第5話 あっさりスッキリの別れ
「……どうなさいますか?」
「……とりあえず、店に入りましょうか」
少し迷ったが、今この場を離れても気になってしまうだけだと思い、様子を見ることにした。
カフェに入り、軒先の席を希望するとあっさりと希望が通って屋外の席に案内をされた。
マティアスはベラドンナの姿を見たらどんな反応をするのだろう。
ドキドキしながらテーブル席に向かった。
空いたテーブルを挟んだ位置の席だったのでマティアス達のテーブルの前をわざと通ってみた。
二人は楽しそうにおしゃべりをしていて、ベラドンナを気に留める様子はなかった。
カフェのメニューには沢山の種類のソーダ水のリストがあった。
残念ながら薬草茶はメニューになかったが、ソーダ水のメニューの中に薬草のエキスを使ったものがあったのでそれを選んだ。
飲んでみるとほんのりと甘く仕上げてありなかなか美味しい。
「ねぇ〜。マティアス様ぁ。再来週は休校日があるでしょう?」
「休校日?ああ、入学式の日か……」
「そうそう! 在校生で式に出席する人もいるけど、授業がないでしょう?前の日もお休みだし、郊外に出かけようかって話が出ているの。 マティアス様も一緒にどう?」
「……郊外に出かけようって、誰と話が出ているんだい?」
「いやん。ヤキモチ妬かないでぇ。エリック殿下や騎士団長子息のラッセルよ!」
「殿下は在校生代表の挨拶があるんじゃないのか?」
「ええ〜? そうなのぉ? そうだったら、行けないわねぇ……。マティアス様は、入学式に出席するの?その後の懇親会とか?」
「いや、入学式に用事なんかないよ」
コトッ!
ベラドンナはソーダ水が入ったゴブレットを置くときに、ちょっと力強く置いてしまったようだ。少し感情的になってしまったと反省しようとした時、ベラドンナの目の前でエミリがゴブレットを持つ指先が震えているのが見えた。
そしてエミリの顔が真っ赤になっていて眉がピクピク震えている。
マティアスには入学式と懇親会で会いたいと、ベラドンナが王都に到着するよりだいぶ前に連絡を入れていた。
その時は、了承の返事が返ってきていたのだ。
懇親会は、お茶会という形式ではあるが婚約者などがいる場合はエスコートをすることになっている。
それが入学式に用事なんかないとはどういうことだろう。
きゅっと唇を強く引き結んで、ベラドンナは目の前のゴブレットを見つめた。
ゴブレットの中身をマティアスにぶつけてしまいたいという考えが少しだけよぎった。
しかし、少し考えてから、ベラドンナは深く息を吐いた。ゴブレットに手を伸ばし、残ったソーダ水を飲む干す。
ソーダ水に使われていた薬草は、リラックス効果があるものだった。香りだけでも少しだけ気持ちが落ち着く気がした。
ふぅと息を深めに吐き出す。
ベラドンナは今、自分が冷静かどうかを自分に確認した。
正直、マティアスについて腹立たしい気持ちはある。だけど、姿を見たときにマティアスかどうか確認が持てなかったくらいに長いこと会っていなかった。
マティアスから手紙が来なくなったから、という理由でベラドンナからも誕生日や季節の挨拶しか手紙を送っていなかった。
長期休みに王都に行こうと思えば行けたけれど、会いには行かなかった。
それはマティアスの反応に不安があったからではあるけれど、
マティアスとの婚約を何としてでも続けたいという気持ちが薄かったのも事実だ。
『……良いタイミングなんじゃないかしら』
今、まさにマティアスは、ベラドンナとの約束をドタキャンして他の令嬢と一緒に居る。
そして、入学式に出席する約束も反故にすることを宣言した。
このタイミングならば、マティアスは反論ができないのではないか。
ベラドンナは、今度は静かにゴブレットをテーブルの上に置くと、エミリの目を見つめて言った。
「エミリ、決めたわ。私……」
「お嬢様?」
「今のうちにスッキリしたほうが良いんじゃないかと思って」
「! ……ええ。そうですわね。お嬢様のお考えの通りですわ!」
ベラドンナの言葉にエミリはハッとして、それから大きく頷いた。
ベラドンナは席から立ち上がった。
「お話中、失礼致します。デンドロン伯爵令息様でしょうか」
「うむ?僕は確かにデンドロンだが、君は誰だ?」
「誰ぇ〜?」
マティアスが顔を上げてベラドンナに目を向けた。アプリコットピンク髪の令嬢も怪訝そうに振り返った。
ベラドンナは口元だけ静かな微笑みを浮かべて、膝を少し曲げて挨拶をした。
「ベラドンナ・フェンネルでございます」
「……ええ!?」
「大変お久しぶりでございます。お声が聞こえてきましたので、ご挨拶をさせていただきました。
……それではご機嫌よう」
「ちょ、ちょっと待って……」
ベラドンナが立ち去ろうとしたら、マティアスが慌てた様子で立ち上がった。
ベラドンナは扇をパッと出して口元を隠して目元だけで微笑んだ。
「とても素敵なご令嬢とのご歓談をこれ以上お邪魔してしまうわけにはいきませんわ。
最後に……、ご挨拶をさせていただきたかっただけですの」
「……そうか……」
マティアスは何か悟ったのか、呼び止めようとして上げた手をスッと下げた。少しだけ苦しげに眉を下げた。
少しだけ。
「それでは今度こそ、ご機嫌よう」
ベラドンナはそう、マティアスに告げると背筋をピンと伸ばして、店を出て行った。
エミリが振り返って様子を見ると、マティアスは席に座り直して少し俯いていた。
ベラドンナを追いかけることもなかった。




