0x10 理事長の強権
「それで、あなたは……」
透華は冷たい声で問い詰める。
「星野さんに飲酒と喫煙の濡れ衣を着せて、停学処分にしたんですね?
騒ぎが広がり過ぎて自分にボロが出ないようにと、星野さんの両親と星野さん以外には秘密裏に……。
娘さんにも隠して、星野さんと先輩を強引に遠ざけたなんて。
それって卑怯だと思わなかったんですか?」
すると、理事長の顔が、一瞬歪む。
しかし……。
理事長はすぐに反撃の色を濃くした。
「娘を守るためだ!娘の心を傷つけたあの女子生徒に、当然の報いを受けさせたまでだ!」
「当然の報い……ですか?」
透華は嘲笑を含んだ声で続ける。
「証拠もないのに、一方的な感情だけで生徒を処分する。
それが、この学園の理事長のすることですか?
生徒を導くべき立場の人間が、理事長の権力を私的に濫用して、 生徒間の人間関係を引き裂くなんて、そんなの許されるはずありませんよ!」
さらに透華は、月島先生から預かってきたマイクロSDカードを取り出し核心に迫る。
「さらにあなたは、星野さんの味方をしようとした月島先生を呼び出して……。
『生徒と付き合っているという噂が教育委員会で問題になっている。やめなければ君のクビも辞さない』
そのように警告したようですね?
これはその証拠です。
それも、娘さんのためですか!?」
理事長の顔は、もはや誤魔化すことのできない焦燥と怒りに歪んでいた。
「それは……!月島先生の指導方法にも問題があったのだ!
風紀を乱すような教師は、この学園には必要ない!」
「はぁー!?
それ、どの口が言ってます?
風紀を乱しているのは、一体誰ですか!」
透華は理事長に言い放った。
「自分の娘のためだけに、生徒たちの感情を弄び、教師の指導を妨害するなんて……。
そんな理事長こそ、この学園から去るべきです!」
理事長は透華の気迫に押されておどおどと後退りする。
透華の辛辣で疑いようの無い言葉は、理事長の胸に深く突き刺さったようだ。
「だがそれは……」
彼は、何かを言い返そうと口を開くものの、言葉が見つからず、喉元で何度も詰まらせる。
「星野さんが本当に飲酒や喫煙をしていたかどうかは、病院で検査すればすぐにわかることです」
透華は冷静に告げた。
「もし星野さんが潔白だったら、理事長、あなたはどう責任を取るおつもりですか?」
「…………」
理事長は、完全に言葉を失っていた。口を数回回かぱかぱさせるものの、 頭は混乱し、何も言い返すことができない。
その顔には血の気がなく、焦燥と後悔、そして何よりも 事の重大さに気づいた絶望と後悔の色が、色濃く浮かび上がっていた。
数分後、 せわしない足取りで、二人の生徒が 進路相談室に姿を現す。
透華は、事前に電話で連絡を取っていた小鳥遊さんと星野さんにも、進路相談室に来てもらうように頼んでいたのだ。
そして……、事の経緯を全て理解した小鳥遊さん。
彼女は、自分の父親の信じられない行為を知り顔面蒼白になる。
そして……、目の前の星野さんに向かって、今にも崩れ落ちそうな声で、深々と頭を下げた。
「本当にごめんなさい、星野さん……。
私が、私がこんなことをお父様にお願いしたせいで……あなたに、あんな酷い思いを……」
彼女の目からは、 大粒の涙が溢れ出ていた。
しかし、星野さんは、目の前の事態に動揺しながらも、小鳥遊さんの瞳に浮かんだ深い悲しみを見て、優しく首を横に振った。
「終わったことなんで、いいんですよ……それと……」
彼女は顔を上げ、透華の方を向き、 温かな眼差しを向けた。
「ありがとう……透華さん」
小鳥遊さんも、 透華を真っ直ぐに見つめ、震える声で言った。
「ごめんなさい。そして……、本当に、ありがとう、透華さん」
かくして、理事長の強権的な陰謀は暴かれ、彼の介入によって一時的に歪められていた星野さんと先輩男子生徒の仲は、ようやく元の形を取り戻そうとしていた。
「私がしたことは、ほんの少しよ」
透華は、肩を落とし、今にも消えてしまいそうな声で謝罪を繰り返す小鳥遊さんに、優しく語りかけた。
「大切なのは、小鳥遊さん……。
あなたが自分の過ちを認めて心から反省し、これからどう考えて進むか。そういうことじゃない?」
そして……、透華は少し離れて立っている星野さんと月島先生の方にも、 真っ直ぐに視線を向けた。
「それに……、星野さんも。
今回の件で苦労された月島先生も。
これからは、二人だけで全てを抱え込まずに、私たちでもいいんです。信頼できる誰かに頼ることも、時には大切なんじゃないでしょうか?」
透過は最後にそう告げると、朔達と進路相談室を後にし、いつもの賑やかな部室へと向かう。
部室の扉が静かに閉じられると同時に、朔が息を吐き出し、小声で呟いた。
「しかし、まさか理事長が、ここまでとはな……」
「ええ。でも、これでやっと一件落着ね」
透華は、校舎の窓の外に広がる、夜空を、どこか物憂げに見上げながら、静かに言った。
「いっけねえ、なあみんな、もうこんな時間だぞ!?」
朔が今の時間をみんなに知らせる。
「大丈夫よ。担任の先生と貴方達の両親には、今日私の家で勉強会をするから帰りが遅くなるって前もって伝えておいたわ」
「おお。たまには気が効くじゃん」
「ちょっと朔?
