第九十六話・雨の後始末と到着
翌朝は綺麗に晴れた。
青空が目に痛い。
陽が昇ると同時に領都の門が開き、列は動き出す。
「ありがとうございました」
「おねえちゃん、ありがとー」
「命の恩人です。 この御恩は忘れません」
口々に礼を述べながら人々が列へと戻って行った。
「大変な時はお互い様です」
「無事でよろしゅうございました」
「どうかお気を付けて」
ケイトリン嬢は、自分たちの馬車に戻る人たちに声を掛け続けている。
「お嬢様、朝食のご用意が出来ました」
と、メイドが声を掛けると、ようやく作り笑顔を止めて戻って来た。
朝食後に土塀も小屋も消す。
準備を終えた馬車が御者と共に街道に出て、僕たちを待っていた。
ヨシローがケイトリン嬢に手を添えて馬車に乗せる。
モリヒトは馬車に乗ってすぐに光の玉となって姿を消し、僕とメイドが馬車に乗ったところでティモシーさんが出発の合図を出す。
しばらくは順調に進んでいたが、また馬の足は遅くなり始めた。
のんびりと進む馬車の中でケイトリン嬢が口を開く。
「あ、あの、アタト様。 昨夜は本当にありがとうございました」
僕が絶対に秘匿することを条件にしたので、ケイトリン嬢の声は小さい。
「ですが……本当にこのままでよろしいのですか?」
僕はこの話をこれ以上するつもりはない。
ケイトリン嬢には悪いが話題にすることさえしたくないので、ニコリと微笑んだだけだった。
ふわっとあくびを一つ。
疲れたという顔をして、僕は狸寝入りを決め込んだ。
ほどなく、馬車は領都門に到着するだろう。
◇ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◇
昨夜、ケイトリン嬢と領主家使用人、そして町で雇って来た護衛四人には小屋に残って怪我人や子供の世話を頼んだ。
ティモシーさんとヨシロー、そして教会警備の若者には街道の補修に同行してもらう。
モリヒトに命令して崩れた個所の補修をする。
フードを深く被った僕がモリヒトの傍で隠れて指示をした。
知っている者から見れば、まるで眷属と主人が交代したかのようにふるまっていた。
『ここに平らな岩を出していくので、皆さんはこれを街道沿いに並べてください』
僕たちは雨の中でも隅々まで声が届くよう魔力を使い、人々を動かす。
僕が土魔法で水の流れを変え、モリヒトは崩れた個所を中心に緩い結界を張って雨の量を調整。
働く人たちにも徐々に回復する魔法を掛けている。
「モリヒト、無理をさせてすまない」
背中越しに声を掛ける。
『いいえ。 これくらい大したことありませんよ』
モリヒトなら一瞬で街道も水の流れも変えてしまえる。
だけど、僕はそれを望まなかった。
エルフや魔術師がいれば何とかなる、と思われたくない。
ただ頼る、望むだけでは世界は変わらない、と僕は思う。
あー、でも神様が実在するこの世界なら違うのかな。
口だけなら誰でも動かせる。
自分たちの力でやれるだけやってみるってのも必要なんじゃないか。
その後は天に任せるしかないが。
「雨が小降りになってきたぞー」
誰かが声を上げ、皆が空を見上げる。
まだ夜の中である真っ黒な空。
「水捌けが良くなって、街道も補強された。 このまま雨が止んでくれると良いが」
ティモシーさんが呟く。
「とにかく、これ以上被害が出ないことを祈ろう」
敬虔な信者が多い、この世界。
ティモシーさんに合わせるように皆が祈りを捧げていると、本当に雨が止んだ。
まあ、ちょうど雨雲が通り過ぎただけだろうけど。
手伝ってくれた人々を列に戻し、僕とモリヒトは最後の仕上げをする。
「どうだ?」
『はい。 完了いたしました』
大地の精霊であるモリヒトに、この辺りの弱い地盤を確認させて街道のみ地質を強化する。
『地下に水脈を通し、地盤も固めてございます』
「うん、ご苦労様」
地質を変えたことで多少は土地に変化は起こりそうだが、それさえモリヒトが抑え込んだらしい。
僕たちは小屋に戻り、皆のずぶ濡れの装備や荷馬車の中にも乾燥の魔法を掛けまくってから休んだ。
◇ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◇
お蔭様で、その後は何事もなく朝を迎えた。
モリヒトがずっと回復魔法を掛けていたので、護衛たちは皆、元気である。
馬で前後を警戒して走り回っていた。
小屋の中で働いていた者たちにも、モリヒトにこっそり回復魔法を掛けてもらったが、やはり精神的な疲れは残る。
ケイトリン嬢とメイドさんは馬車の中でウトウトしていた。
「もう少しで順番が来ます」
馬車の外から声が掛かり、慌てて身を起こす。
「お待たせして申し訳ございませんでした。 どうぞ、お通りください」
「お疲れ様でございます」
門番と挨拶を交わし、僕たちは夕方近くになってようやく領都に入った。
「ご案内いたします」
門の内側では辺境伯からの遣いが待っていて、館まで先行してくれる。
辺境伯邸の豪華な玄関で家令たちの出迎えを受けた。
辺境伯自身は格下であるケイトリン嬢の出迎えには出て来ない。
祭りは明日からで、ギリギリだけど間に合って良かった。
明後日の式典は午後の遅い時間に始まり、そのまま移動して館での晩餐会になると説明を受ける。
「お疲れでございましょうから、本日は到着のご挨拶は不用ということでございます。
明日、ご一緒に朝食をと主から言付かっております」
辺境伯の家令はそう言って、メイド控え室付のケイトリン嬢の部屋へと案内する。
その部屋を確認した後、僕とモリヒトの部屋へ案内してもらった。
ヨシローとティモシーさんは他の護衛たちと一緒に教会警備隊の宿舎に泊まるため、ここで別れる。
馬車と馬は辺境伯邸で預かってもらえるが、御者さんたち使用人は教会に泊まることになっていた。
「えー、アタトくんと一緒じゃないの?」
「ヨシローは最初は予定に入ってなかったから仕方ないよ」
異世界人を優遇するのは高位貴族でも微妙な問題なのだ。
さらに祭りの期間中は、どの屋敷も忙しい。
僕たちは泊めてもらえるだけ幸運なのである。
「では明日、朝食後に来るよ」
ティモシーさんはそう言いって、愚図るヨシローを引きずりながら辺境伯邸を出て行った。




