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婚約覇妃

作者: L2M

「プリメラ!お前との婚約を破棄する!!」


 オレはレイモンド・チョ・マテヨ。マテヨ王国の第一王子、正真正銘の王太子である。今しがた貴族令嬢・令息の集う学園卒業パーティにおいて、婚約者であるプリメラ・エービルにその罪と婚約破棄を叩きつけてやったところだ。


 プリメラは由緒正しき我が国の王国貴族であるエービル公爵家の長女であり、銀色の髪がいつだって4本の竜巻を象っている吊り目の忌々しい女である。我が王国では男を惑わすふしだらな身体と妖艶な美貌を持つ、幼少期から王妃教育を受け悉く周囲から頭1つも2つも突出した才女として広く知られていた。国王夫妻や宰相をはじめ名だたる貴族たちに、将来オレと結婚し王妃になれば我が国は数十年の安寧が約束されるとまで言わしめる実力は認めないこともない。


 しかし、如何せん、こいつは性格が最悪だった。子どものころには王子であるオレに銀色のくるくる回る頭で陰湿ないたずらを仕掛けてきて、四苦八苦して対処するオレを余所に本人はノーダメージで優雅に茶をすすりながらほくそ笑んでいるという悪辣ぶりだ。さすがに12歳のデビュタント以降はそういったことはなりを潜めたが、代わりにオレの言動をぐうの音も出ない正論で逐一諫めるようになった。国を最優先とするその進言はオレ以外にはウケがよく、オレだけを打ちのめす。いったいこいつはオレに何の恨みがあるというのだろうか、とプリメラに対する恨みを積み上げる毎日だった。


 挙句の果てにはオレのみに留まらず、プリメラはオレの愛するアリス・ザヒロイン男爵令嬢に数々の嫌がらせをしていたというのだ。聖女の力を持つアリスは、王国では珍しい黒髪黒目で小動物のようにかわいらしい令嬢だ。いつでも明るく誰にでも分け隔てなく接する様はまさに物語に書き記される聖女の様相で、この国で唯一王子という立場のオレではなく、オレ個人のことを認めてくれた少女である。今日も青と白のドレスで清楚でとてもかわいらしい。オレは彼女との間に真実の愛を見つけたのだ!


 そんな最愛のアリスを、あろうことかプリメラは虐めていたというのだ。陰険女にふさわしいねちねちとしたやり方で。アリスが階段から落ちケガをした際には、プリメラが突き落としたという報告も受けている。そんな陰険な最低女には、側近のうち1人が提案するように大勢の貴族子息子女の集まる卒業パーティで大々的な断罪がお似合いだ。


 しかしプリメラはオレの婚約破棄宣言を聞くと、忌々しいことに呆れたような顔をして長々とため息を吐きやがった。そして周囲の困惑や侮蔑、アリスを守るように集ったオレやオレの側近候補たちの怒りを余所に、手に持っていた毒々しい紫の扇子をズババッと開くと——これはミスリル製で剣も魔法もほとんど通さない凶悪な防具兼武器だが——優雅に口元を隠した。そして万物を見通す毒蜘蛛の魔物のような眼が笑わずにオレを捉え、嘲笑を携える。


「……フフフ」

「な、ナニ、何がおかしい!?」


 プリメラの低い笑い声についビビり散らかしてしまった。

 そんなオレを見下すように竜巻ヘアーがたのし気に揺れた。なんだか嫌な予感がする。プリメラ本人はくるくると螺旋を描いて垂れる4本の髪束をドリルと表現していたが、あのドリルはプリメラ個人の武力の象徴でもあった。宮廷魔術師筆頭すら遠く及ばない莫大な魔力を使って硬質化されたあのドリルは、幼いオレの目の前で、この国最高の騎士の鎧を3つ縦にまとめて串刺しにして見せた。二人で馬車に乗った時にはドリルを使い、騎士顔負けの接近戦で盗賊を屠ったこともある。ドリルが怖すぎて今でも時々夢に見る。断罪の場を卒業パーティに選んだのもプリメラが暴力(ドリル)に訴えにくいことを考慮してであった。


