2 性犯罪者はカスである、即時処刑か去勢が妥当
全ての女性を守る声が必要だ。
性犯罪とは、他人の尊厳を踏みにじり、その心と体をズタズタに壊す、最も卑劣で、許しがたい行為である。被害者の人生を狂わせ、時に一生癒えることのない傷を与えるこの行為を行う者に、社会が寛容である必要は一切ない。いや、むしろ性犯罪者に対しては、徹底した排除と再発防止措置が必要だ。
「一度過ちを犯した人にも更生の機会を」という意見もあるだろう。しかし、性犯罪はただの「過ち」ではない。意図的に他者の身体と心を侵す行為であり、加害者の欲望のために他人の人生を破壊する犯罪である。これを「病気」や「社会的背景」で正当化することは、被害者の苦しみにさらに泥を塗る行為でしかない。
現実には、性犯罪者の多くが再犯を繰り返しているという統計も存在する。
つまり、「一度許せば終わり」では済まされないのだ。加害者には社会復帰よりも、まず徹底した監視と隔離が必要である。GPS監視や顔写真の公開、去勢措置、終身刑。これらは決して「やりすぎ」ではなく、むしろ「当然の予防策」として真剣に議論されるべきである。
一方で、被害者はどうか。
性被害を受けた人々は、声を上げることすらできず、日常生活を送ることすら困難になっている。にもかかわらず、加害者には「プライバシーの保護」「更生の機会」が与えられる。これは明らかに不公平であり、法と制度が本来守るべきは「被害者の人生」であるはずだ。
私たちは、「性犯罪者を許す社会」ではなく、「性犯罪者を絶対に許さない社会」を築かなければならない。学校教育、性教育、刑罰の厳格化、被害者支援の拡充、通報システムの整備、再犯防止テクノロジーの導入。やるべきことは山ほどある。
性犯罪者がのうのうと生き、再犯の機会を待ち、被害者が沈黙し苦しみ続ける社会に、未来などない。
また、性犯罪者を匿う組織、国、制度は悪として認知される。
「性犯罪は人生を破壊する」という認識を社会全体が持ち、「性犯罪を犯したら社会的に終わる」という厳格な線引きを持つことで、初めて性犯罪は減っていくのだ。
生きる価値とは、「他人を傷つけず、共に生きる努力をすること」にある。性犯罪者は、その最低限の価値すら自ら手放した存在である。そんな者たちを守る必要はない。
私たちは、被害者に寄り添い、性犯罪者のいない世界を目指して声を上げ続けなければならない。




