第1話 キラキラした魔道具の夢
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
窓から差し込む朝日を感じて、薄く目を開けた。
ーーーこれ、光に照らすと凄く綺麗だと思うんだ。
ベラドンナは先程までの夢で聞いた言葉を思い出して身を起こした。
ベッドから両足を下ろすと床の木材のひんやりとした感触で、今いる場所が生家であるフェンネル伯爵家の屋敷の部屋とは違うことも再認識する。
「あの魔道具……、どこに置いたかしら」
実家の自分の部屋ではクローゼットの上の棚の奥に置いていた。確か王都に持ってきた荷物に入れていたはずだ。
ベラドンナ・フェンネルは、王都にある学園に通う為に先週から実家のあるフェンネル伯爵領を離れて、王都にあるフェンネル伯爵家のタウンハウスに滞在していた。
貴族の令息、令嬢は、王都や公爵領などの学園の中等部か高等部、またはその両方に通う習わしがある。
令嬢の場合は中等部だけ籍を置いて、高等部には通わずに嫁ぐと言うことも多いと聞くがベラドンナは、来月から高等部に入学する予定だ。
王都の学園の高等部に通いたい為に、敢えて中等部時代は王都ではなく、
実家であるフェンネル伯爵領から近いエーデルワイス公爵領の学園に通い学費や生活費を抑えた。
さらに中等部で優秀な成績を収めたことで、王都の学園の高等部に通うことの許可を父親から得たのだ。
『マティアス君もまだ高等部に通っていることだし……、交流を深めるのも良いだろう』
ベラドンナの父親である、ゼメル・フェンネル伯爵は本音で言えばベラドンナが中等部を卒業したら、結婚させたいと考えていた。
しかし、ベラドンナの婚約者であるマティアス・デンドロン伯爵令息も、ベラドンナが中等部を卒業する頃にはまだ学生だ。結婚をするのは卒業まで待つこととなっている。
高等部の在籍期間は三年。ベラドンナより一つ年上のマティアスが学園を卒業するまでには後二年かかる。
マティアスの卒業を待つ間、ベラドンナはデンドロン伯爵家に行儀見習いという名目で花嫁修行に行くということも検討されていた。
しかし、ベラドンナとしてはいずれ嫁ぐとしても、今はまだ学べるのであれば学びたいという希望があった。
幸い、デンドロン伯爵家側ではベラドンナにデンドロン邸で花嫁修行に来て欲しいという意欲はあまり強くなかった。
フェンネル伯爵家が「どうしても」というなら受け入れるがというくらいの姿勢だった。
マティアスが次男であるということも大きかったのだろう。
デンドロン伯爵家はマティアスの兄であるローグが継ぐ予定となっており、
マティアスはデンドロン家が保持している子爵の爵位を継ぐ予定だ。
マティアスが子爵の爵位を継ぐ為の準備をする事自体は望ましいことではあるが、特に急いでもいないのだ。
なんとか王都の学園の高等部で学ぶ猶予を得たベラドンナは、王都での学園生活に希望を抱くと同時に不安も抱えていた。
婚約者であるマティアスに最近はほとんど会えていないのだ。
婚約を結んだのはマティアスが11歳、ベラドンナが10歳の頃だった。
婚約当初はお互いの家の領地を案内したり、定期的なお茶会をして交流を深めていた。
その後、マティアスが王都の学園の中等部に入学した後も、頻繁に手紙のやり取りをしていた。
ベラドンナが公爵領の中等部に入学してから、マティアスから送られてくる手紙の頻度と厚みがぐっと減った。
ベラドンナが入学したのが王都の学園ではなく公爵領の学園だったからだとベラドンナは考えていた。
マティアスとしては、ベラドンナと王都の学園で楽しく交流を深めたかったのだろうと思う。
それについてはベラドンナも、少し申し訳ないことをしたという気持ちはあった。
しかし、王都は学費も生活費も高くかかる為、ベラドンナが王都の学園の中等部に入学した場合は、高等部の学費は出せないと父親であるフェンネル伯爵に言われてしまっていたのだ。
ベラドンナには兄と弟がいて、兄は既に高等部を卒業しているいが、弟はまだ中等部の入学前だ。
ベラドンナが我儘を言って、弟に使う予定の学費まで使ってしまう自体は避けたかった。
かといって、高等部で学ぶことを諦めたくはなかったので、
あちこちに相談をしたり、調べた結果、公爵領の学園の中等部で良い成績を収めて、特待生枠で王都の学園の高等部に入学する道を選んだのだ。
そのことはマティアスにも伝えてはいたのだが、納得はしてもらえていなかったようだ。
マティアスとしては、ベラドンナが高等部に通いたいという気持ちを理解していなかったのだろう。
『君は僕と王都の学園生活を送ることを楽しみにはしてくれていなかったんだね』
ベラドンナが公爵領の学園に通うことを伝えた時、マティアスはそう言って残念そうに目を伏せた。
ベラドンナが高等部は王都の学園に通うつもりだと伝えても、マティアスの表情は曇ったままだった。
そして、その会合以降、マティアスとは会っていなかった。
ベラドンナが公爵領の学園の中等部に通っている間には。頻度が減った提携的な手紙のやり取りしかなかったのだ。
誕生日にはカードと贈り物が送られては来ていたけれど、
侍従か誰かが選んだのではないかとベラドンナは思っていた。
ベラドンナとしては、マティアスからの手紙の頻度が落ちたことは残念には思っていたけれど、あまり気にはしていなかった。
そもそもが親同士が決めた婚約だし、マティアスに対して思い入れはなかった。
いずれ嫁ぐものと思っているので、マティアスとの結婚自体がいやということはなかったが、ベラドンナの兄もマティアスも当たり前のように王都の学園の中等部、高等部と進むのにベラドンナは、あれこれ画策をしてやっと高等部に通う事ができるという現状に若干不満は抱えていた。
そう言った不満や、王都での学園生活に対する不安のせいか、最近よく同じ夢を見る。
それは、幼い頃に王都の魔道具屋で見せてもらった魔道具の夢だ。
リリンと優しい音を立て、ドーム上の物体の中ではキラキラした破片がゆらゆらと揺れるという、実用性がない魔道具だった。
『綺麗だろう?これ、光に照らすと凄く綺麗だと思うんだ』
何かの役に立つものじゃないけど、と魔道具屋のカウンターの中から少し身を乗り出した少年は笑った。
黒髪でサファイヤのような濃い青い瞳をしていた。
当時のベラドンナは、王都に来たのは初めてで魔道具屋という場所に訪れるのも初めてだった。
物珍しげに店の中を眺めていて、たまたま、鈴の音色のような音が聞こえたので
その魔道具に目を向けただけで、実のところその魔道具の外観などに目を惹かれたわけではなかった。




