第九十七話・街道の被害のこと
辺境伯邸でも僕はフード付きローブ姿だ。
しかし、いつものより一目で高級だと分かるものになっていた。
仕立て屋の爺さんの力作である。
モリヒトも同じデザインのローブを着ているように見えているが、顔が見えない状態なのに何がが違う。
グググ、正統派エルフの容姿の破壊力の凄さは認めざるを得ない。
辺境伯邸の使用人たちにエルフが来ることは周知済みだったようだ。
珍しいエルフを見たいのだろうが、呼んでもいないのに勝手に「何かご用事はございませでしょうか」と押し掛けて来る。
この部屋担当の執事以外の知らない顔がやって来るのは閉口した。
何かと世話を申し出てくれるが、僕は「必要ありません」と断り続ける。
はあ、初日からこれでは先が思いやられるな。
あまりに煩いのでモリヒトには姿を消してもらい、気まぐれなエルフは不在で、僕は留守番ということにした。
子供相手に一生懸命売り込んでも何の益もないと思ってくれ。
逆に怒らせる心配をすべきだと思うが、どうやら辺境伯はそこまでエルフを危険だと思っていないようだ。
甘く見られたもんだな。
早い時間に二人分の夕食が部屋に運ばれて来たが「エルフは不在」で通し、一人で食べる。
その後、ケイトリン嬢の部屋へ様子を見に行くと、あまりにも落ち着かない様子だった。
「あのー、私もアタト様と同じお部屋というわけには」
と、不安そうに僕を見る。
「無理ですね」
子供でも同室はダメですよ。
仕方なくモリヒトに光の玉を出してもらい、それを不自然にならないように部屋にあるランプに潜ませた。
「こちらに見張りを置きます。 何かあったらコレに話しかけてください」
「ありがとうございます!」
ケイトリン嬢の不安を少し取り除けたようだ。
「先ほど、家令の方に父からの土産を渡しておきました」
ガビー作の銀食器一式だ。
献上用に作ったのだから、使用方法は間違っていない。
僕は「良くできました」と心の中で褒めておいた。
僕の部屋は、ケイトリン嬢の部屋とはかなり離れた場所にある。
ついでに少し邸内を散策してみたが、客らしき者の中にはジロジロと不躾に見てくる者もいた。
まあ、フード付きローブ姿の子供なんて怪し過ぎだよな。
先日、第三王子の部屋に侵入した際に、結界で気配を消すと魔力の無い空間が出来上がるため警備が飛んで来ることを知った。
おそらく、この屋敷はもっと強い魔力警備を敷いているだろうから気配を消すのは諦めている。
だが、モリヒト自身は未知の精霊であるため検知されず、魔力警備には引っかからないらしい。
姿を消して自由に動き回っている。
『アタト様』
「何かあった?」
『あちらの建物に先日お会いした王族の若者がいました』
モリヒトが示した窓の向こうの建物は豪華な別棟。
ふーん、第三王子か。
ということは、また後日、あっちにも顔を出さなきゃいけない。
魔物だけど内緒だよと挨拶しておこう。
風呂で汚れと疲れを落とし、後は寝るだけの時間になったが、僕は辺境伯に用事がある。
「正攻法では会えないよな」
執事に取次を頼んでも「明日の朝に」の一点張り。
そうなると強行突破しかないわけで。
さて、気配を極力薄くして行動を開始する。
フード付きローブ高級版だが、その中身は部屋着だ。
普段着よりも上等な部屋着ってなんだよって感じの、ガビーが仕立て屋の服を見て火がついてしまった力作である。
辺境伯の私室までモリヒトが案内してくれた。
扉の前には護衛が二人。
「何者だ!」「お客様、速やかにお部屋にお戻りください」
祭りの期間中はたくさんの客が宿泊しているから警戒しているのだろう。
僕みたいのもいるから仕方ないね。
僕たちはそっとフードを下ろす。
「辺境伯にお取り次を」
僕は主人を守る眷属のように、モリヒトの前に立つ。
いつも見てるから真似するのは簡単だ。
「こ、これはエルフ様。 しばらくお待ちください」
ふむ。 エルフは高慢だという噂は聞いているのか。
部屋に入って行った護衛が戻り、僕たちは中へ招かれた。
「どうされた、エルフ殿」
仕事中だったのか、この部屋は書斎みたいだ。
「到着の挨拶は無用だとお聞きしておりますが、こ挨拶に」
僕は礼を取るがモリヒトは動かない。
辺境伯は家令に命じてお茶の用意をさせた。
「それで、わざわざ深夜に何の御用かね」
辺境伯は大柄で威圧感のある男性である。
鋭い目つきは地だな。
元々、人相が悪い。
年齢は中年というか、ケイトリン嬢の父親である領主様の少し上で、結婚はしているはずなのに子供の話を聞いたことがない。
モリヒトを座らせ、僕は椅子の横に立つ。
「先日の件でご報告を、と思いまして」
憮然とした顔で温めのお茶を飲む辺境伯に、
「昨夜の雨で、西門の街道が崩れて怪我人が出たことはご存知でしょうか?」
と、訊いてみる。
ピタッと辺境伯の動きが止まり、家令が軽く会釈して足早に部屋を出て行った。
「それが、どうしたのだ?」
さすが上位貴族だ、表情は変わらない。
「はい。 開門を待つ列の者たちが協力して、川のように流れる雨水を排出し、崩れた斜面を岩で修繕いたしました」
「それはご苦労であった。 その者たちには礼を言わねばならぬな」
僕はニコリと笑う。
「多くの旅人や商人など、居合わせた平民たちが力を合わせて成し得たこと。
今はまだ町の中に滞在して居るとは思いますが、祭りが終われば、皆、居なくなるでしょうね」
フムと頷く辺境伯。
「余計なこととは存じますが、もし辺境伯閣下が感謝を伝えたいとお思いならば、式典にて民衆にこの話をされるとよろしいかと思います」
僕の話が終わる前に扉の外から声が掛けられ、家令が一人の兵士を連れて入って来た。
家令は辺境伯の傍に寄ると小声で報告する。
エルフの耳には丸聞こえだが、聞こえない振りくらいは出来るぞ。
「そうか。 街道の修復をしてくれたのはお前たちか」
「いいえ。 ケイトリン嬢が我らに、その場にいた人々と協力して作業するように指示されたのです」
詳しいことは、その兵士に聞いてくれ。




