0xE 三人の重要参考人
「朔?、これからのことは小鳥遊さんには内緒よ。不用意な言動は避けてね」
部室を出る直前、透華は低い声で朔に釘を刺した。
いつもの明るさは潜め、その表情には強い警戒の色が滲んでいる。
「このメッセージ、表向きは小鳥遊さんへの警告。
でも、もう一つ隠されたメッセージがあるの。
誰か別の人に、何かを伝えようとしてるのよ」
昨晩完成させた顔文字のコラージュを指しながら、透華は続ける。
その言葉には、確信にも似た強い響きがあった。
透華は一人部室を抜けると、
小鳥遊さんの元へ向かい、コラージュの件で独自に調べたいことがあると説明した。
小鳥遊さんは少し訝しんだものの、透華の真剣な眼差しに何かを感じ取ったのか、
「分かったわ。何か進展があったら連絡してちょうだい」
と捜査を一任してくれた。
部室に戻った透華は、朔、凛、そしていつの間にかやってきていたバルスに指示を出す。
「朔は小鳥遊さんのクラスメイトを中心に、何か変わったことがなかったか聞き込みをお願い。
凛は星野さんの交友関係を洗い出して。
バルスは……校内を広く見張っていて。何か不審な人物や動きがあればすぐに報告して」
三人は頷き、それぞれの持ち場へと散っていった。
部室に一人残った透華は、昨晩コピーしたコラージュの断片を再度机に広げ、じっと見つめる。
放課後になり、それぞれの聞き込みの結果が報告された。
「小鳥遊さんの担任の月島先生が、星野さんと親しいみたいだ」
朔が少し疲れた表情で言う。
「星野さんにはすごく仲の良い先輩の男子生徒がいたらしいんだけど、最近は見かけなくなったって話を聞いたよ」
凛は朔とは違う情報を掴んでいた。
「俺も凛さんと同じ話を聞きました」
バルスは特に変わったことはなかったと首を振った。
三人の報告を聞き終えた透華は、腕を組み、顎に手を当てて考え込む。
「もしかして、月島先生が……!?」
バルスが 呟いた。
「差出人は多分そうね」
透華は頷く。
「月島先生は英語教師だけど、フランス語も話せるの。
maleはフランス語だから……状況証拠は揃っているわ」
そして、少し間を置くと、透華はさらに続けた。
「これはまだ聞き込みからの私の推測に過ぎないんだけれど……、
maleの男の意味は、犯人の性別ではなく星野さんの先輩男子生徒のことじゃないかしら?」
すると、朔と凛は顔を見合わせた。
「月島先生は、小鳥遊さんによって断たれた星野さんと先輩男子生徒の関係を修復しようとしてるんじゃないかしら?」
透華の言葉に、部屋の空気が一瞬張り詰めた。
「月島先生は、小鳥遊さんへの警告という形で、私たちに告発のメッセージを送ったのだわ。
直接的な手段ではなく、回りくどい方法で」
「でも、どうしてそんな回りくどいことを?」
朔が疑問を口にした。
「月島先生は、直接伝えられなかったのよ」
透華は静かに答える。
「立場上、生徒間の問題に深く関われない何だかの事情があったのよ。
下手をすれば、自分の立場も危うくなる。
だから、顔文字という曖昧な形を借りて、私たちに気づかせようとしたのよ」
五時間目の終わりまで時間は遡る。
休み時間になり、透華は一人、人気のない校舎の裏手に立っていた。
手には双眼鏡が握られている。
そして、彼女の視線の先には、職員室から出てきた月島先生の姿があった。
三人に聞き込みしてもらっている間、透華は月島先生の行動を注意深く観察していたのだ。
透華は、校舎の死角から双眼鏡を使い月島先生を観察する。
そして、ついに決定的な瞬間が訪れた。
人気のない校舎裏で、月島先生がスマートフォンを取り出し、誰かと電話を始めたのだ。
透華は息を潜め、双眼鏡を通して月島先生の唇の動きを追った。
彼女が得意とする読唇術によって、月島先生の会話の内容が徐々に明らかになっていく。
「……今日、放課後……いつもの場所で……少し、話がしたいんだ……」
断片的な言葉ではあったが、透華はすぐにその意味を理解した。
月島先生は、星野さんの先輩男子生徒を呼び出し、星野さんとの関係について話し合うつもりなのだ。
その時……。
「誰!?」
透華は背後から微かな気配を感じた。
……。
振り返ると誰もいない。
しかし、確かに誰かに見られているような、そんな嫌な感覚が彼女を襲った。
(誰かが、月島先生の計画を邪魔しようとしてる……)
透華は確信した。
月島先生の行動を監視し、その計画を阻止しようとしている人物がいる。
そして、その人物こそが、今回の事件の黒幕に違いない。
夕焼けが校舎を茜色に染める頃、透華は部室に戻り、朔たちに新たな情報を伝えた。
「月島先生はこれから、星野さんの先輩を呼び出すわ。
場所はまだ特定できていないけれど……。
そして、もう一つ。私達は誰かに尾行されている」
三人の表情が険しくなった。
「誰が、そんなことを……?」
凛が不安そうに呟く。
「分からない。でも、その人物が私たちの知らないところで何かを企んでいるのは確かよ」
透華は力強く言った。
「その人物を突き止めなきゃ、月島先生の計画も、そして事件の真相も明らかにならないわ」
朔はその言葉に静かに頷き、決意を込めた眼差しで透華を見つめた。
「分かった。明日、俺に何かできることがあれば言ってくれ」
透華は小さく微笑んだ。
「ええ、お願いするわ。私たちでその犯人、必ず捕まえましょう」
透華の瞳には、夕焼けの色を映した、揺るぎない強い光が宿っていた。




