第九十話・銅板画の余波が来た
競売の話は順調に進み、十日後に漁師のお爺さんの家で行われることになった。
「買った物は揃ったか?」
ガビーが、魔道具店や他の店にも色々頼んだらしい品がワルワ邸に山になっている。
なんだ、この量は。
と、思ったけど、買ってしまったものは仕方がない。
今さら文句を言っても店に迷惑がかかるだけだし、ガビーに任せたのは自分なので諦めた。
「では一旦帰ります。 また後日来ますので、よろしくお願いします」
ワルワさんとヨシローに挨拶をして塔に戻った。
その日からガビーは懸命に僕の旅支度をしている。
服や小物の製作に余念がない。
「ガビー、あんまり根を詰めるなよ」
「はい?」
あー、この世界では使えない言葉か。
「集中し過ぎて病気になったりしないように」
「はい!、大丈夫です。 楽しいですから」
だーかーらー。
「楽しいからって無理するなって言ってるの!」
ちょっと強めに諭す。
「ガビー。 僕のためにしてくれるのは助かるけど、そのせいで君が自分を大切にしないのはダメなんだよ。
そんなの、ちっとも嬉しくない」
誰かのためになる、楽しい、だからって自分を見失わないで。
懇々と言い聞かせていたら、ロタ氏がやって来た。
「なんや、お嬢。 説教されてるのか」
ドワーフらしく豪快に笑い、ポンポンとガビーの背中を叩く。
「それよりちょっと見てほしいものがある」
ガビーの鍛治室から僕の部屋に移動して話を聞くことにした。
モリヒトが淹れてくれたコーヒーの香りを楽しむ。
「コレなんだが」
ロタ氏はかなり広い範囲の土地で人族を相手に取り引きをしているらしい。
「ある町で得意先の人に頼まれたんだが」
木の板である。
美しい絵が描かれていた。
「木工は、おれらドワーフよりエルフのほうが得意だろうと言ったら、銅板でやってくれと」
ゲホッとガビーがお茶を吹き出す。
絵柄を良く見ると、何となく教会の司書さんに贈ったものに似ている気がする。
「誰からの注文なのか訊いたら、あまり大きな声では言えないが、領都の有名な魔道具店だと」
あー、あの老店主のバカ息子か。
蔵書室でガビーの銅板画を穴の開くほど見ていたな。
ロタ氏は以前、ガビーが銅板画を作っていたのを見ている。
「親方は何とおっしゃってましたか?」
ロタ氏はガビーの父親の工房で働いているので、当然、親方に相談したはずだ。
「木板を見て、お嬢の絵じゃないかって言われたよ。
おれに一度確認して来いというので来た」
注文を受けるかどうかは、まだ決めていないようだ。
確かにコレはガビーの銅板画の写しだろう。
似たもので良いから欲しいと言われたら、ドワーフの工房でも作れる。
ロタ氏のカップに入っているのは酒だ。
やはりドワーフは飲み物といえば酒らしい。
「ロタさん。 注文を受けるとしたら親方の工房で作りますか?」
「いいや。 これがお嬢の絵なら、お嬢が作ればええ。
販売だけなら、おれがしてやる」
ドワーフたちは自分の作品に関して結構プライドが高いというか、誇りを持っていて、気に入った作品には銘を入れることもある。
他の職人が作ったものを参考にして作れと言われるのは屈辱に近い。
それが、自分たちが見下していた女性ドワーフの作品となれば尚更だ。
「わ、私が作ればいいのでしょうか」
ガビーは何で僕を見るのか。
ドワーフじゃない僕が勝手に決めるわけにはいかんだろ。
それでも意見を求められて応える。
「僕は親方次第だと思う。
ガビーに作れと言えばガビーは作るでしょう。
でも、図案に指定がないならば他の職人が作っても構わないし、それが男性である必要もない」
ロタ氏は「うむ」と頷き、ガビーは首を傾げている。
「ガビー」
僕は真っ直ぐにガビーの顔を見る。
「女性のドワーフの仕事は何だ?」
「えーっと、家事とか子育てとか」
手先の器用なドワーフ族なのに、それだけなのは勿体なくないか。
「男たちが稼いでくるから、家族のために家の中で働いてるんです」
「でもガビーは工房で働いてたよね?」
「あ、はい」
母親も祖母も健在なので、ガビーは子供の頃から工房に出入りしていた。
「そういう若いドワーフは割といるんじゃない?」
男性なら子供でも工房で見習いとして働ける。
性差により、男性より体力や魔力が少ないため、女性のドワーフは見習いとしても雇ってもらえない。
「ガビーのように自分の作品を作れないわけだ」
せいぜい工房内の清掃や職人たちの世話係として働くことになる。
「僕の個人的な意見だけど。 そういう女性たちの仕事にしたらどうかな?」
子育てが終わった婦人、未婚女性、成人前の女の子たち。
「もちろん、家事の合間や空き時間でいい」
例えば、銅板画の図案だけ、銅板の仕上げだけでも構わない。
余った時間で自分の作品を少しずつ作っても良い。
「ロタさんはどう思いますか?。 そういう作品は売れますか?」
ガビーがロタ氏を見る目は真剣だ。
「銅板自体は家具なんかで使うし、珍しいもんじゃない。
ただ、それが絵画になると今までドワーフの工房では扱っていないものになるな」
売ろうと思えば売れるだろうと言う。
だが、問題もある。
「実は、この辺りじゃ銅板画は珍しいが、人族の大きな街、確か王都とか言ったか。
そういう所では人間の芸術家とやらが作った作品がたまに出回る」
あー、それはありそうだ。
銀食器も王都の高級店なら扱っている。
「それをドワーフが作るとなると、人族との競争になるかも知れん」
僕はニヤリと笑う。
「いいじゃないですか、競争」
ドワーフの作品として銘を入れて販売。
「辺境の町だからこそ手に入る品です。 やってみれば良いかと」
ロタ氏は「そうだな」と頷いた。
「親方と相談してみよう。 お嬢、悪いが違う図案で一つ作ってくれ」
僕はその言葉を待っていた。
「これを見てもらえますか?」
銅板栞である。
「こりゃあ……」
ロタ氏の目が輝く。
銅板画より遥かに扱い易い小物である。
「お好きな物を一つ見本として持って行ってください」
ロタ氏は嬉しそうに一つ取って懐に入れ、ガビーに微笑んだ。




