第九十四話・秋の空と道連れ
ご領主が用意した馬車は六人乗りだった。
「では行って参ります」
「気を付けてな、ケイトリン。 ティモシーさん、お願いいたします」
領主親子が名残惜しそうに挨拶を交わし、護衛を率いる騎士ティモシーさんが重々しく頷く。
「はい、お任せください」
僕とヨシローは馬車の中である。
後一人、護衛を兼ねた体格の良いケイトリン嬢のメイドが一人同乗することになっていた。
本来なら馬車は女性用と男性用と二つに分け、使用人や荷物を載せた荷馬車が一つ増える。
今回は旅程が短いこともあり、六人用馬車一つと荷馬車が一つだ。
大きめの馬車は領主の家紋入り、荷馬車は教会の印が付いていて、この一行が中立の立場だと示していた。
ティモシーさんを含め、六人の護衛は全員騎馬。
教会警備隊から二人、町民から採用した護衛が四人。
馬車の御者二人は領主家の使用人たちである。
動き出した馬車の中は六人用なので、僕とヨシロー、ケイトリン嬢とメイドの四人しかいない室内は余裕がある。
何となく、馬車を減らしたのはケイトリン嬢とヨシローを近付けようとする策略なのでは、と勘繰ってしまう。
僕は、姿を消しているモリヒトとこっそりと会話する。
「そりゃあ、一人娘なんだから、辺境伯に変なところに嫁がされるより、領地に残ってくれて、しかも王族さえ手が出せない異世界人の方がお勧めだよなあ」
『そうですね』
モリヒトは色恋には興味がなさそうだ。
辺境地のせいか、皆、馬の扱いには慣れているし、魔獣や獣が出ても喜んで狩りに行くほど逞しい。
狩った獲物はモリヒトが預かり、後日また食事に出すと言うと喜ばれた。
いつもなら食べ切れない分や素材は泣く泣く放置して行くらしい。
「三日の道程なら楽なほうですよ」
ティモシーさんに言わせると、王都からここまでの旅程は約20日。
馬車なんて尻が痛くなるので騎馬のほうが楽らしい。
お天気も良く、のんびりとした秋の遠足のような旅だった。
領都に近くなるまでは。
「あれは何ですか?」
馬車の窓から顔を出して、ティモシーさんに訊ねる。
「町に入るための待機列ですね」
領都は周りを高い石垣で囲まれており、出入口の門は東西に二つのみで、出入りを確認する門兵がいる。
祭りのために他所からの来た客や出入りする商人などが多くて滞っているようだ。
僕たちも十分祭りに間に合うように来たが、これでは町に入るのに一日か二日ほど掛かりそうだ。
「帰りましょうか」
冗談で言ったらケイトリン嬢に睨まれた。
仕方がない。
今日はここまで、だな。
僕は最近ずっとモリヒトに土魔法を覚えるように指導されていて、この旅でも休憩時にはそこら辺の空き地に勝手に土で小屋を造っていた。
同行の皆には大変、喜ばれたのは言うまでもない。
もちろん、令嬢連れのため、夜はちゃんと宿に泊まっている。
さて、そろそろ陽が暮れそうなので、街道の脇に人間が休む小屋と厩、そしてそれを囲む土塀を造った。
「空模様が怪しいです」
荷馬車の御者が空を見上げて言う。
僕もモリヒトも天候はあまり気にしないが、周りが慌ただしくなる。
「うちは屋根があるから大丈夫でしょ?」
僕がのんびりお茶を飲んでいると、ティモシーさんや他の護衛たちが厳しい顔をした。
「周りにこれだけ人がいますからね」
旅に慣れた商人やこの土地の者ならそれなりの準備はしているはずだ。
しかし、祭りのために遠方から来た貴族や豪商など、町の宿に泊まることしか知らない者もいる。
「言いがかりをつけられないと良いんですが」
そうか。 そういう心配があるのか。
馬車での旅なんて生まれて初めてだから知らなかったよ。
夕食はもちろん、建物の中である。
竈や食卓、朝晩は冷えるので暖炉も完備。
男どもは雑魚寝だが、女性たちには別部屋を作り、お手洗いも専用で付けた。
風呂はないが、これはもう平屋の一軒家だよな。
塀の外の周囲からの騒めきが煩い。
お前らも早く寝ろよ。
夜遅くに目が覚めた。
強い雨音がする。
小屋の中は、皆、静かに寝ているようだ。
「モリヒト」
『はい、ここに』
光の玉で現れたモリヒトを周囲の確認に行かせる。
僕は起き上がり、普段着に着替えると雨具を羽織って外の馬たちを見に行く。
光の玉がフワリと飛んで来て、エルフ姿のモリヒトになる。
『塀の内側の土地を周囲より高くしておいて良かったです』
どうやら外は、かなりの雨で水が溜まってきているらしい。
「風がないからあまり気にならなかったけど、これだけ雨の量が多いのは心配だな」
朝まで何事もなければ良いが。
「アタト様」
護衛たちが起きてきた。
「僕は大丈夫。 馬を見に来ただけ」
そう言って小屋に戻ろうとした時だった。
塀の外から馬のいななきと、大きな声が聞こえて来た。
「早くしろ!。 濡れたら駄目になる!」
バシャバシャと馬車の車輪が盛大に水を跳ねている音がした。
こんな深夜に列が動いたのだろうか。
いや、門は日没と共に閉じられたはず。
だとしたら。
「見て参ります」
護衛が一人、雨の中を塀の外へと向かって行った。
列のまま雨避けをして休んでいた人たちが起き始める。
町に入る順番待ちの人々はまだ百人以上並んでいるので、すぐに騒ぎになった。
「どうやら、どこかの商隊が無理矢理、門に突撃したようで」
門の外で騒ぎを起こし、出て来た門番兵と言い争っているらしい。
「近隣の商人らしく、雨避けの装備もしていなかったみたいですね」
賄賂でも渡して入ったのかな。
使用人がこの土塀から出入りしたせいか、外の人たちがこちらを覗き込んでいるのが見える。
「すぐに門を閉めてください」
夜はまだ長く、こちらには領主令嬢もいる。
余計なものと接触したくない。
しばらくして、地鳴りと共にワアーッという声が起きた。
「静かに、誰も動かないで!。 門は絶対に開けないように!」
僕はなるべく声を落として一喝。
「モリヒト、頼む」
『はい』
光の玉のモリヒトが姿を消して塀の外へ飛んで行った。
「どうした、何があった」
ティモシーさんとヨシローがやって来た。




