第八十四話・倉庫の整理品について
僕がケイトリン嬢との打ち合わせのため、数日間、町に滞在すると言うと、荷物はワルワ邸に届けてくれることになった。
「いつもありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ」
定番の挨拶を終え建物を出ようとして、僕は足を止めた。
「そうだ。 もしよろしければ、なんですが」
僕は見送りに出て来た老店主に声を掛ける。
店員はすでに荷物の手配のため、店のほうへ行ってしまった。
「僕が持っている魔獣や魔魚の素材とか、森で採取したけど使い方が微妙なモノなんかがありまして。
領都に行く前にそれらを整理したいと思っているんです」
ワルワさんには受け取りしてもらえなかったので、たいした価値は無いのかも知れない。
そう言ったつもりだったんだが。
「し、しばらくお待ちください!」
老店主は何故か声を裏返し、慌てた様子で店のほうに飛んで行った。
有能そうな店員が戻って来た。
「アタト様、何か売って頂ける物があるとお聞きいたしましたが」
護衛も兼ねているのか、体は大きいのに腰が低い人だ。
「ええ。 うちの倉庫に保管してる物ですが、あまりにも多くて困っているんです。
それでドワーフの職人さんたちにも打診はしているのですが、彼らにも不用の物があるだろうと思いまして」
ガシッと手を握られた。
「へっ?」
ビクッとしたら、モリヒトがスルッと僕と店員との間に割り込む。
店員はそのままモリヒトに食ってかかるように叫んだ。
「是非、その競売に参加させて下さい!」
え、競売?。 そんなこと、言ったかな。
とにかく話し合いをすることになったが、今日は疲れてるので明日にしてもらった。
馬車を呼んでくれて、菓子をお土産に渡される。
「明日の午後にワルワ邸にお伺いいたします」
向こうから来てくれるそうだ。
ヨシローもワルワさんも特に出掛ける用事もないそうで、有り難く会談に使わせてもらう。
「では、お待ちしてます」
何とか町外れのワルワ邸に無事に戻った。
ワルワさんに明日の話をする。
「ああ。 もちろん、構わんよ」
ガビーが夕飯の用意を手伝い、疲れている僕は先にモリヒトと風呂を使わせてもらうことにする。
ヨシローは「用事がある」と外へ出て行った。
「おそらくバムくんのところじゃろ」
ワルワさんは、ヨシローには出掛ける時に必ず護衛を付けるように約束させていて、それにはたいてい近所に住むバムくんが任命されている。
ヨシローも最近では、出掛ける予定が出来ると自分でバムくんに知らせに行くようになったそうだ。
「ただいま戻りましたー」
夕食が始まるまでには戻って来たので、やはり遠くではなかったみたいだな。
「ヨシローさん、どこかに出掛けるんですか?」
こんな時間にバムくんに頼みに行ったということは明日の予定かな。
「うん。 明日の午後から競売の話し合いだろ?。 だから午前中には組合に話を付けてくるよ」
「は?」
何の話だ?。
「アタトくんの倉庫なんて宝の山に決まってるのに、ドワーフや魔道具店だけに公開するなんて勿体ないじゃないか。
アタトくんは今、町の英雄だしね」
それが何になるというのか。 さっぱり分からないんだが。
食後に落ち着いてから話を訊いてみる。
「商人組合でアタトくんの競売の話をして、参加者を募ろうと思ってね」
「別にそんな大層なものは有りませんが」
僕はあまり大ごとにしたくなかったので顔を顰める。
「でも、アタトくんは魔道具店には声を掛けた。 まあ、日頃から買い物してるし、町一番の大店だしね。
それはいいけど」
町の人たちはドワーフの職人や高級な魔道具店とは縁が無い。
「昨日、あの店の客を見てたけど、アタトくんの噂を聞きつけた町の金持ちや他の町の商人が買い付けに来てたよ」
それで店が混んでいたという。
「ちょっと待って。 僕と店の繁盛が繋がりません」
僕は額に手を当てて俯く。
「つまり、今話題のエルフ様のお気に入りの品を欲しがる客がいるということさ」
はあ、なんでそんなことに。
ワルワさんが「ホッホッ」と楽しそうに笑う。
「こんな田舎じゃからな。 娯楽も少ないのじゃよ。
それに町を救ってくれた恩人に、何かお礼がしたいのではないかの」
僕に関する品物を買うことで、店が僕に対する態度が良くなる。
それが僕の利益に繋がると町の住民たちは考えたらしい。
「……それで、ヨシローは何故、商人組合に?」
「あれっ、知らないの?」
何がだ。
「アタトくんの干し魚の店。 すごいことになってるんだけど」
市場で組合の許可をもらって、漁師のお爺さんに代理販売してもらっている店のことだろうか。
「すごいこと?」
「お爺さんが病で寝込んでたせいもあってしばらく休んでたんだけど、再開した途端に客が押し寄せてね」
市場が混乱状態に陥ったため、お爺さんの店は休業するしかなくなった。
「すみません、知りませんでした」
僕は、何故、知らせてくれなかったのかとワルワさんを見る。
「漁師たちが知らせないで欲しいと言って来たんじゃ。 お前さんにも休養は必要だろうと、な」
えっ。 そこまで気を使わなくても。
僕は考え込む。
ヨシローの話では、明日の午後からの魔道具店との話し合いに、組合からも誰かが参加することになるのだろう。
「明日は騒がしくなりそうですね」
僕たちは早めに地下の客間に戻ることにした。
「アタトくん」
立ち上がった僕にヨシローが声を掛ける。
「君がこの町で有名になることは悪いことではないと思うよ。
商売で町に恩恵があるということになれば簡単に排除は出来ないはずだ」
エルフの薬草やドワーフの美麗な品を仲介出来るのは僕しかいない。
「辺境伯が、魔物を消したアタトくんが危険だと判断するなら、排除出来ない理由を作っておくべきだと俺は思うんだ」
ヨシローの珍しく真剣な声。
「……ありがとうございます」
ヨシローはこの町の商人の一人として、僕を守ろうとしてくれたのか。
まあ、魔道具店の老店主の話を聞いていたから、そういう考えにもなる。
だけど、もしも僕が本当に危険なエルフだったら、どうする気なんだろうな。