 そんなドリルが悦楽を表現しているなど絶対にいいことにはならない。

 オレの冷や汗など知ったことかと、プリメラは扇の向こうで口を開いた。


「レイモンド殿下。あなたの破気(・・)はこの程度?」

「……なに?」

「聞こえなかったかしら。あなたの『婚約破棄したい』という意志は、たったこの程度なの?」

「……何を言っている?」


 冷静な声音で投げかけられたプリメラの疑問をオレは理解することができなかった。婚約破棄に程度もクソもないだろう。破棄は破棄だ。

 オレが理解できないことに心底呆れたようにプリメラは続けた。


「失望いたしましてよ殿下。これでは我がエービル公爵家の外門をノックすることすらできません。わざわざ衆目の前で茶番劇を始めるものだからよほどの気概を以ってこの場に立っていると信じておりましたのに、期待外れもいいところですわ」

「な、どういう意味だ!?婚約破棄されたことで気でも狂ったのか……?」

「あら、殿下。あなたのおっしゃる『気』とはコレのことかしら?」

「……は?」


 次の瞬間、オレは己の目を疑った。

 不敵に笑んだプリメラから血色を纏った黒い奔流が立ち上ったかと思うと、それは10メートルを超える巨大な剛腕となり、その拳がオレに向かって振り下ろされたのだ。


「ちょ、待てよ!いやいやいや!シャレにならない、っぐわぁああああッ!!!おびゃばばばぼほげぼへぼへぇえええ○×▽□ののののののの脳が震えるぅううううぽぉおおおあああおぅ!!!???」

「「「「「殿下!!?」」」」」


 黒いオーラの鉄拳に飲み込まれたオレを目の当たりにした側近候補や心優しい最愛のアリスが声を上げる。オレは黒い光と言う矛盾の奔流に飲み込まれ、ガクガクと魂を揺さぶられて意識がねじ曲がり、捻り上げられ、四肢をビーンと伸ばした。


「お、ヲヲヲ、オーレはレイモーンド、オータイシー……プリメラのコンヤクシャ……ガガガ……オレサマ オマエ コンヤクシャ――あばばば!!!」


 震えるオレの口がただ真実を紡ぐ。

 そうだ。いったい何をやっていたんだ?


 オレがいくらアリスを愛していたとしても、オレは王太子でありプリメラは王家が望んだ正当な婚約者、たかが男爵令嬢に対する些細な嫌がらせなどで断罪するなどおこがましいにも程がある天下無敵の公爵令嬢だ。いったいどうしてオレはこんな茶番を、それも衆目のある卒業パーティなどで――


「レイモンド様!!」

「あびょばびょおほぉおッ☆▽□〇!」


 オレとプリメラの前にアリス・ザヒロインが出て、彼女の身体から溢れ出た白色のオーラによって相殺した。


「ハッ!?な、なんだ……?今のはいったい……??」


 黒く染まっていた視界がクリアに戻り、オレが信じるオレの意識が戻って来た。キラキラと光る粒子がオレの周りを舞っている。

 しかし体がひどく疲れたようにだるいし、強力な魔法を行使した後のような精神が疲弊しているときのような感覚がある。


 なんだったんだ今のは?


 まさか禁呪とされる精神操作の呪いや教会で日々行われている洗脳の類か?いや、呪いなどというものは存在しないと聞くし洗脳に即効性はないそうだから、現実的な解としては禁魔術とされる精神操作の魔法だろうか?


 聖女であるアリスならなんであれ打ち消せるだろうが、聡明なプリメラがこんな衆目の中で罪に問われるような技法を選択するとは思えない。


 では――?


