第七十三話・調査の結果をみる
煙が治まり、中を覗き込む。
かなり深いようで、モリヒトが光の玉を落としたが底の広さだけが見えた。
「これ、大丈夫か?」
『分かりません』
頼みのモリヒトにそう言われると不安になる。
「中に降りてみることは可能?」
モリヒトは僕の提案に首を横に振る。
『わたくしは許可出来ません』
はあい、了解。 諦める。
ボーっとしていたガビーがようやくアタフタし始める。
「今の、今の何ですかっ!」
僕の胸倉を掴むな。
「何って言われても。 ちょっと魔法の練習をだな」
やってみただけだ。
しかし、穴の上どころか、周辺一帯が陥没している。
つまり穴が広がっちゃったわけだ。
『これはアタト様が処理すべきですね』
「はいはい」
底に降りて調査したいのはやまやまだけど、何があるか分からないからモリヒトの許可が下りない。
しょうがないので、僕は魔石を少しもらって底のほうへと投げ入れた。
そして、魔石に向けて防御結界を飛ばす。
もしも生物がいれば魔力に惹かれて寄って来る。
僕たちへの敵意が無いのだから結界の中には入れるだろう。
『何をなさっているので?』
「何って。 底にはまだアイツの仲間がいるかも知れないから」
魔素を取り入れる力があるものはとっくに逃げてしまっているだろう。
残っていたのはきっと抜け殻だけだ。
それでも、切れ端が残っていれば魔石を取り込んで生き延びるはず。
「情けは人の為ならずってね」
小さく呟く。
その後、大きめの岩から落としていく。
隙間が出来るので小さな生き物は生活出来るだろう。
途中から硬い岩盤を作り、砂礫に性質を変えた荒地の土を放り込んでいく。
これで頑丈な地盤になると思う。
上層部は周辺の土や砂を集めて適当にばら撒く。
少し斜面がえぐれているけど、見た目は周りとそう変わらない。
「ぐへえ、疲れたーーー」
川の傍に戻って休憩。
『少しお休みください』
モリヒトが日陰を作ってくれて、僕はそこで昼寝をすることにした。
◇ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◇
……ここはどこだろう。
僕は見覚えのない場所に立っている。
周りに大勢の大人たちがいて、皆、慌ただしく動き回っていた。
え?、この人たちって。
ドクンっと胸が鳴る。
大人たちはアタトによく似ていた。
日に焼けたような褐色の肌、白い髪だが、エルフ特有の長い耳をしている。
良く見ると瞳の色は暗い赤だ。
ワーワーと声が響く。
大人たちは何かに怒っていたが、それが何か分からない。
僕はそれを聞くために誰かに声を掛けようとして、目が回った。
◇ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◇
気が付くと、夜だった。
『よくお休みでしたね』
「おはよう」
モリヒトがホッとしているのが分かる。
「どれくらい経った?」
『ほんの二日と半日ですよ』
朝から作業を始めたのに、ちょっと横になったら二日目の夜になっていた。
何かの夢を見ていた気がする。
それが何か分からないから、モリヒトに訊くことも出来ない。
いや、自分の夢の話を誰かに訊けるはずがないんだけど。
とにかく、嫌な夢だった。
『汗をかいていらっしゃいますね。 洗浄の魔法を掛けましょうか?』
「いや、いいよ。 そこに川があるから」
僕はよっこいしょと立ち上がって、川に向かった。
モリヒトは身体を拭くための布と着替えを持って岸に立ち、僕は全部脱いで浅いところでバシャバシャと身体を洗う。
「はあ、気持ちいい」
空には満天の星。
元の世界で見ていた星とは少し違う気もするけど、元々星座なんかに興味は無い。
ただ月が見えないのは少し寂しいな。
一晩明けて、安心したガビーに泣かれた後、僕たちはその場を離れた。
しっかり寝たので体調は良い。
穴の跡地を見て来たが、気配は綺麗に消えている。
やっぱりあの抜け殻が発生元だったのだろう。
僕はすっきりした気持ちで山を下り、国境門に辿り着いた。
「お疲れ様です」
へ?、何故、僕たちは国境警備隊の兵士たちに労われているのかな。
首を傾げつつ「はあ、どうも」と門を抜ける。
ゆっくりと森の中を歩く。
「魔素はまだ戻らないか」
『そうですね。 まあ、少しづつ戻るでしょう』
うん、そうだよね。
あれが居なくなったからといって、急に増えるわけないか。
森の中で一泊する。
簡易な建物を造り、その中で休憩。
「ワルワさんのところに着く前にまとめようか」
ネルさんにも調査報告しなきゃいけないし。
僕は石で机を作り、モリヒトが紙とペンを出してくれる。
「一番の問題は病の元だ」
そこから書こうとしたらモリヒトから、
『いえ、順を追って説明すべきです』
と、言われる。
結論が先ではダメなのか。
「分かった。 じゃあ、どこからだ?」
五年くらい前から魔獣が減った話から始めるか。
「五年も前なんですか?」
お茶を淹れていたガビーが驚く。
「うん。 今回こいつらが繁殖し始めたのがいつか分からないからさ」
おそらく影響が出始めたのはそこら辺からだと思われる。
『そこまでは必要ございません』
モリヒトに却下された。
まずは、僕たちの行動から始めよう。
夜から始めて、一日目は狩りをしながら魔獣の森を抜けた。
二日目の朝には国境門に到着。 無事に通してもらう。
三日目に気配のあった場所で調査を開始。
「国境門の外の山の斜面、その地下に大穴があってドロドロの半液状生物の抜け殻が多数発見された」
その一部を切り取って魔石を与えたところ、魔物に変化。
これが魔物の抜け殻であることを確認した。
四日目に、前日同様に何体か切り取った後、穴を塞いだ。
『アタト様の魔法は記録に残す必要はございません』
うん、そうだね。
五日目は様子見のため休憩。
六日目に気配が完全に消えたことを確認。
七日目に後片付けをして帰路に着く。
八日目、門を抜け森に帰還。
「これでいいかな」
『はい』
「ちゃんと証拠もありますしね」
ガビーも嬉しそうだ。
翌朝、ワルワ邸でタヌ子と再会した。
「無事で良かった、本当に」
ワルワさんは喜んでくれたが、ヨシローは不思議そうな顔をしている。
「何かあったの?」
「はい!。 病の元を消してきました」
おい、ガビー、大袈裟。




