?」
嘲笑が響く中、豪士は蓮司の腕を掴み、乱暴に引きずる。
「こいつも共犯だろうよ。証人は多いほうがいい。」
終わった——。
痛みと恐怖の中、俺はただ身を縮めるしかなかった。
しかし——その時だった。
「おい、お前ら、やめろ。」
鋭い声が闇を切り裂いた。
俺と同じくらいの年齢の男の声——。
その声には、一瞬にして場の空気を変える力があった。
ハングレたちが眉をひそめ、ゆっくりと顔を上げる。
「……んだ、てめぇ。」
男は俺の前に立つ。
ただの無謀な介入じゃない。そこには、確固たる強さがあった。
「そいつは俺のダチだ。くだらねぇことで潰すな。」
鋭い眼光。圧倒的な存在感。
俺の視界の中で、その背中が、まるで壁のように頼もしく映る。
「は? 調子こいてんじゃねぇぞ?」
静かに、けれど鋭く響く声。
俺を庇うように立つ男。
そして——次の瞬間。
豪士の体が吹っ飛んだ。
驚きと怒号が交差する中、男は迷いなく動き続けた。
倒れた仲間たちの体を地面に沈めていく。
「弱ぇ奴に手ェ出すな。」
たった一言。
それだけで、男は俺の罪を肩代わりした。
闇夜に激しく交わる拳と怒声。
俺はただ、その背中を見つめるしかなかった——。
駐車場の片隅で、まだ血の匂いが生々しく漂う。
男は乱れた呼吸を整えながら、ハングレたちを睨みつけた。
「……もう、いいだろ。」
その低く響く声は、ただの威圧ではなく、場の空気を断ち切るような強いものだった。
俺は痛む体を引きずりながら、必死に立ち上がる。
ふらつく足元を必死に支えながら、それでも男の背中を見つめ続ける。
男はゆっくりと振り向き、俺の目を真っ直ぐに捉えた。
その瞳の奥には、試すような色——いや、違う。
ただ、純粋な「覚悟」だけがあった。
「お前、名前は?」
男が手を差し出す。
俺は、ためらいながらも、その手を掴んだ。
ガッチリとした握手。骨の奥まで伝わる熱。
「……朔です。」
「オレは雷音だ。」
その瞬間。
まるで鼓動が同期したような感覚があった。
ただの偶然じゃない。
ただの出会いでもない。
これは、「始まり」だった——。