 幸いなことに、オレの疑問には対峙するアリスとプリメラがすぐに答えてくれた。


「プリメラ様。やはりあなたも相当な覇気の使い手……レイモンド様の婚約破気をものともしないどころか、押し返して強引に婚約支配下に置くなんて……!」

「フフフ、アリス・ザヒロイン。わたくしの覇気の影響下に置いた殿下をあっさり取り戻すとは、よい覇気だわ。たかが男爵令嬢と侮っていたこと、非礼を詫びましょう」


 どうしよう。

 答えてくれたのに、全くついていけない。


 当事者がつま先で理解に躓くと、この後の展開でどんどん齟齬が増大していくことは、プリメラより昔からずっと注意されてきた。なので、本当に本当に不本意ではあるが、ここは恥を忍んで訊くことにする。プリメラのオーラによる心身疲労に少なからず命の危険を感じたのだ。仕方がない。


「あぁ~、あのー?キミたち……?今まさに決戦の様相で、会話の応酬も終わったところに水を差すようで心苦しいのだが……、ハキってナンダ?」


 オレの純粋な疑問に、2人は信じられないモノを見るように目を見開いた。


「えっ!?まさかレイモンド様、知らないんですか???」

「前々から勉強嫌いなアホの子、ケフンケフン、教養のないバカ王子、オホンオホン、ええと、致命的に頭の足りないかわいそうな子――だとは感じていましたが」

「言いすぎだろ!!?というか、オブラートに包み損なった上に途中であきらめるなよ!オレがかわいそうだろ!!」


 オレが喚くが、アリスとプリメラはオーラを纏ったまま顔を見合わせると示し合わせたようにため息を吐いた。どうやら知らないと相当まずいものだったらしい。

 黒いオーラに包まれたプリメラがやれやれと面倒くささを前面に押し出して口を開く。


「殿下、後学のために覚えておきなさい。これが貴族令嬢の誰しもが当たり前のように持っている婚約したいという意志の具象――【婚約覇気】よ」

「「「「【婚約覇気】!?」」」」」


 よかった!知らなかったのはオレだけじゃない。側近候補たちもバックの貴族令息たちも揃って一緒に口にしていた。そうだよ。【婚約覇気】なんて、そんな意味不明なもの聞いたこともなければ見たこともない。


 ただ当事者でない令嬢たちが白けた空気になったので、オレはギギギギと首をそちらに向けた。


「えっ、まさかお前たちも……?」


 オレの問いに、淑女たちは一拍きょとんとし、オレは安心した。そうだよ。令嬢全員があんな意味不明な強力な何かを身体から迸らせるわけがない。しかしオレの安心をあざ笑うかのように彼女たちは一斉ににやりと微笑んだかと思うと、


「「「「はぁああ!」」」」


 という可愛らしい気合の合唱とともに、ドドドドー!と闘気の嵐を乱立させた。


「「「「なにぃ!!!???」」」」


 それを目の当たりにした男たちはバカみたいに驚嘆の声を上げる。


 赤、青、緑、黄色、オレンジ、紫……。

 力強さこそアリスやプリメラに及ばないものの、天へと向かう言い知れない威圧感にオレは絶句した。

 わなわなと手が震え、一歩、また一歩後退る。そこへすかさず鉄扇を広げたプリメラが、艶めかしい肢体が一番よく見える角度でポーズを決めた。


「殿下、令嬢たちの『婚約したいという想い』……軽く考えていらっしゃいましたね」

「え?ちょ、え!いや、だって!!……ええぇええッ!???」


 人間の気持ちをはじめて明確な視覚情報として取り込んだオレも側近候補たちもただただ困惑し、狼狽えるばかりだ。よく『意志が動く力になりやがて形を成す』といった啓蒙思想は耳にするが、それにしたって形になりすぎだ。プリメラの上でぐぉんぐぉん剛腕がうなりを上げている。


「フフフ。王国貴族の夫婦で必ずと言っていいほど夫が妻の脚の下で這いつくばる理由、お分かりいただけましたか?」

「ちょ!待てよ!?たしかにこんな具体性を持った覇気が相手では尻に敷かれるのも納得はできるが!いや、それは納得してしまっていいものではないような……ってそうじゃない!!これは、つまり所謂ひとつの決闘だな!騎士の決闘とはだいぶ趣は違うが、向かい合って己の名誉のために死力を尽くす王国の誇り高い決闘であることに相違はあるまい!?であるならば、淑女の鑑たる令嬢は自分の前に立つ勇敢な代理人を立てるべきで、アリスの代理人ならオレがおびょぉぉぼぉおおほぅ◇▽○×!!!???」

