第九十八話・領都の祭りの客
兵士は、西門に居た同僚の兵士から聞いたという話をした。
「はい。 確かにどこかのご令嬢の一行が雨で崩れた街道を修復し、怪我人や幼子を助けてくれたと聞きました」
列を作っていた人々は「その方のお蔭で祭りに間に合った」と、感謝しながら門を通って行ったという。
「その令嬢の名前は聞いておらんのか?」
「それがー」
兵士は困ったようにチラリとコチラを見た。
「名前は訊いても答えなかったそうで。 ただ、そのご令嬢の一行にエルフ、様がいらして、力を貸してくれたと」
辺境伯は家令に、その件の報告書を早急に作るように命じ、兵士を下げさせた。
「何故、名乗らなかった」
機嫌悪そうに辺境伯が僕を睨む。
「善行に名前は必要ないかと」
その令嬢がケイトリン嬢かどうかは分からなくても、エルフがその令嬢に協力していた事実は明白。
それは大事件なのである。
滅多に人里に姿を現さないエルフが、高慢で人に媚びたりしないエルフが、おとなしく協力したことが。
辺境伯は領民や祭りで集まった民衆に対し、この件を公表しなければならなくなった。
昨夜の話ならば、既に街中に広まっていても不思議ではない。
そして、下級でも貴族である彼女に対して、名誉と褒賞を与える必要がある。
名もない民衆の声でも侮れないのだ。
この件は、街道の整備を怠っていた辺境伯にとって致命的なことに成りかねないからである。
辺境伯は声を落とした。
「何が望みだ」
僕はニヤリと口元を歪める。
「まずは、今回、エルフに与えると仰る名誉と褒賞をケイトリン嬢に与えるよう変更してください」
呼び出された理由である小さな町の病の脅威。
そんな話は領都に住む者たちの間ではあまり知られていない。
エルフというだけで僕を引っ張り出して来たのだろうが、ただの見せ物にされるのは御免だ。
僕は名誉や褒賞などに興味はない。
しかし、お世話になっている辺境の町の領主に、小さな恩返しが出来るのは嬉しいと思っている。
「それは、何とかしよう」
辺境伯は考えながら答える。
式典は明日の午後なので、渡す相手を変更だけすれば良い。
「それと」
椅子に座っているモリヒトはピクリとも動かず、僕の話を聞いていた。
なるべく不遜な態度を取るように言ってある。
「ケイトリン嬢の付き添い役を『異世界人』であるヨシローに変更してください」
いくらダンスがないとはいえ、成人女性と七歳の子供では明らかに釣り合わないと思う。
晩餐会の席が一つ増えることになるが、予備は必ず用意されているはずだ。
「ほお。 その『異世界人』は承知しているのか?」
僕は頷く。
「はい。 もちろん確認済みです。 ケイトリン嬢は驚くかも知れませんが、二人の仲は領地の町でも受け入れられております」
教会も領主も認めていると仄めかした。
「そうか。 ならば問題はないな」
僕は、今回のことを利用して辺境伯公認にし、二人を引っ付ける気満々である。
辺境伯が家令に指示を出し始めたので、僕はモリヒトに合図を送り撤退の準備に入った。
『それでは、失礼しよう』
モリヒトが立ち上がる。
家令や警護の兵士に一気に緊張が走った。
いやいや、そこまで危険視しなくても良いだろうに。
辺境伯も僕たちを見送るために椅子から立ち上がり、
「しかし、辺境の町で会った時とずいぶん印象が変わられましたな」
と、モリヒトを見る。
種族的に高身長であるエルフは、身体の大きな辺境伯より少し背が高い。
『そうか』
無表情のまま背中を向け、扉へと歩き出す。
僕は「夜分失礼いたしました」と深く礼を取り、モリヒトに続く。
「アタト様」
ふいに辺境伯が名前を呼ぶ。
僕とモリヒトは同時に立ち止まり、振り返る。
「何か御用でしょうか?」
ふふん、ちゃんと対応出来たぞ。
「確か、エルフ殿は子供で大人の姿の眷属が付いていると聞いていたが」
おや、以前は短い時間しか会っていなかったと思うが、やはりスパイは町に入り込んでいたのだろう。
「ふふっ、精霊のイタズラです。 お気になさらず」
王子が来た時は、確か『魔物が変身している姿』で、エルフではないということで通した。
たぶんもうバレてはいるだろうが、それもこれも全て精霊のイタズラで済ませることにする。
僕たちは何事もなかったように辺境伯の部屋を出た。
辺境の町の外では、アタトの名前は知っていても姿を見た者は少ない。
フード付きローブを着た子供という情報がせいぜいだろう。
だから、僕たちは領都では入れ替わることにしたのだ。
同行者には雨の中で力を貸す代償に、僕たちが入れ替わることを秘密にすると制約魔法まで掛けてある。
領都行きが決まってから、僕はずっと考えていた。
眷属精霊は子供の姿のほうが受け入れ易いのではないかと。
「モリヒトは精霊王の側近だから、精霊としては上位だろう」
長老の眷属もネルさんの眷属も小さかった。
「モリヒトくらい大きな眷属精霊は希少なんじゃない?」
そんなのが町にウロウロしてちゃいけないと思うよ。
『今さらだと思いますが?』
「関係ない者にはどうでもいい話だけどね」
狭い町の中では子供のエルフでも良いが、領都など誰がいるか分からない場所で子供の姿では危険だし、甘く見られる。
それなら見た目がエルフらしいモリヒトで良い。
何があろうと対応出来るしさ。
本当はモリヒトが子供の姿になり、僕が大人なら良かったのに。
『精霊王様はアタト様が大人になる過程で学ぶことが重要だとおっしゃっていました』
ふうん。
客室のベッドに潜り込む。
『この世界では、生き物は自分より幼いものを大切にする本能がございます』
だから、どの赤子でも可愛らしく、大人に愛されるように創られているらしい。
僕を子供にしたのは、それを利用するためでもあったのかな。
「エルフらしくないエルフにしたのは失敗だったけどねー」
僕は精霊王の失敗作だな。
いや、七歳まではちゃんと村で育ててもらったか。
嫌がらせもたくさんされたが、長老や家に来る客たちは優しかった。
……そんなことを思い出しながら僕は眠りについた。




