0xF 進路相談室
茜色の夕焼けが校舎の窓ガラスを染め上げ、進路相談室へと続く廊下にも、焦燥の色が濃く漂っていた。
透華は、心臓が小さく跳ねるのを感じながら、固唾を呑んでその扉の前に立っていた。
隣には、腕を組みながらも落ち着かない様子の朔、興味深そうに目を輝かせている凛、そして冷静を装いながらも、手のひらに汗が滲んでいるバルスが控えている。
「なあ?本当にここで合ってるのか?」
朔が、周囲を窺うように 小声で耳打ちしてきた。
透華は、彼の不安を打ち消すように、無言で力強く頷くと、冷たい金属の感触が指に伝わるドアノブに手をかける。
今日、この場所で、月島先生と、星野さんがひそかに想いを寄せている三年生の先輩男子生徒の二人が会うはずだった。
深呼吸を一つ。透華は意を決して扉をゆっくりと開ける。
「……!」
刹那——。
透華達の目に飛び込んできたのは、予想だにしない光景だった。
整然と並んだ机とパイプ椅子、壁には大学のパンフレットや進路指導に関するポスターが貼られている、見慣れた進路相談室。
しかし、その奥の応接セットのソファに、見慣れた人物が一人、深く腰掛けていたのだ。
「まさか、あなたが……」
透華は思わず息を呑み、驚愕の呟きが漏れる。
そこにいたのは、紛れもなくこの学園の頂点に立つ権力者、理事長だった。
普段は柔和な笑みを湛えているはずのその顔は、今は深い影に覆われ、険しく歪んでいる。
理事長は、扉が開いた音に気づき、ゆっくりと顔を上げた。
透華たちの姿を認めると、重々しい、まるで何かを押し殺すような低い声で語り始めた。
「君たちも、月島先生の件で来たのかね?」
「はい」
透華は警戒の色を隠さず、簡潔に答えた。
すると、理事長は重い溜息を深く吐き出し、続ける。
「私は、娘の恋を邪魔する月島先生と話をするために来たんだ」
その言葉は、 その場の空気を一瞬にして凍りつかせた。
透華たちは、信じられない思いで顔を見合わせる。
一体、何が起こっているというのだろうか。
「なぜ、そんなことを……?」
朔が、喉の奥から絞り出すような声で問いかけた。
理事長の目は、焦点の合わない虚ろな光を宿す。
「娘から聞いたのだ……私の、たった一人の愛しい娘から……月島先生は、私の大切な娘と、その……大切な人を、無理やり引き離そうとしている、と」
娘――理事長の一人娘であり、透華たちの同級生でもある小鳥遊さんの、涙に濡れた顔が透華の脳裏をよぎった。
確か、彼女は星野さんがひそかに想いを寄せている、あの優しい先輩男子生徒に、人知れず強い恋心を抱いていたはずだ。
そして、最近、小鳥遊さんがひどく落ち込んでいるという噂も耳にしていた。
「理事長はつまり……、小鳥遊さんが好意を寄せている先輩が、星野さんと恋人になるのを恐れた、ということですか?」
凛が、理事長の言葉の裏に隠された動機を探るように、鋭く質問した。
すると、理事長は、まるで罪を告白するかのように、苦渋の表情でゆっくりと頷いた。
「親として、娘の悲しむ顔など、見たくはないのだ。月島先生の計画が、それを招くと考えたのだ」
その言葉を聞いた瞬間、透華の胸には強い怒りと反発が同時に押し寄せてきた。
「でも、それは間違っています!」
透華は思わず声を荒げ、数歩踏み出して理事長に詰め寄った。
「理事長は、ご自分の娘さんのためだけに、他の生徒たちの純粋な気持ちを踏みにじっているんです!星野さんと先輩の二人が、互いを想い合う気持ちを、一体何だと思っているんですか!?
娘さんの気持ちだけが大切だとでも言うんですか!?」
理事長の顔が、 険しく歪んだ。
「娘は、あの優しい彼に、ずっと前から心を寄せていたのだぞ!
それを、星野という転入生が、 簡単に奪っていったのだ!
私の可愛い娘が、毎晩泣いているのを知っているのか!?」
「…………」
その言葉に、透華は絶句した。
小鳥遊さんは、自分の想いが報われないことを、星野さんのせいだと捉え、父親である理事長に泣きついたのだ。
そして、理事長は、娘の悲しみの訴えに耐えかね、その強大な権力を使って、信じられないような行為に出たのだ。
「それて、あなたは……。
————したんですね?」
透華は冷たい声で問い詰めた。