「レイモンド様ぁああああッ!!お助けしますぅうううう!!!」

「あばぶぁあああああああッ▷■×〇!!!!」


 オレが回らない頭でなんとか場の主導権を取り戻そうと言葉を繋いだが、1秒で黒焦げにされ1秒で真っ白くなった。それに応じて精神力と体力を根こそぎ奪われる。暴力反対。いや、気持ちをぶつけるだけなのだから暴力には入らないのか。


 よし。覚えておこう。令嬢は覇気を出せる。オレ、覚えた。うん。


「はぁ……ほんっと役立たずだわ。こんな男に王位が務まるのかしら。甚だ疑問だけれど、フフ、アリス。下品かつ吹けば飛ぶ程の破気しか持ち合わせていない殿方は放っておいて――」

「そうですね。こうなっては覇気と覇気のぶつかり合い――」


 螺旋を巻くように高まっていく二人の覇気。震える大気。動揺する男ども。どこか満足そうに微笑み自らの覇気で防御を固め決闘を見守る女ども。そしてプリメラの黒いオーラの巨大な手に摘まみ上げられ、2人の間に捨てられるオレ。


「ちょ、待てよ!なんでここに!?オレは覇気とか出せないから!!?」


 しかし2人は聞いていない。


「殿下の婚約者の席はわたくしプリメラ・エービルを倒して手に入れなさいアリス・ザヒロイン!!」

「胸をお借りしますプリメラ・エービル様!!」

「「いざ!覇妃の名をかけて!!決戦覇気開始ラブ・オール・デュエル!」」


 どごぉおおおおおん!


「うひぃいいいいんんんっ!!」


 ひとつの黒い左手とひとつの白い右の手が腰を抜かして尻もちをついたオレの頭上でぶつかり合った。衝突のたびに火花が散り、令嬢の気持ちを代弁する暴風が吹き荒れ、ふがいない男への不満が荒れ狂う無数の触手となってパーティ会場のシャンデリアを、床を、壁をぶち抜いていった。飾ってあったすげぇ高価な壺とか、希少な絵とか、ドワーフ渾身のバカでかいきれいなガラス窓とか、全部が壊れていく。コレ絶対怒られるやつだ。


「うぉおおい!!覇気って結婚したいっていう想いなんだろ!?なんでそれが実体化してあらゆるものを破壊してるんだ!???」

「「知らないんですの?」」


 2人は揃って小首をかしげた。


「覇気とは人が何かを成し遂げようとする光!人類の望む最大の希望!高みを目指す者のみが持つ天を突かんとする力!観測者が執行者へ昇華した時、ラブ・オール空間に繰り出されたその覇気は具現化して物理的破壊力を発揮するわ!」

「そう!それこそがパゥア~!!約束された勝利への意志です!」

「高貴なる者の常識ですわ!」

「いや、知らねぇよへぼぉおおおおッふぉ◇▽○★×!!!????」


 オレの身体は地面から生えて来た黒い右手に握りつぶされて、プリメラ覇気に侵されて王太子としての責務を果たして真っ当に生きなければならない気になってきた途端に、アリスの白い左手アッパーで『レッツ没個性社会の歯車洗脳』から助け出され、本来のわがままスピリチュアルボディが舞い戻った。


 両手覇気となった両者はガインガインガインと拳と拳をぶつけあう。それはさながら武闘の舞踏。憤怒と狂気とラブの激流が闘拳を舞い踊る。

 黒色の右ストレートと白色の右ストレート、邪悪の左フックと慈悲の左フック。

 右に左に上に下に前に後ろに衝突の火花の花畑をくるっと回って、オレにパーン!!


「ひゅぎぃいいいい♡↑↓→←×〇!!って、意気ぴったりだなぁおい!実は仲いいだろお前らぁあ!!?」

「あら、殿下。わたくしたち別に仲は悪くありませんよ?」

「そうですよ!プリメラ様とはよくお茶会を致しますし、貴族の生活に慣れない私を優しく導いてくれた大事なお友だちです!いえ、それ以上に、心の中ではお姉さまとお呼びしてお慕いしていましたし」

「まあ、うれしいわアリス」

「いったいどこからわたしがプリメラ様に虐げられていたなどという話になったのでしょうか?階段から落ちたのはわたしが漂っていた妖精に気を取られて足を踏み外しただけですし、たまたま通りかかったプリメラ様がドリルで助けてくださいましたのに……」

「は?」


 え?なにそれ?どういうこと???

