第七十四話・お風呂での会話は
ワルワさんに調査経過を書いた紙を渡す。
「フム」
ヨシローも一緒になって読んでいる。
「アタトくん、これ、写しても良い?。 領主様にも報告したいんだけど」
僕はモリヒトをチラリと見る。
「はい。 結構ですが、くれぐれも、調査はうちのモリヒトが中心で、僕はついて行っただけだとお伝えくださいね」
本当はモリヒトだけ行ったと言うつもりだったが、国境門で兵士たちに見られているので、誤魔化しが効かない。
「それと、コレをワルワさんに」
ガビーの荷物から例の切れ端が入った小箱を取り出す。
結界の小箱は10個ある。
「何か容器があれば移したいのですが」
と、言って、透明な小瓶を用意してもらって、それに入れ替える。
ワルワさんは全部引き取ってくれた。
「これが、その魔物の切れ端かね」
「はい」と頷く。
正確には『魔物の抜け殻の切れ端』だ。
「魔石を入れると復活するそうだが、危険はないのかね?」
『この魔物は特に何もしません。 ただ、近くにある魔素を取り込み消化するのです』
「消化って、失くなるってこと?」
ヨシローの質問にモリヒトは頷きで答えた。
「面白いのお。 やってみても良いかな?」
「どうぞ、存分に研究してください」
そう言って僕が小さな魔石を渡すと、ワルワさんは嬉しそうに一つの瓶に入れた。
瓶の底で蠢いていただけの切れ端が触手を伸ばし、魔石を取り込む。
「うわっ」
その様子にヨシローが興奮した。
小さな紙の切れ端のようだった抜け殻は厚みを帯び、丸くなる。
「スライムじゃん、これ。 やっぱ異世界だなー」
よく分からないことを喋っている。
「ヨシローさん。 これは魔素や魔力を吸う魔物です。
知らずに傍に置いておくと、いつの間にか魔力不足になります」
まあ、異世界人で魔力の無いヨシローには無害かも知れないが、注意だけはしておく。
「そうか。 では、最近、町で流行った病は」
「魔素不足から魔力が作れず、病気に対する抵抗力が落ちたためかと思われます」
僕とワルワさんで頷き合う。
「えっ、どういうこと?」
ヨシローが首を傾げる。
『この魔物は何年も前から異常発生していた可能性があります。
その影響で魔素が減り、魔獣が減り、町の中でも徐々に魔力不足が起きていたのではないかと』
モリヒトの解説にヨシローもウンウンと頷くが、分かっているかどうかは不明だ。
しかし、この話は想像でしかないので、後は研究者であるワルワさんにお任せする。
「あのー、私、ちょっと出掛けて来てもいいですか?」
話し合いが途切れたところでガビーが申し出る。
トスの様子を見に行きたいのだろう。
「いいよ、行っておいで」
「はい!」と、嬉しそうに出て行った。
「ガビーちゃん、可愛くなったんじゃね?。
好きな異性でも出来たのかな」
そーかもねー。
その後、僕たちはネルさんへの報告書を作成するため、地下の客間を借りることにした。
ガビーを置いて、自分たちだけ塔に帰るわけには行かないし。
ヨシローもワルワさんに渡した紙を領主様用に写す作業がある。
「アタトくん、俺も一緒にー」
と、ヨシローが言い出したが、僕は一人じゃないと書けないと断った。
ネルさん宛の調査報告はなるべく詳しく書く。
長老が戻って来ていたら、きっと読んでくれるはずだ。
恥ずかしいものなんて書けない。
モリヒトに相談しながら書き上げる。
『では、届けて参ります』
ネルさんや長老によろしく。
その日は、ワルワ邸に泊めてもらうことにした。
地下の風呂にゆっくり入る。
モリヒトはエルフの森からまだ戻って来ていない。
ヨシローが突撃してきたがワルワさんが阻止してくれた。
「ワシなら良いと聞いてな」
ワルワさんが入って来た。
「ええ、もちろんです」
この家の主人はワルワさんだから。
「ふう、良い湯じゃ。 ワシもヨシローが風呂好きとは知らなくてな。
ご領主に頼んだと聞いて驚いたが」
今では無くてはならないものになったと笑う。
「そういえば、アタトくんも風呂場を作ったそうだね」
ギクッ、としたが、ここは別に知られても構わないだろう。
「ええ、ここのお風呂が気に入ったので」
「おお、そうじゃないかと思ったよ」
お互いに笑い合う。
「しかしな、アタトくん」
お湯に浸かりながら、ワルワさんが改めて僕を見てしんみりとした声を出す。
「その小さな体で、あまり無理はせんでくれよ」
僕たちがタヌ子を預けて行ってから、ワルワさんは本当に気が気ではなかったと語る。
「ご心配をおかけしました。 でも僕にはモリヒトが付いていますから大丈夫ですよ」
危ない時は真っ先に止めてくれる。
「眷属ではありますが、僕が間違ったり、気付かずに失礼なことをしたりしたら、ちゃんと叱ってくれるように命令してありますから」
まだ子供で常識が不足している僕が一人で生きていくためには、きちんと善悪を教える者が必要だ、と思う。
「なるほどな、さすがアタトくんじゃ。
ヨシローもアタトくんほどしっかりしてくれると良いんじゃが」
ヨシローはこの世界に来て三年目、この世界の常識を勉強中だ。
「まだまだ危うい」
一人で町を歩き回り、困っている人を放っておけない。
「この町だけなら良いが、先日のように他領から来た者や貴族にも同じように接していたら、と思うと」
「そうですか。 僕にはよく分かりませんが」
子供だからと知らんぷりしておく。
「そうじゃったな」と、ワルワさんは笑い、
「お疲れ様」と、僕の背中を洗ってくれた。
僕もお返しにワルワさんの背中を流す。
そうして「お先に失礼します」と風呂から上がる。
「アタトくん」
風呂場から出ようとして呼び止められた。
「はい」
笑顔で振り返ると、ワルワさんが真剣な顔をしていた。
「アタトくんはヨシローを避けておるのかね」
ドキッとしたことを悟られてはいけない。
「えーっと、すみません。 僕は賑やかな人がちょっと苦手なんです」
と、苦笑を返す。
「そうか。 ヨシローはあれで悪いヤツではないんじゃよ。
仲良くしてやっておくれ」
「はい、努力します」
僕は、そう言って部屋に戻った。




