第七十八話・手紙の返事をする
「今回のご招待には応じましょう」
モリヒトがピクッとした。
「ですが。 その後、辺境伯との関わりを全て拒否させていただきます。
当然、この町の領主親子や教会関係者に対しても、辺境伯からの連絡の仲介、及び手紙類の受け取りもお断りします」
今度は頷くモリヒト。
「そ、それは」
ティモシーさんは複雑な表情を見せる。
今回の手紙の配達人としての役目は果たせたはずだ。
僕から「応じる」と約束を取り付けたし。
だけど、この条件を飲まなければ、その約束は無効になってしまう。
ティモシーさんは、しばらく唸った後、
「どうしてか、理由を聞いても?」
と、じっと僕を見る。
そうだね。
ティモシーさんにしたら、ご領主に報告するためのちゃんとした理由が必要だ。
「まずは、今回の流行病については、僕は特に町のためにしたわけではない、ということ」
ただ好き勝手に調べたら終わってしまっただけで、解決しようなんて思ってもいなかった。
褒賞などもらう謂れがない。
「次に、僕は異種族なので、人族の名誉や身分に対して興味が無いです」
王族や上位貴族などを敬えと言われても関係ない。
無理強いするなら、違う土地にでも引っ越すよ。
ほら、国境門の向こうは、まだ誰の所有地でも無いようだし。
「今回だけ応じるのは、いきなり拒否して日頃お世話になっている方々に迷惑をかけたくないからです」
僕にもそれくらいの義理人情はある。
ティモシーさんはウンウンと頷く。
えっ、良いの?、騎士さん。
こんな子供の我が儘に納得したらいかんでしょ。
「ははっ、教会は国や貴族の横暴に抵抗する機関だからね」
「そうでした」
僕みたいなハグレエルフも守ってくれるんだ。
すごいな。
「まあ、エルフ族っていうのは高慢だという噂だし、子供なら言う事を聞くだろう、なんて幻想は早く崩しておいたほうが良いよ」
あははは、とお互いに笑い合った。
「私の姉も、よく王族や上位貴族から声を掛けられるんだ」
「確か歌姫でしたね」
ティモシーさんのお姉さんは元の世界でいうところの歌手。
「そんなに大した者ではないよ」と言いながらティモシーさんは自慢気だ。
音楽の才能があり、教会の子供たちに歌や楽器の指導をしている。
先日、町に来た何とかっていう名前の第三王子も彼女の歌に惚れ込んで、母親に聴かせようと声を掛けたが振られていた。
地元の領主が彼女を守るために早々に息子の婚約者にし、後にその夫は教会警備隊の隊長になっている。
平民の娘と貴族子息の大恋愛という美談の裏側なんて、そんなものだ。
「アタトくんも同じように守ると誓おう」
教会が僕のことを守ってくれるそうだ。
辺境伯の式典までは、まだ三十日以上ある。
のんびりと準備すれば良いな。
そんな風に思っていたら、
「何を言ってるんだ、アタトくん。
式典に出席するなら服やら土産やら、準備するものは山ほどあるよ」
と、ティモシーさんに呆れられた。
「え?」
ティモシーさんが紙をくれと言うので、モリヒトがペンとメモ用の紙を渡す。
「宝飾品や靴下や靴も含む、式典用の正装一式」
必要な物を書き出していく。
「旅装一式はもちろん、服だけじゃなく下着も何着か必要になるし、宿で着替える普段着に夜着、靴も予備を含めて用意したほうがいい」
移動だけで、往復で6、7日掛かる。
天気が良いとは限らないから、雨具も一式。
「領主様が馬車と護衛、身の回りの世話をする使用人は貸してくださるだろうね。 あと、食料や水も」
いやいやいや、それは僕とは関係ないよね。
「僕の護衛と身の回りの世話はモリヒトがいますから」
「あー、そうだったね」
必要なら食料も自分で用意する。
おそらく旅費は辺境伯から領主様に渡されるそうで、その金額で護衛の人数なんかが決まる。
「僕のことは気にしないでください」
護衛や付き添いは全てケイトリン嬢に。 そう領主様に伝えてもらう。
「いや、そんなわけには」
それはご領主の体面の問題だ。 僕のことに金を使う必要はない。
「世間知らずなのは自分でも分かってます。
でも、僕は一応エルフ族で、人族ではない。
だから価値観が違うことは分かってもらえると信じます」
実際には異世界人の価値観だがな。
「もちろん、分からないことは訊ねますし、極力、ケイトリン嬢に合わせますよ」
だけど、無理なものは無理、は絶対あると思う。
それを出発の日までにすり合わせていきたい。
「ご協力、お願い出来ますか?」
僕の言葉にティモシーさんが頷く。
「ああ、もちろんだ」
他にも手土産として何か自分を誇示するモノが必要だと言われたが、それこそワケが分からない。
いきなり招待されたのに。
「まあ、アタトくんの場合は、その身だけでも十分かもな」
は?、なんか物騒なこと言ってないか。
では、とティモシーさんは立ち上がる。
ご領主に報告し、僕の条件を辺境伯に伝える仕事があるのだ。
領都との往復を考えると、ゆっくりしている暇はない。
「アタトくんも出来れば準備を頼む」
許諾されることを前提とした、旅と式典参加の準備を、お願いされる。
「はあ、了解しました」
ティモシーさんからメモを受け取った。
町へと帰るティモシーさんが、ガビーと干し魚作りをしていたトスを呼び戻す。
名残惜しそうにしているが、またすぐに町に行くから会えるよ。
「トス、持って行け」
これから夕方に向かう時間になるので、モリヒトが夕食代わりの軽食と、薄めた薬草茶の入った水筒を渡す。
ティモシーさんが騎乗した馬に、ガビーはトスを抱き上げて後ろに乗せる。
僕はモリヒトに、彼らに分身を一つ付けてくれるよう頼んだ。
「命令で結構ですよ」
モリヒトがそう言うと、馬を先導するための光の玉が現れる。
これで森の中で迷うこともないし、モリヒトの気配で魔獣も寄って来ないはず。
「ありがとう、アタトくん。 ガビーさん、また近いうちに。 モリヒトさん、町までよろしくお願いします」
「アタト、ガビーねえさん、またねー」
「ああ、気を付けてお帰り」
僕たちは馬の姿が見えなくなるまで見送った。