 ……あと、ドリルで助けるってなんだ?


「安心なさい。昨日までこのバカ王子の周りをうろうろして、ありもしない事実をでっち上げていた自称側近候補はうちのメイドがすでに捕らえています」

「な、なにぃいい!?あいつに謀られたのか!?くっそ有能なやつだと思ってへぎょぉおおお▽□○★!??おびょびょびょぼふぞおお●▽□!!!」


 プリメラがシラーっとして無言でオレを殴り、アリスが気まずそうに思いっきり目を反らしてプリメラからこそっと取り戻してくれた。


 はい。その反応はごもっともです。王太子として、嵌めた可能性の高い犯人を称賛したり、そいつを完全に信用していましたなんて発言をしたりしてはいけません。完全なる失態でした。カバーしてくれて感謝する。だが、次回があったときにはひよこの羽毛のようなソフトなタッチな救済を所望します。さっきからオレ、息が上がりっぱなしでずっと地面に四つん這いだからね。魔力干からびたヘロヘロ状態だからね。


 さて。謀略だったとはいえ、断罪を始めてしまった事実は消すことはできない。とりあえずオレの責任でこの場を治めなければならなかった。

 オレはなんとか震える手で上体を起こし、言うことを聞かない膝で生まれたての小鹿のようにぷるぷるしながら仕切り直した。


「え、ええ~、ゴホン。うん、そうだな。プリメラを陥れようとしていた犯人は無事に捕まって誤解も解けたことだし、ここは穏便に話し合いで――」

「「それとこれとは話が別ですわ!!!」」

「おびょぉおほぉおお☆▽□〇×××!??」


 頑張って立ち上がったのに、ちゅどーん、と短編喜劇のごとく迎撃されてしまった。

 あんまりだ、オレ王太子なのに。しくしく……。


「レイモンド様。わたしのことを深く想ってくれたこと、行動原理は事実無根の頓珍漢でしたが、大変うれしく思います。ですが婚約者であるプリメラ様を差し置いて『真実の愛』を口にするなど言語道断。互いの婚約覇気をぶつけ合いきっちり白黒つけなければなりません!」

「アリス。あなたも貴族の……いえ、令嬢の筋の通し方を弁えてきたようね」

「プリメラ様のご指導の賜物です」

「いや、そんな筋の通し方聞いたこともへびょへびょぼぉおお▽□××!!???」


 ぷすぷす、黒焦げ。ぴくぴく、虫の息。

 ……もうやだ!


「フフフ、そうね。殿下(これ)もそろそろもちませんし、ここからは手加減抜きで一気にイキますわッ!《覇気よ!我が野望に従い魔性の精霊を具現せよ!召喚:イフリィイイイイイト》!!」

「「「な、なにぃいいいッ!!?」」」


 黒い光が周囲を犯し、オレに植え付けられた恐怖の記憶が背筋を襲った。


 寒い!怖い!寒い!恐い!帰りたい!早くおうち帰りたいッ!!


 プリメラの覇気の腕の根元がせり上がり、筋骨隆々なマッチョが顕現した。それは物語で綴られる姿とはあまりにかけ離れた異形を成した8本もの腕を持つ黒い炎の王、イフリート。すべてをチカラで捻りつぶす筋肉。その筋肉が形作る腕の先にはプリメラの象徴である炎の竜巻。邪悪の炎の権化がドリルを得た姿がそこにはあった。


 見ただけで周囲を委縮させる圧倒的存在。腰を抜かして転がっていたモブ令息たちの中には意識を飛ばした者も少なくなかったようだ。


「さすがプリメラ様!こちらこそ容赦はいたしませんよ!!《覇気よ!わたしの想いに忠実に、未だ見ぬ慈悲深き聖人を具現せよ!召喚:ミロクボサツぅうううううう》!!!」

「「「お、おぉおぉおおおッ!!!」」」


 白い光だ。天上の光。アリスの身体から溢れるように迸る白い光はやがて白いミロクボサツを形作った。ミロクボサツは東の国に伝わる聖人だ。その姿を象った像は人の形をしていたが、アリスのそれは肩から背中から合計8本の腕を伸ばしていた。プリメラの剛腕と対極をなす救済の腕。差し伸べられるのは慈悲が明るく照らし出す未来。その手に纏う光の奔流はドリルを押し返す未来へ続く命の螺旋だ!


