0x11 朔のママン
「ちっ……」
朝十時を少し回った頃、バスに揺られながら、透華は小さく舌打ちをした。
昨日の別れ際に見た凛の意味深な顔が、どこか脳裏に引っかかっている。
(ちょっと。あの二人、ふざくんなー!!)
スマホの画面には、数分前に凛から送られてきたメッセージが 小さく輝きを放っていた。
『ごめ〜ん、透華。草日くんと二人、ちょっと遅れそう。先に朔くんと始めててくれる?』
(試験前の勉強会を三人で朔の家で、というのは凛からの提案だった筈なのに……)
はぁ!?何で私だけであいつなんかと。
嫌なんですけど!
透華は既読スルーを決め込みつつも、渋々ながら重い腰を上げる。
昔からの腐れ縁とは言え、異性の朔と二人っきりは、透華としては気恥ずかしく本意ではないのだ……。
見慣れない二階建ての玄関前で、透華は深呼吸を一つ。
インターホンを押す指先が、わずかに震える。
ピン〜ポン♪
「はーい、どちらさまー?」
明るくも間の抜けた声が、スピーカーから響いた。
(そう言えば、朔との付き合いは長いけど、あいつの家に来るのは今日がはじめてだったんだ……。
朔のお母さんって一体、どんな人なんだろう……)
そんな一抹の不安がよぎった瞬間、
玄関のドアが勢いよく開けられた。
「あらあら、あなたが透華ちゃんね!
いらっしゃーい♪」
そこに立っていたのは、 鮮やかなピンク色のエプロンを身につけてこそいるが、
頭部にはまるで弥生時代の巫女の女王のように奇妙な頭飾りで飾られた、元気な中年の女性だった。
彼女が見せる満面の笑みには、優しいというよりは、むしろ貫禄や迫力がある。
そして、その首元にはたくさんの色とりどりの石や奇妙奇天烈な形をした飾りがぶら下がっていた。
透華は、その異様な出で立ちに一瞬言葉を失った。
まるで、歴史の教科書から抜け出してきたような……いや、もっと奇妙だ。
透華はそんな彼女から出来る限り気に入られまいと、周囲に意識を向けた。
玄関の周りには、曼荼羅のような不思議な絵や、幾何学的な模様の 奇妙なオブジェ、 読み方のわからない古代文字のようなものが所狭しと貼り付けられている。
そんなおどろおどろしくもなんともしれないオーラに、透華は思わず一歩後ずさった。
「えっと……朔くんにお世話になってます、透華です……」
透華は辛うじてそう答えるのが精一杯だった。
目の前の女性、朔の母親のあまりの超自然的なオーラに、
透華は愛想笑いを装いつつも顔の神経はまるでどこぞの◯イヤ人の王子のように引きつるっているのを自覚した。
透華は、家に入る前に少しためらい、そっと自分の靴を脱ぐ。
すると、彼の母親は風水でも気にしているのか、意味深なスマホアプリで方角を調べはじめ、片手をピンと真っ直ぐにある角度 に突き出すと、透華の靴の向きをその方向に揃え直した。
「あ……、すみませんでした……」
透華は思わず萎縮する。
「まあまあ、そんなにかしこまらないで!
さ、上がって上がって!
あの子ったらね、今頃になって部屋を掃除してるのよー、まったく!」
そう言いながら、朔の母親は透華の腕を強引に引っ張り、家の中へと引きずり込もうと……。
刹那——。
母親は突然、透華に不気味な笑みを浮かべて言った。
「そうそう、透華ちゃん♪
朔に会う前に、時短ショートコース20分でお祓いでもしていきましょうか?
今のあなた、少し具合が悪い様なオーラ が見えるわよ」
透華は、その素っ頓狂な提案に、つい反論してしまいそうになるが、なんとか思い留まり心の中で押し殺す。
(誰のせいじゃ、誰の!)
「いえ!結構です!!本当に大丈夫ですから!!」
「そう?残念だわ」
朔の母親は、心配しながらも 特に気にした様子もなく、透華を二階へと続く奇妙な装飾 が施された階段へと案内した。
階段を上るにつれて、背後から聞こえる怪しげな音。
それはどれも、 奇妙ながらも一定のメロディーに合わせてなお経のようなものや、深い瞑想音楽 のようなものまで、日常とはかけ離れた 非日常の光景だった。
そんな奇妙な音色達をバックに、
透華は静かにため息を吐いた。
(朔のやつ……こんな 地雷ポイント があるなんて聞いてない……。
後で覚悟しとけよ、朔!!)
この瞬間、透華のヘイトの矛先は凛から朔へと塗り替えられる。
透華のSAN値と反比例するかの様に、彼女の怒りは既にMAXの爆発寸前に達しようとしていた。




