第八十三話・旅の準備と心構え
モリヒトの答えを聞く前に魔道具店の裏口に到着した。
「アタト様。 お待ちしておりました!」
ん?、店主ではなく馴染みの店員が出て来た。
「こちらにどうぞ」
案内されたのは、どうやら店ではなく、私用玄関。
「申し訳ございません。 少し店が立て込んでおりまして」
深く謝罪の礼を取られる。
まあ、僕としては人が少ないほうが嬉しい。
「構いませんよ」
そう言うと、ホッとした顔をされた。
いや、なんか無理させてたらすまん。
「あ、アタト様」
先に来ていたガビーとヨシローのいる部屋に通される。
「ガビー、ヨシローさん、何かあったんですか?」
二人はティモシーさんのメモを参考に旅行用の買い物を注文していて、品物が揃うまでここで待つように言われたらしい。
でも、何だか、いつもよりおとなしい気がした。
二人は僕の問いに顔を見合わせる。
「えーっと」「べ、べつにー」
何だ、その顔は。 ハッキリしろ。
「領都へ行くための準備に足りない物でもあったのでしょうか?」
金が足りないなら言えよ。
「いやー、そうじゃなくてー」
ヨシローがモゴモゴするのは珍しい。
いつもは空気が読めないのか、と思うくらい危ない発言も平気なくせに。
そこへ老店主が、お茶を運ぶ使用人と一緒に入って来た。
「こんな狭い場所で申し訳ございません、アタト様」
謝ってるのに何だかニコニコと嬉しそうだな。
「いえ、それは大丈夫ですが。
何か僕たちのせいで店にご迷惑をお掛けしたのではないかと思ったんです」
「迷惑だなんてとんでもない!」
お茶の配膳が終わり、使用人たちが退室。
部屋には僕たち四人と店主、いつもの店員さんの六人だけになる。
「まずは町を救って頂いたこと、感謝申し上げます」
店員と二人、立ったまま深く礼を取った。
やはりここでもか。
「それだけではないんでしょう?」
とりあえず、話をするため座ってもらう。
「さすが、アタト様。 話が早うございますな」
向かい側に座り、店員に何か指示をする。
「アタト様のお蔭で私どもの店が大変繁盛しておりまして」
お蔭?。 よく分からないが。
「アタト様が出入りされているというだけで客が増えました」
え、それだけで?。
不思議に思っていると、店員が大切そうに布包みを持って現れた。
そっと開くと、先日預けた銅板栞である。
「うちの職人や販売担当からも大変好評です」
ガビーが嬉しそうに顔を赤くする。
「実は先ほどヨシロー様の銅板も見せて頂きまして」
うん?。
「大変、素晴らしい出来栄えでございました」
店主の賛辞に何故かドヤ顔するヨシロー。
ああ、ヨシローが見せちゃったのか。
あれは一点ものなんだから売れないのに。
ちょっと睨んでおく。
そして、ここからが本番だ。
「アタト様にお話したいことがございます」
声を落とし、老店主は険しい表情をする。
僕は出されたお茶を一口飲んでテーブルに戻す。
「もし、この栞や銅板画を辺境伯にお持ちになるならば気を付けてください」
「いえ、まだ持参する手土産については決めていませんが」
「ならば結構」と店主は頷く。
何か問題があったのだろうか。
「領都の本店からドワーフ様の銅板を何とか手に入れろと催促が来ております。
もちろん、こちらでは取り扱っていないことは伝えましたが」
チラリと栞を見る。
「この銅板栞だけでもかなりの価格になるかと」
店主が預かっていた栞は外にはまだ出していない。
だが、異世界人のヨシローが持っているのを見られている。
誰かが町の情報を漏らしているのかも知れない。
「それを誰も無理矢理に取り上げることは出来ません。
しかしそうなると、その価値を知っている者は、どうしても手に入れたくなるものです」
老店主は、僕が領都へ向かう旅で危険な目に遭うのではないかと心配しているのだ。
狙っている者たちに心当たりがあるからな。
ふむ、と僕は考える。
彼らが狙うとしたら僕なのか?。
無理だろ、モリヒトがいるからな。
ガビーだった場合。 僕たちが居ない間は念の為、ドワーフの街へ帰しておこう。
最近は実家に帰るのも嫌がらなくなったし、ロタ氏もいるし。
しかし、僕を捕らえ、脅したところで何も手に入らないのにご苦労なことだ。
「そうでもないようで」
ん?、何かあるのか。
「息子の話では、辺境伯様はアタト様が眷属精霊付きのエルフであることはご存知なのですが」
息子?。 ああ、本店の無茶振り店長な。
「おとなしく銅板や銀食器を差し出すなら保護してやろう。
しかし、もし逆らった場合、危険な者として成敗する。
そのために領都に呼び出したのだ、と豪語しているようです」
自分の本拠地なら僕を何とか出来ると思っちゃったわけか。
ヨシローは唖然とし、ガビーは唇を噛む。
モリヒトは無表情だがピリッと嫌な気配が漂う。
「あは、あははは。 へぇ、面白いねえ」
僕は思わず笑ってしまう。
「良い度胸じゃないか。 エルフを捕らえて処刑するって?」
そんな情報を何故、今頃になってあの息子店主が伝えて来たのかも興味がある。
ニヤリと口元が歪んだ。
「やれるものならやってみろ」
自分でも分かる。
何かが胸の奥で熱く燃え、体を巡る血が滾る感覚。
「ヒッ」
店の者が震え上がる。
『アタト様』
後ろに立っていたモリヒトが僕の肩に手を置く。
『落ち着いてください。 怒る相手はここにはいません』
ああ、そうだね。
「すみません。 少し疲れていたようで」
今日は朝から色々あって、僕は精神的な疲れが溜まっていたみたいだ。
「いつも子供らしくないアタトくんだけど、それにしても怒るのは珍しいね」
ヨシローが茶化す。
「ちょっと熱くなってしまいました」
僕は頭を掻く。
「それは、当然です。 大人でも自分に危害を加えるという話を聞けば冷静ではいられません」
老店主は苦々しい笑みを浮かべる。
そして、僕に「持って行け」というように銅板栞の包みを渡してきた。
「注意だけは怠りませんように。 どうかお気を付けて」
計画は予定であり、未定だ。
『貴重な情報、感謝いたします』
モリヒトが老店主に礼を取った。