 卒倒しかけていた令息たちが息を吹き返したようにアリスの応援に回る。黒き炎王に挑まんとする永年の修験者はこのオレの希望の光だ。


「いけぇええッ!アリス!!あの魔王を倒すんだぁあああッ!!」


 そうしないとオレがヤラれる!!

 年甲斐もなく、残る力を振り絞って叫んだオレを一笑に付し、プリメラはアリスにんまりとほほ笑みかけた。それはオレのトラウマを呼び起こす悪魔の死刑宣告だ。


「《エターナルフォースサラマンドリラぁああああああああッ!!!!!》」

「《南無阿弥陀仏極楽浄土スパンキングぅううううううううッ!!!!!》」


 黒と白、計16本の腕が激突する。

 巻き起こる力と力のつばぜり合い。

 拳と拳の覇気体言語。


 令嬢頂点の覇権争いの余波は物理となって床を駆け巡る。

 まばゆい稲妻がほとばしり、爆音とともに火花が弾け、爆風は螺旋を象って竜巻となって天へと昇る。

 開錠となっていた建物の天井は消え去り、男たちはボロボロになって転げまわる。

 余裕で構えていたモブ令嬢たちすらも後退りさせる攻防はついに均衡が破られた。

 イフリートの気高きドリルが弥勒菩薩の慈悲を粉砕してオレに渾身の一撃を食らわせたのだ。


「アびょぉおおおおおおおおおおおおおんんんんん☆▽○×◇☆♡■!!!????」


 史上最も情けない叫び声とともに床に叩きつけられるオレと、「あべしッ!」と聞いたことのない言葉を上げてその場にふわりと倒れ込むアリス。


 ああ、アリスが負けた。負けたのだ。

 オレの最愛の女はついに暴君からオレを勝ち取ることはできなかった。

 いいや、這いつくばってもはや猫のひげ先ほども動けなくなったふがいない俺のためによくぞかの魔王に立ち向かってくれた。


 決着はついた。

 もうやめよう。


 所詮俺も王国という社会システムのひとつの歯車に過ぎない。潔く王太子としての務めを果たし、アリスを諦めて極めて遺憾ながら大人しくプリメラと結婚――


「おひょ?…………あ、あれ?たった今プリメラの足元に跪く絶望と言う名の暗黒火炎に包まれたはずだが、も、戻ったのか?プリメラの絶対支配――あ、いえ、覇気です、はい。プリメラ様は裏表のないやさしい人です、はい。強く正しく美しく、この世の支配者として君臨するお方です、はい」


 おや、プリメラの覇気オーラに毒されていないはずなのに、物凄い目力を発揮しているプリメラに反抗できないぞ?……いや、元からそうだったが。


 オレが地べたに這いつくばり不本意な恭順の意を示していると、プリメラは崩れ落ちていたアリスに歩み寄り、手を差し伸べて片手の筋力だけでふわりと立たせた。


「プリメラ様……?」

「アリス。あなたの婚約覇気、見事だったわ。これなら他国の女傑たちにも十分に対抗できるでしょう。あとは、まあ、みっちり教育すれば王妃も務まるんじゃないかしら。だからあなたに正式に殿下の婚約者の席を譲るわ。今代の覇妃はあなたよ、アリス・ザヒロイン」

「プリメラ様……!」

「わたくしね、もともとレイモンド殿下にも王妃の席にもこれっぽっちも魅力を感じていなかったのよ。なんたって我が国の誇る屈指の覇気の使い手アラサー女騎士団が国境の砦に詰めて、虎の子の近衛兵精鋭部隊がアラフォー女騎士団であることになんの疑問も持たずにのうのうと生きて来た殿下ですもの」

