一章/二話『行方不明者』
勇者ローヴェンゼムが消えた場所。或いは、一般共通認識の中で、彼が一番最後に名を残している場所。龍の国グリモワールの一都市――ルズロッド。
その付近に存在する大森林、そこの少し逸れた場所が魔獣バウムッドの生息域と重なっている。――わけだが、今大事なのはそちらの話ではなく、都市内の話。
ルズロッドの中央、大きな広場の更にど真ん中。絶えず流れる噴水と、それを囲む木のベンチ。そこがつまるところ、青年と少女の現在地なのだった。
「ぁ……んぅ……」
うつらうつら、首をかくんかくんさせている彼女。
黒髪黒目。白と黒の給仕服を着た、ステレオタイプのメイドちゃん。所謂ところの、少女。
「――っと」
眠る勢いで少女の頭が落っこちていかないように、そっと後ろから支える彼。
黒髪黒目。黒いローブで全身を覆い隠した、ステレオタイプの不審者。所謂ところの、青年。
「ん……ぁ、あれ、私……」
「おはようおはよう、もう中々良い時間だぜ。そりゃもう最高に真っ昼間だ」
「――?」
首を傾げる少女。
辺りを見渡して、もはや夜が終わり、森の中にも居ないことを知る。
「こんくらいに起きてなんぼだよな、やっぱり。世捨て人の特権ってやつだぜ」
「――あ、あの! 本当に本当にごめんなさいなのですけれど、私は社会不適合者さんじゃないのです! やらなきゃいけないことが積もりに積もっているのです! ここは一体全体何処なのでしょうか!」
起き抜けのとろんとした瞳から一気に覚醒。凄まじい勢いで少女は捲し立てる。
「さも僕が社会不適合者かのようなっ! 失敬だなっ!」
「……っ。えーっと、うーん……」
わからない事だらけの少女に、特段情報をもたらしてくれるわけでもない青年。
その顔を、少女はじっと見つめる。寝ぼけた頭で、しかし何か思い出さねばならない事が在るような気がして、呆然と見つめる。
「ん、どうした? 整いに整った僕の顔に惚れちまったかい?」
戯言は一旦スルーで、少女は頭を回し、回し、回して、
「――――はっ! そうでした!」
黒い双眸。黒い髪。黒い衣装。
本人の言葉を純粋に肯定するのは癪に障るけれど、しかし事実――崩れてはいないその顔面。
それは紛れもなく、少女が暗い森で迷いに迷っていた時、
「貴方はもしかして、私を助けてくれたお方ではありませんか?」
「――はっはっは。
この僕ローヴェンゼムは――勇者だからね。君のような可憐な少女、助けて然るべきさ」
「――ローヴェンゼム、様ですか?」
胡乱な目が、青年に向く。
この世のものとは思えない剣技(強かったわけではない)も、強大な魔物が切り裂かれる瞬間も、おぼろげながら少女は思い出せるけれど。
――だけれども。
勇者ローヴェンゼムとは――はるか昔に失踪している人物だった。
行き先も生死も不明。足取りという足取りが尽く消滅している様な人物が、こうして飄々と眼の前に居る。というのを、簡単に飲み込める方がおかしい話。
飲み込めないし、疑わしい。というか、十中八九嘘と考えるべき言葉。それを全て承知の上で、少女は――
「助けて頂き、本当の本当にありがとうございました!」
にっこり笑って、そう言った。
助けてもらったから、ありがとうと、そう彼女は言った。
「――――。うん、どういたしてまして」
素性を探る気など微塵もない、少女からの純粋な感謝。素の口調で、青年はただそう返す他なかった。
――そうして、和やかな空気に包まれて、いい感じに丁度良く場が閉まりそうな展開に、「それはそれとして」と、少女が待ったをかける。
「行き交う人々からとっても視線を感じるので、そろそろ下ろして頂きたいですっ! 後ここは何処なのでしょうかっ?!」
青年の膝の上にのっけられた少女は、声を荒らげたのだった。
―――――
「そういえば、お名前は何というのかな?」
「あ、申し遅れました! 私はクロエ・フィルルと言います」
膝から降りて、お辞儀と共に自己紹介するクロエ。
「じゃあクロエちゃん、簡潔に言うんだが――僕はあまりこの街に長居できない。具体的に言うなら、そうだな……頑張っても今日の終わり頃が限界だ。だから、それまでにどうにかして君をお家に返さなくちゃいけないんだが――」
「――あの……お気遣いには感謝するのですが、事情があるのでしたら、何もそこまでして頂かなくっても……構いませんよ?」
命を救われたばかりか、今こうしてクロエが地面に立てている理由――足の手当までもが、青年によって行われたものだった。
治癒効果のある薬草で、丁寧に巻かれた足。クロエはその治療工程を見ることもなく、ただ眠り続けていただけ、ともなれば――これ以上、迷惑を掛けたいわけもない。
なのに、そんなクロエの気まずい心情は、青年の高笑いに呆気なく無視されて、彼は彼女の目線までそっと立ち上がり――
「――でもさ、折角だろう? 最後まで付き合わせておくれよ、僕に」
クロエに、手を差し伸べる。
はためく黒のローブと、何処までも強かで優しい笑顔。
街を吹く風が、二人の髪を揺らしていった。
「…………」
「――ね。だから暫くは、この僕を頼り給えよ」
知らぬ間に、手を取っていたクロエ。
彼女には、その青年が勇者に見えて仕方なかった。




