第八十七話・領主の話と仮縫い
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会場も決まったので、やっと少し落ち着いた。
ワルワ邸に戻り、ゆっくりと夕食を取る。
ウゴウゴは塔で留守番だが、タヌ子はいるのでワシャワシャと撫でまくった。
ああ、癒される。
「ケイトリン嬢から知らせが来ていたぞ」
「ああ、仮縫いとやらですか」
ワルワさんが頷く。
「明日の朝、迎えを寄越すそうじゃ」
またティモシーさんが来るのだろう。
翌朝、ティモシーさんが馬車と共にやって来た。
「おはようございます」
うん、やっぱりな。
「おはようございます。 今日もよろしくお願いします」
もう専属でいいんじゃないかな。
馬車の中で少しだけ話をする。
「そういえば、ティモシーさんはこの町の兵士ではありませんよね?」
「ああ、私は教会の警備隊所属だからね」
その割によくケイトリン嬢と一緒にいる気がするけど。
ティモシーさんは王都から近い大きな街にある教会の所属だと聞いている。
しかし、辺境伯の飛び地の領地から本部に応援を求める依頼があった。
それまで王族との間に色々と問題があったティモシーさんに、おそらく義理の兄である警備隊長さんがその話を持ち込んだのだろう。
でもそのお蔭で僕たちは助かっている。
辺境伯領だが、魔獣の森や魔魚の海に隣接する辺境の飛び地。
低位の貴族で、辺境伯とは遠戚に当たる今のご領主が呼ばれて押し付けられた。
「私がこちらに来た時には、領地の運営を任されていた奥方が病で倒れ、町の経営が思うようにいかなくなっていたんだ」
そんな辺境の領主に教会は支援を決める。
「信心深い奥方のために、医術者や薬を提供したり、文官の斡旋をしたりね」
先に助けを求められていた辺境伯は、全く手を貸さず、教会にも何も言わなかったそうだ。
「噂では切り捨てるつもりだったのではないか、と言われているが」
隣国との国境門がある町なのに、そんなこと出来るのだろうか。
僕が首を傾げるとティモシーさんは苦笑する。
「領主を切り捨てるといっても、またすぐに違う人間が替わって領主になるだけさ」
今の領主以外にまともな候補はおらず、辺境伯から放置されれば、しわ寄せは住民にいく。
それは教会にとっては看過できない問題だ。
「だから、今のご領主にがんばってもらいたいと教会は全面的に支援しているのさ」
なるほど。
それで教会で保護されているヨシローがケイトリン嬢を商人として鍛えているわけか。
「ん?、ケイトリン嬢か。 まあ、そうかもな」
ティモシーさんが曖昧な笑み浮かべている間に馬車は領主館に到着した。
「良くおいでくださいました、アタト様」
優雅に礼を取るケイトリン嬢。
これは領都に行くための礼儀作法の練習かな。
では僕も、
「本日もよろしくお願いいたします」
と、きちんと礼を取る。
ティモシーさんの見様見真似だが合ってるよな。
ん?、ケイトリン嬢の顔が赤くなってないか?。
「ア、アタトくんはエルフの王子様が何かでしゅかかぁ」
おいおい、そんなワケないでしょ。 それに噛んでますよ、お嬢さん。
仮縫い用の部屋に案内され、不必要な使用人たちは部屋を出される。
モリヒトの外見を知ってる女性たちが残りたそうにしてるけど、ほら、出て出て。
カーテンも閉め切って、ようやく僕とモリヒトはフード付きローブを脱ぐ。
まあ、モリヒトは精霊なので着替えるというより、見える表示を変更すると言う感じだが。
僕の正装を参考にしたいとヨシローとガビーが付いて来ているが、ジーーーーッと見るのは止めて欲しい。
穴が開いたらどうしてくれる。
「相変わらず、お美しいですなあ」
仕立て屋の老人は一昨日会ったはずだが、僕に美しいなんて、もうボケたのか?。
モリヒトのことか?、とチラリと視線を向けたが間違いなく僕を見ている。
「短く逆立つ純白の髪は固くもなく柔らかくもなく。 おそらく魔力で髪型を保っていらっしゃるのでしょうなあ」
僕は単に気に入ってた元の世界での髪型を維持しているだけだ。
「肌の色も精悍で男らしいですし、眼の色も黒というより、時折、燃えるような真紅に輝いて見えます」
光の加減で赤に見えるそうだ。
何か知らんが、あまり褒められてる気がしない。
型紙通りに断たれた布を僕の体に合わせながら針で止めている仕立て屋はお喋り好きのようで。
「確か、アタト様は七歳とか」
「ええ、そうですが」
前回は緊張していたらしく、今日は良くしゃべる。
「その割には身体もしっかりしていらっしゃいますね」
動き易いように余裕を持って作るそうだ。
「これを着る機会はそうないと思いますよ」
今回限りにしてもらうつもりだ。
「それは勿体ないですな」と仕立て屋は眉を顰める。
エルフには人間の宴など関係ないのでね。
それに僕自身、あまり人が多いところは苦手だ。
一旦作業を終え、僕たちは椅子に座って休憩だ。
「そういえば、ケイトリン様はおいくつなんですか?」
こちらの世界でも女性に年齢を聞くのは失礼なのかな?。
でも式典に一緒に参加する相手としては、少しぐらい情報が欲しい。
「えっと、今年で十八歳ですわ」
「ガビーと一緒ですね」
年頃の女性だ。 好きな男性の一人や二人、いるんだろうな。
まあ、ここには対象になりそうな異性は二人しかいないけど。
「では、ティモシーさんとヨシローさんは?」
二人にも振ってみる。
「ティモシーは二十五だったか?。 俺はもう三十四のオジサンだよ」
ヨシローが自嘲気味に答えた。
「そういえば、ケイトリン様はもうすぐお誕生日でしたね」
ティモシーさんが言うとケイトリン嬢が嬉しそうに微笑む。
「はいっ、ちょうど領都から戻る頃ですわ。
アタト様はいつですの?」
僕を見るケイトリン嬢に悪気がないのは分かっている。
彼女にとって誕生日は楽しい日なのだろうし。
「エルフは村全体で子育てをするので」
僕は言葉を濁す。
長老に発見された時、僕は二歳の幼子だった。
誕生日なんて知らない。
いつも通り軽い調子でヨシローが、
「アタトくんはご両親を知らないんだったね」
と、声を掛けてきた。
「あ」と、ケイトリン嬢が口を押さえた。