「ぐふ……ッ!」


 言い返せない。まさかあの年甲斐もなく鎧を装備しているおばさん騎士たちがこの国軍の主力だったなんて。道理で男騎士たちがやつらに対して腰が引けてると思った。


 ところで、あれ?なんか、プリメラとはまっとうに婚約破棄できたしアリスが王太子妃の座に座るってことは、結果的に全部まるっと上手くいったぞ?やほーい♪


「プリメラ様はどうなさるのです?」

「そうね。わたくし、少々頑張りすぎてしまって、今やエービル公爵家は王国の半部を握ってしまったわ。でもこれは1公爵家としては過ぎた力。だからエービル家は分けて勢力を二分、その片方をわたくしが引き継ぐことになっているの。殿下、わたくしとの婚約破棄を速やかに陛下に報告しなさい。国王夫妻とも元老院とも話はついているわ」

「ついてるのかよ!?」

「フフフ、あなた。いつからわたくしを出し抜けると勘違いしていらしたの?」

「くッ……、やっぱ、オレ、オマエ、嫌い!!」

「まあ酷い。これまであんなにかわいがって差し上げましたのに。やはり無理やりおエスコートやお座り(礼儀作法)を仕込んだのがイケなかったのかしら?」

「オレはお前のペットになった覚えはない!!」

「ペットはみんなそう言いますわ」

「畜生が喋るわけないだろうッ!!」


 アリスが「やっぱりレイモンド様とプリメラ様は仲良しですねー♪」と


 証言が何者かによるでっち上げだったことで真に肝が冷えたが、なんとか許してもらえたようだ。プリメラはアリスと本当に仲が良いようで、まるで姉のように検討したアリスの神を整えてあげていた。なんだあいつ、ああいう顔もできるんじゃないか。思えば、万年鉄面皮の口うるさい女、なんて思いこんで、ろくにプリメラを見ることをしていなかった気がする。


「ふッ……。とりあえず一件落着だな!」


 オレは沸き上がった気色悪い考えを振り払って、潰れたカエルのような態勢で首だけもたげ、この場を締めようと取り繕いに入った。

 しかし――


「あら、殿下」


 オレを地獄へ引きずり出すプリメラの「あら、殿下」が待ったをかけた。

 ぞくりと悪寒が走り、ぶわりと冷や汗が湧き出す。


「何を全てが終わったような顔で這いつくばって安堵しておりますの?」

「え、いや、だって!終わっただろ!?どう見ても終わっただろ!!?終わりと言ってくれよプリメラ!!」


 だが、オレの懇願虚しく、かの覇王は口元で扇子を隠し、全てを見下す嘲笑の目でギャラリーの方を指示した。


「まだ後ろに4人おりますわ。断罪を受けるべきお方たちが」


 そういえばオレの側近候補たちはあろうことかオレのアリスに心酔し、婚約者に婚約破棄を言い渡すなんて言っていたような……。あれ?やばくね……?


「反王太子派閥の間者にまんまと乗せられてバカ騒ぎを起こした殿下とその周りの無能側近候補(モブ)たちには今回の騒動の責任を以って、謹んで覇気を受けてもらいます。殿下も監督責任者としてその場でご一緒に」

「はぁあ!?ちょ、待てよ!?」

「ごきげんよう殿下。プリメラ様に続きまして、僭越ながらサイジャーク伯爵家長女、フェスティ・サイジャークがお相手させていただきますわ!」

「受けて立ちます!」

「ア、アリス!?受けなくていい!散々覇気で嫐った後にアリスが勝っても譲るだけなんだから受けなくてぃいいやぁあああッおょほぼぉびょおおぉお▽○×●▽!???」


 その後、色々あってなんとか、……本当になんとか国王となったオレは、いつまで経っても覇気の衰えないアリスと、それを超える覇気で王国の要となった新生女公爵プリメラ・デスエビルの傀儡となって王国をドンドコアクセコ発展させましたとさ。


 めでたしめでたし。



令嬢が強すぎる.


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