たまにはってどう言う意味よ!?」
「だからこれは……」
「まあまあ、透華も、朔くんも落ち着いて」
凛はそう言って二人をなだめながら朔の腕を肘で突く。
「透華、さ、サンキューな……」
すると、朔は透華にそっぽを向きつつ恥ずかしそうに呟く。
「わかったなら……いいわよ……」
透華は下を向き答える。
「透華、ありがとう〜♪」
「透華さん、ありがとうございます!」
「あれ、透華に、朔くんも。
二人とも顔が赤く無い?」
突然、凛が二人の顔を覗き込むとニヤニヤしながら呟く。
「ちょ、やめてくれよ!」
「透華さん、もしかして朔のことが好きなんですか?」
とバルスが訊ねる。
すると……。
『ブハァー!!』
突然、透華が口に含んだばかりのミネラルウォーターを吐き出した。
「透華大丈夫?」
「大丈夫ですか?」
凛とバルスは心配し透華に駆け寄る。
「誰がこんな鈍感ATM男!
好きな訳……無いじゃない。
私、先に帰るっ!!」
「ちょっと待って透華?」
凛は透華を引き止めようと声をかける。
そんな透華をみて、バルスも続けた。
「透華さん?それにしても、あのメッセージの暗号、よく解読できましたね」
バルスが、感心したように目を丸くして言った。
今回の事件の発端となった、 顔文字の書かれた不可解なメッセージは、 安直な方法だけでは解読できない暗号で作られていたのだ。
すると、透華の代わりに凛が、いたずらっぽく口の端を上げ、笑いながら答える。
「あれは、透華の『五感の歪み』のおかげだよ。
ね、透華?」
「私の負けね。
そうね。私の力も、少しは役に立ったみたい」
透華は、照れくさそうに微笑んだ。
真夏の夜道にも関わらず、どこか居心地の良い穏やかな空気がその場を支配している。
部室の喧騒が一段落し、夜の静けさが辺りを包み込む中。
「ねえ、草日くん?」
凛はバルスの耳元にそっと囁き、続ける。
「明日の作戦……、覚えてる?」
するとバルスは、凛の突然の密語に少し驚き目を丸くする。
「はい、僕達は遅れて……」
「しー!!」
バルスが最後まで言い終わる前に、凛は人差し指を自分の唇に当てそれを遮る。
凛は、くるりと振り返る。
そして今度は窓の外の夜空を物憂げに見つめていた透華に、明るい声で話しかけた。
「透華、明日の勉強会覚えてる?」
「あ、うん。朝10時に朔の家でいいかしら?」
「ちょっと待って」
凛は透華を待たせると、
朔に向けて少しばかり遠慮がちな声で話す。
「ねえ、朔くん?」
「え?」
朔は、急に話を振られ、少し戸惑った表情を浮かべた。
「朔くん、明日はごめんね。
明日朝早くて大丈夫?
あれだったら時間ずらそうか?」
「俺はその時間で問題ない……です」
朔は、少し不器用な口調で答えた。
「ありがとう」
凛はほっとしたように微笑む。
「じゃあ、明日土曜日朝10時朔の家にみんなで集合ね」
透華は、改めて明日の予定を確認するように、みんなに言った。
「じゃあ私は草日くんに家まで送ってもらうから、朔くん、透華を家まで送ってあげて」
凛は、そう言うと、自然な流れでバルスの腕に自分の腕を絡ませた。
その仕草は、親密さをさりげなくアピールしているようにも見える。
そして、あざとい程の満面の笑みを朔と透華に向けた。
「あ、おお。透華、いくぜ」
朔は、少しばかり戸惑いながらも頷き、透華の方を促す。
「ちょっと、待ちなさいよ、朔ー!」
透華は、朔のやや強引な誘いに、少しだけ語気を強めて言い返した。
「透華、朔くん、ばいばーい♪」
凛はバルスに身を寄せながら、手を振って明るく二人を見送った。
その笑顔は、どこまでも屈託がない。
夜の帳が深く降りた部室には、凛とバルスの二人が残された。
凛は、バルスの腕から手を離す。
「草日くん、明日が楽しみだね♪」
凛は、まるで獲物を待ち受ける猫のように、口元に弧を描いた。




