EP22 縛りプレイと漁師町
小窓からわずかに差し込む光に顔を照らされて、トールはゆっくりとベッドから起き上がった。
辺りを見回すと、少し古めかしい形のクローゼットがあり、下を見ると自分が小さな部屋のベッドで寝ていることがわかった。
「俺の部屋……じゃないな。どこだ、ここ」
トールは起きたばかりの頭を少し揺すりながら、何があったのか思い出そうとした。
そうだ。
デュラハンとの戦いで、最後の最後に石橋が崩れ、全員が川に投げ出されたのだ。
トールは自分の頭に手をやった。
「ゲームのヘッドギアは付けてない……ってことは、一応俺は生きているのか」
死亡した場合、ゲームからは強制的にログアウトされると聞いていたトールは、これが現実世界でなくまだゲームの中であることを確認した。
目が覚めてくると、小窓からシャーン、シャーン、と心地よい音が緩やかなリズムにのって聞こえていることに気がついた。
そして、その音とともに、部屋の中に磯の香りが運ばれてくる。
「海だ……」
トールは、その音が波の音であることに気づいた。
小窓から外を見てやろうと、ベッドから降りようと体を動かそうとすると、鈍い痛みに思わず顔をしかめた。
「痛つつ……そうか、戦いでボロボロになっていた上に、川に流されて、体はさすがにボロボロってことか……よく生きてたな、俺」
トールが一人でつぶやいていると、部屋の外からトタトタと慌てたような足音が響いてきた。それはだんだんと大きくなり――
バンッ――
「トールさんっ、生きてますかっ!?」
「ぐぁっ!?」
扉を開けて飛び込んできたのは、青を基調とした町娘の服をまとったアルデリアだった。
「なんだ、アルデリアか……。おう、今起きたところだ」
「……そうですか。私も先ほど目が覚めたのですが……残念ながら生きていましたか」
「何が残念なんだよ!?」
「もしトールさんが死亡しているなら、私のこの呪いのスキルもなくなっているのではないかと思ったのですが……やはり、システムを確認してスキルが残っていたので、ご存命だったのですね」
「どれだけ嫌なんだよ……」
トールの問いかけを無視するかのように、アルデリアは急いだことで乱れた服を整えると、改めてトールに向き合って話をはじめた。
「こほん……。ともあれ、フレイさんも、あの戦いにいた白いコートの方も、みなさん無事のようです。私もまだ詳しくは話を聞いていませんが、どうやら川を流された後、この海の近くにある漁師町の方が運良く発見してくださって、この宿に運んでくれたそうですわ」
トールたちが川に落ちた地点からは、急流ではあるものの、そのまま海に通じる幅の広い川筋であったため、途中で岸辺に流れ着くことなく海の方まで流されていた。その河口付近で、たまたま漁をしていた船があり、すぐさま四人を救助したのだという。
「そうだったのか、そりゃ幸運だったな……しっかし、フレイは重い装備を持ってたはずなのに、よく沈まなかったな」
「盾をボート代わりにしたのでしょう」
「それは無理ないか?」
トールは、あの金属製の大盾が、川の水に浮かぶシーンを思い浮かべてみたが、あまりにも非現実的な光景に頭を振った。
「また、フレイに会ったときにでも聞いてみるか。それにしても……」
トールは、目の前で立っている少女の姿を見てまた首をかしげた。
「俺はひどくダメージを受けたせいか、全身が痛くて動けないでいるのに、お前は全然大丈夫なのか」
「ええ、この通り」
アルデリアはその場でくるりと身軽に、スカートの裾をつまんで回転して見せた。
「私があの時着ていた服は、特殊素材で、ちょっとのことではダメージを受けないのですわ」
「ホントかよ!?」
「というのは冗談で、本当は、私も目覚めた直後は起き上がれないほどでしたわ。『キュア』をかけてなんとか回復させましたけど……ついでに、その服もボロボロになって、今宿の方が直してくださっています」
トールは、なるほどと頷くと、はっ感心したような表情でアルデリアを見て言った。
「アルデリア」
「なんですか?」
「その、今の格好も、結構似合ってるぜ」
急に褒め言葉をかけられたアルデリアは、得意げに膨らませた頬を赤らめた。
「と、当然ですわ。私は、ルーウィックでは少しは名の知れた家の、キュートな一人娘ですから」
「あと、スカートの裾つまむとカボチャパンツが見えるから、気をつけた方が良いぞ」
バッと、気をつけをするように下ろしてスカートを押さえ、さらに顔を紅潮させる。
「~~~~っ! どうして、そうデリカシーがないんですかっ!? もう、トールさんのことは知りませんっ!」
「あ、おい、待てよ! 俺にも『キュア』を――」
バターンッ!!
アルデリアは入ってきた時よりもさらにけたたましい音を立ててドアが閉まり、その後からドスドスと響く音が部屋の空気を揺らした。
しばらくの後、再び波音が支配する静かな空間が訪れた。
「やっちゃったなぁ……。しばらくは、ベッドで休むしかないかな……」
トールは痛む体をベッドに横たえて、ポリポリと頭をかくと、再び夢の中へ落ちていった。