第八十八話・令嬢の雑談でのこと
しょんぼりするケイトリン嬢。
そこへ明るい声が響く。
「私の家は地下街にあるけど、両親にお爺にお婆、兄弟も六人。
親父の工房には弟子が何人も出入りしてて、毎日毎晩何かのお祝いだーって飲んでたよ」
ガビーがドワーフの日常を暴露する。
あははは。
しょんぼり仲間を擁護しに来たか。
「そりゃあ楽しそうだな」
ヨシローも相槌を打って話に加わる。
「私の祖父母は王都ですが、ケイトリン嬢はどこのお生まれですか?」
ティモシーさんがケイトリン嬢を巻き込む。
「わ、わたし、は、こことあまり変わらない田舎の生まれです。
父親が突然、辺境地で領主になると言われて引っ越して来ました」
そんな思い出話の席を、僕とモリヒトはそっと抜ける。
「お待たせして申し訳ありません」
隣の部屋に職人用の服を着た女性が待っていた。
「いえ、ただの靴屋に、ご丁寧にありがとうございます」
実は別室に靴職人を待たせているので、正装の仮縫いが終わったら休憩後、速やかに移動することになっていたのだ。
皆、すっかり忘れてるみたいだが。
「先日、取らせて頂いた型で仮縫いした革靴です」
こっちの職人は口数少なく、テキパキと仕事を片付ける。
まだ若そうだが、手際は良い。
「魔獣の革ですか?」
彼女は修行で硬くなった手で僕に仮りの靴を合わせる。
「はい。 最近は良い革が手に入るようになりましたので」
町では家畜の皮で作られた靴が一般的だが、正装となるとやはり高価な魔獣の皮を使うらしい。
艶々とした柔らかい革靴。
「色は仕立て屋さんと合わせますので」
今の足に合わせた靴は真っ黒である。
「何足か作るの?」
「はい。 当日変更になる場合もありますので」
せっかく作っても自分より高位の者と被ってしまったり、自分のほうが派手だったりしたら取り替えることになるそうだ。
貴族、邪魔くせー。
しかし、彼女たち職人の腕の見せ所でもある。
「分かりました。 では予備に作った靴も全て納品してください。
代金はキチンとお支払いしますので」
「え?」
彼女は初めて顔を上げて僕を見た。
「仮りとはいえ、とても履き心地が良いです。
是非、買い取らせてくださいね」
「は、はいっ、ありがとうございます」
ヘコヘコと頭を下げながら、靴屋の女性は帰って行った。
仕上げには数日掛かるそうだ。
「ふう。 これでだいたいの用事は終わったかな」
椅子から立ち上がり、体を伸ばす。
メイドさんたちが片付けしている間、僕はふらりと窓に近寄る。
隣ではまだ雑談に花が咲いているようだ。
ふっ、若いな。
「なあ、モリヒト」
『はい』
僕はエルフの耳で隣の雑談を聞きながらモリヒトに小声で話し掛ける。
「辺境伯は今度の式典で、またケイトリン嬢を利用する気だよな」
先日の第三王子の時も、辺境伯はケイトリン嬢に相手をさせようとしていた。
王族にも色々事情はあって、そう簡単に策に乗ることはなかったが。
『すでにアタト様を呼び付けるのに利用されていますからね。 ケイトリン嬢は』
僕は頷く。
年頃の貴族令嬢というだけで利用されるのは母親がいないせいだろうか。
「ご領主はお嬢さんを大切にしているように見えるが、あれはただ甘やかしているだけかも」
大切な娘なら、あんなに簡単に独身男性を近付けたりしないと思うんだが。
ヨシローにしてもティモシーさんにしても、距離が近過ぎる。
『貴族令嬢にしては自由な方のようですね』
モリヒトから見たケイトリン嬢の評価はそんな感じだ。
「しかし、今回はちょっと危ないなあ」
色々と情報を聞く限り、領都へ行けば間違いなく巻き込む。
『正直に領主に話して不参加にされますか?』
僕が行かなければケイトリン嬢も行かなくて済む。
その場合はご領主が辺境伯に睨まれる。
「下手すると領主交替もあり得るな」
それが一番困るのだ。
「あれ?、アタトくんはー」
隣の部屋からヨシローのボケた声が聞こえた。
そろそろ、あちらの部屋に戻るか。
「すみません、靴屋さんと話し込んでました」
扉を開け、モリヒトと一緒に部屋に入る。
「あ、ごめんなさい、わたし!」
慌てて立ち上がり、忘れていたことを謝罪するケイトリン嬢。
ガビーたちもバツが悪そうな顔をする。
「すみません、話に夢中になって」
僕は「いえいえ」と手を振って微笑む。
「領主館をお借りしているのはこちらなので、お気になさらず」
メイドさんたちが新たなお茶とお菓子を用意する。
仕立て屋さんの仮縫い中にお昼を頂いたので、お腹は空いていない。
それよりも。
「あのですね、一つ、ケイトリン嬢に伺いたいことがありまして」
「はい、何でも」
僕は頷き、周りを一度見回す。
気付いたモリヒトが使用人たちを避け、自分たちのテーブルにだけ防音の結界を張った。
今回、領主であるケイトリン嬢の父親は忙しくて町を離れることが出来ない。
病が流行った際に多くの執務が滞ってしまったのだ。
その辺りは辺境伯も理解しているのか、文句は言ってこない。
「僕が知りたいのは領主様はケイトリン嬢のお相手のことをどう考えているのか、です」
「大切な一人娘だし、悪い虫が付かないように日頃から気を付けていると思うけど」
ヨシローが答える。
「先日の第三王子の件は辺境伯の命令で断れなかったようですが」
今日は領主館なので丁寧に話すティモシーさんに僕は頷く。
「では何故、ここに独身の、貴族でもない男性が、しかも頻繁に出入りしているのでしょうか?」
男性二人が顔を見合わせる。
「僕には、ご領主がどちらかをケイトリン嬢のお相手にと考えてるように思えます」
「そ、それは」
ケイトリン嬢は真っ赤になって俯く。
「悪いことだとは思いません。
ティモシーさんは護衛として信頼出来る方ですし、ヨシローさんは異世界人を領主が支援していると示すことが出来ますから」
「では、何か他に問題が?」
うん?、ティモシーさんなら分かると思うんだが。
「ケイトリン様がどちらかに好意を寄せてしまったら、領主様はどうなさるのかなと思いまして」
ケイトリン嬢の伴侶は、即ち次代の領主である。




