第3話 買い物
『良いね!そういうの!』
『ええ』
ベラドンナとしては、薬草の知識を深めることは楽しかったが、ジョイスのように職人になって身を立てようなどということは考えていなかった。
刺繍などのように嗜みの一つと考えていたのだ。
それでも、知識を得たり、淹れたお茶を喜ばれたりすることはとても楽しいと感じていたのでジョイスが、魔道具作りが好きだと言う気持ちにも共感できた。
ジョイスは魔道具の事を語る時にとても澄んだキラキラした瞳をしていた。
それが印象に残っている。
ジョイスとはそれきり会っていないが、その時の魔道具は銀貨三枚と魔道具としては格安の値段でベラドンナが購入した。
特に何かに役立つような機能を持たない魔道具だったので、他の魔道具に比べて格安ではあったが銀貨四枚の値段がついていた。
だが、その時にベラドンナが自由に使えるお金として持っていた所持金が銀貨三枚と聞くと銀貨三枚でも販売するとジョイスが申し出たのだ。
その日のベラドンナの小遣いは、出店の屋台でアクセサリーを買う目的で母親から貰ってきたお金だった。
少し前に兄が、王都の出店で髪飾りをお土産に買ってきてくれたことがあり、その時の値段で予算を決めていた。
特にどんなアクセサリーが欲しいなどと言う希望はなかったのだが、
屋台を見て回る前にちょっと立ち寄ってみた魔道具店で、予算を使い切ってしまうことになった。
もちろん、護衛の騎士や侍女がついていたから、いざという時のお金は別で用意されていた。
歩き疲れてカフェでお茶をする時などの費用などは侍女が管理しているのだ。
それでもいきなりその日の買い物目的の小遣い全額を、想定していなかった魔道具に注ぎ込むのはどうかとは思うのだが、ベラドンナにはそれがとても面白いことに感じていた。
予定外の買い物をすること自体が楽しかったし、キラキラした瞳の少年と話すこともとても楽しかったのだ。
その出来事はベラドンナがマティアスと婚約をするよりも前の話で、
ジョイスとはそれっきり会う機会もなかった。
なのに、最近、その時の夢を何度も見る。
ベッドの下にあった室内履きに足を通して、まだ薄暗い室内を歩く。
クローゼットの扉を開けると、奥の方に見覚えがある布に包まれた物体がチラリと見えた。
ベラドンナは少しだけ口角を上げた。腰を屈めて、布に包まれた物体を引っ張り出した。
両手で抱えられる大きさだがずっしりと重い。
布を開くと、懐かしいドーム上の物体が出てきた。
「ああ、懐かしい!」
端っこの青いボタンのような者を推しながら魔力を通すと、「リリン」と音がなった。
それと同時にドームの中の液体が動き出す。
窓辺に持って行くと、液体の中の破片がキラキラと輝きながらドームの中を回った。
「綺麗……」
青みがかかった破片が煌めく様を見ると不思議と心が落ち着いた。破片の青い色はなんとなく
ジョイスの瞳の色を思い出させた。
「ジョイス様、今頃どうしているのかしら……」
小一時間ほど話をしただけの相手だ。
ただ、話していて楽しかった。もしも婚約をした相手がジョイスだったら、今でももっと楽しく会話ができていたのではないかと、考えてしまう。
今日は、マティアスと会う予定だった。
王都の学園の高等部に入学するに当たって、学園生活で必要なものを買う買い物に同行してもらう約束をしていたのだ。
だが、昨日になって、都合が悪くなったという連絡が来て会う予定がキャンセルされてしまった。
ベラドンナが王都について既に二週間経つ。
その間マティアスとはまだ会えていない。
平日は学園の授業がある事を考慮して、休日に会えるかを声をかけているのだが
忙しいらしいのだ。
「お忙しいなら仕方ないのよね……」
朝の光を浴びてキラキラと輝くドームの中の様子を眺めながら、自分に言い聞かせるように呟く。
マティアスとの約束はキャンセルとなったが、予定通り買い物には出るつもりだ。
チラリと机の上に目を向けた。机の上には小さな包みが置かれていた。
マティアスに会った時に渡す予定だった羽根ペンだ。
王都では色々な物が手に入るから、なるべく王都には出回らなそうな美しい羽根色をした魔鳥の羽根を使って作られた羽根ペンを用意しておいたのだ。しかし、まだ羽根ペンの出番はないようだった。
机の上に持っていた魔道具を置いて、羽根ペンの包みは引き出しに仕舞った。
街に買い物に行く事自体は楽しみだ。都合が合わなかったマティアスのことは残念ではあるが気持ちを切り替えて買い物リストを確認する。
制服は王都についてすぐに、注文をして採寸などを済ませている。
それ以外に必要はものは、文房具、靴など。
小物類はある程度は所持しているけれど、気に入ったものがあれば買う予定だ。
手早く朝食を済ませて、早速馬車に乗って出かける。
父や母は、まだフェンネル伯爵領に居て、ベラドンナの入学式に合わせて来週王都に到着する予定だ。
だから、タウンハウスには現在はベラドンナ以外は使用人しかいない。
朝食も広い食堂で一人で済ませている。
気を遣ってか侍女のエミリが、食事の時間中のその日の予定などの確認と称して話しかけてくれるので全く無言での食事というわけではない。
しかし、楽しくおしゃべりをしながらの食事というわけでもないので、ささっと食べ終わってしまう。
「最初は、やっぱり文房具かしら。」
「何店舗か候補がございます。まずは、羽根ペンの品揃えが豊富だと評判のお店に向かいましょう」
「……インクの種類も多いのかしら?」
「もちろんでございます」
羽根ペンと聞いて、マティアスへの贈り物として用意したペンのことが少しだけ頭をよぎった。
マティアスへ贈る羽根ペンを購入する為、フェンネル伯爵領の領都の文房具店に何度も足を運んだ。
だから、ベラドンナの中で羽根ペンのニーズは低かったのだが、羽根ペンを取り扱っている店はインクも置いているので、良い色のインクがあったら欲しいと思ったのだ。




