第七十七話・宴の招待状がきた
あれから二十日ほど過ぎた頃。
僕たちがいつものように釣りをしていたら、誰かの気配が近付いて来た。
馬が一騎である。
「ティモシーさんかな」
正解、というようにモリヒトが頷く。
だけど、一人ではない。
ニャーン
タヌ子が崖を駆け上がって迎えに行く。
「あー、タヌ子!」
明るいトスの声がした。
僕もヒョイっと岩を飛び移りながら波打ち際から崖の上へ上がる。
モリヒトは今日の釣果をまとめて荷物に入れてから、上がって来た。
「いらっしゃい。 何か急ぎの用ですか?」
ティモシーさんもトスも笑顔だから、悪い話ではないのだろう。
「はい。 ご領主様より手紙を預かって参りました」
なんか馬鹿丁寧な言葉を使われるとむず痒い。
ティモシーさんとトスは馬から降りて、こちらに来た。
僕は、蝋封された封書と、さらに豪華な封書の二通を受け取り、返事が必要か訊ねる。
「はい。 これは招待状ですので、出来れば早めにご返事を頂きたく」
はあ、面倒な。
「とりあえず、その丁寧な言葉使いは止めてください」
「う、分かった」
ティモシーさんはいつもの口調に戻る。
僕はモリヒトの許可をもらい、二人を塔に招いた。
「ガビーねえさん、久しぶり!」
入り口で留守番のガビーを見つけてトスが駆け寄る。
「トスくん。 お元気でしたか?」
この二人は師弟関係というより姉弟みたいだな。
まあ、楽しそうだからいいや。
ガビーとトスに魚の処理を任せ、僕とモリヒトはティモシーさんと地下の部屋へ行く。
タヌ子はトスとガビーの手伝いに残らせた。
もしかしたら邪魔かも知れんが、すまん。
「えっと、ティモシーさんが直接ここに来たのは重要な案件だったということで分かるんですが」
いつもならワルワ邸のモリヒトの分身に伝えるだけで良い。
しかし、今回はご領主からの依頼だし、さすがに僕たちに招待状を取りに来いとは言えなかったんだろう。
「トスは何かあったんですか?」
いくら騎士様でも危険な魔獣のいる森を子供連れで抜けるのは大変だったと思うが。
ティモシーさんは、出発前にワルワさんに僕の所に向かう話をしに行った。
「何か用があるならついでに、と思ってね」
ワルワさんから薬草の代金と薬師からの感謝の手紙を預かった。
だが、いざ出発しようとするとヨシローが一緒に行くと騒ぎ始める。
「そこへトスくんが来て、ガビーさんに用事があるから連れて行って欲しいと言い出して」
どちらか片方だけしか連れて行けない。
ティモシーさんは、何の目的もなく同行したがるヨシローより、理由があるトスを選んだ。
トスはどうやら自分が作った釣り針をガビーに見せたかったらしい。
僕は、何だかトスの理由がこじ付けっぽいと感じる。
「ワルワさんにも僕がヨシローを避けてるって言われたしな」
その辺、勘付いたトスがヨシローを諦めさせるために言い出したような気がした。
わざわざ指摘したりはしないけどね。
モリヒトがコーヒーを淹れ、ミルクの容器を隣に置く。
僕が手紙を開いて目を通している間に、ティモシーさんはコーヒーにドバドバとミルクを入れていた。
案外、甘い物が好きだよな、この人。
驚いたことに招待状は、ご領主からではなく辺境伯からだった。
ご領主からは、その件の詳細説明をティモシーさんに任せたという手紙である。
町の住民なら領主館に呼び出して直接話をするのだろうが、あいにく僕は人族ではないし、領民でもない。
まあ、この塔がある場所が領地か、エルフの土地かは難しいところだが。
「招待って、これ、領都じゃないですか」
しかも、行き先は辺境伯の領都の屋敷である。
辺境の町から馬車で三日ほど掛かるらしい。
だから早めに返事がいるのか。
「辺境伯の領都で毎年行われている、収穫を神に感謝する祭りがあってね。
珍しく教会と貴族が仲良く参加するんだが。
そこで、領地で目覚ましい活躍をした者に褒美を与えることになっている」
あまりガッチリした式典ではないが、それなりに有名な祭りらしい。
「領主様が今回のことを辺境伯に報告してな。
辺境伯がアタトくんに褒賞を授けたいと言い出したんだ」
あー、そー、いらんわ。
僕はコーヒーを口に運ぶ。
こっちはブラックだ。
「それで、これをお断りしたら僕はどうなりますか?」
予想通りらしく、ティモシーさんはひとつ頷いた。
「ケイトリン嬢に同行するように、と指示されている」
ほお、若い女性に恥をかかせないように出席しろ、ってことか。
褒賞を授与する式典の後、宴が予定されていて、ケイトリン嬢と二人一組として招待。
エスコートさせるつもりのようだ。
邪魔臭いことを考えるなあ、貴族って。
しかし、宴なんて、僕がまだ七歳の子供だってことを忘れてないか?。
「大丈夫。 晩餐会は食事だけでダンスはないよ」
ティモシーさんが僕の心を読んだように笑った。
「当然、私も護衛として同行させていただく」
それは有難いな。
何かあったら僕はモリヒトと逃げるけど、ケイトリン嬢を放り出すわけにはいかないし。
まあ、まだ出席するとは決めていない。
しかし何故、こんなことになったのか。
「僕に褒賞なんて。 被害があったのは辺境の町だけなんでしょ?」
領都に関しては、今回は全く無関係。
「どうやら前回、王子殿下がいらした時に十分な成果が得られなかったからのようだよ」
なんじゃそれは。
「まだ不確かな情報だけど、今回の式典に王族も出席するのではないか、と言われている」
招待されている感謝祭は冬になる直前の頃で、貴族たちの間では社交の季節に入る時期。
辺境伯も王都に行くのかも知れない。
その前に、話題作りのためにエルフの僕を英雄扱いし、自分の手柄にしたいということなのか。
「どうかな?。 アタトくん」
僕は後ろに立つモリヒトを振り返って見上げる。
何も言わないってことは僕に任せるということだ。
「分かりました。 ご領主の面目もあるでしょうし、拒否はしません。
ただし、条件を出させて頂きます」
もし、それを承諾するなら応じる。
「何かな?」
「簡単なことです」
僕はニコリと笑う。




