第六十九話・病の調査の準備
「一番拙いのは魔獣の森での感染だな」
ネルさんの話では、最悪の場合、魔獣の暴走を招くそうだ。
「ど、どういうことなんですか?」
拙いと言われても、僕はよく分からない。
「魔獣は獣が魔素により変化したもの。 魔魚なら海洋生物だな。
それ以外に魔物というのがいて、つまり実体が無いものや未知のものから生まれる」
ネルさんはいつもと違う真面目な顔で答えた。
「つまり、病を引き起こす魔物がいる可能性がある」
嫌な予感にドクンと胸が跳ねる。
「その魔物のせいで魔獣の暴走が起きると?」
「最悪の場合だ。 まだ分からん」
ネルさんは腕を組んで難しい顔をしている。
こんな時、僕はどうすればいいか考える。
「薬を作らないと」
『アタト様。 人族用は町の者に任せて、ワルワ様に薬草を届けるだけでよろしいかと思います』
そう言って、モリヒトは僕の手を掴んだ。
僕の手が震えていることに気付く。
「エルフの村は気にするな。 もうすぐ長老も戻るだろう」
森の異変を知らせる伝言を精霊に頼んであるという。
あっちは長老に任せ、僕たちは出来ることを考える。
解熱用の薬草はネルさんが大量に渡してくれた。
「あたしらエルフはまだまだ森で採集出来る。 これは人里に持って行きな」
「ありがとうございます」
僕の分と一緒にワルワさんに届けて、人族用の薬を作ってもらう。
それと。
「モリヒト。 その気配がどこから来るか、分かる?」
モリヒトは眉を寄せ、嫌そうな顔で答えた。
『だいたいの位置くらいですが』
病は薬で軽減出来るかも知れないが、原因を何とかしなければ、いつまでも影響が続く。
「アタト、変なことを考えるな」
ネルさんも顔を顰めた。
「分かってます。 僕はまだ子供で、魔物を見たこともない。
だけど、モリヒトは優秀な眷属精霊です。 僕が命令を間違えなければ何とかなると思います」
せめて、町や森に影響が出ないように出来る何かを。
「調べに行くだけです」
「むう。 アタトの眷属精霊なら、んー、何とかなる、のか?」
ネルさんは首を傾げてモリヒトを見ている。
「アタト様、無茶です!」
そう叫んだのはガビーだった。
「大丈夫だよ。 僕にはモリヒトがついてるから」
心配はありがたいけど、それ以上はモリヒトに失礼だからね。
ガビーは知らないだろうけど、モリヒトは精霊王の側近らしいんだ。
だから、主人である僕が上手く使えばイケる気がする。
「な、ならば、私も連れてってください。 いえ、ダメだって言われてもついて行きます!」
僕はモリヒトと顔を見合わせる。
「僕としてはガビーにはドワーフの町に警告に行って欲しいんだけど」
病が広がる恐れがあるから、しばらくは地上に出たり他の種族と接触したりしないように伝え、出来れば、そのまま家族のところに居てくれたらと思っていた。
「親方には手紙を書きます。 すぐ準備しますから、置いていかないでくださいね」
バタバタと食器を片付け、ガビーは部屋を出て行く。
「置いてったら一生怨みますからね!」
扉の前でそう叫んだ。
おー、怖い。
「分かった、分かった」
僕は苦笑で応える。
ガビーはおそらくトスが心配なのだろう。
流行病で危ういのは子供と老人だからな。
ネルさんも立ち上がる。
「エルフの森は心配いらん。 数は少ないが精霊魔法士はそれなりに居る」
これ以上の病の拡がりを防ぎ、外にも出さないように森に結界を張るそうだ。
長老が戻ったら尻を叩いて薬を作らせると笑う。
「さて、あたしも出来ることをするよ」
エルフは思考が古臭くて、病の調査や魔物の討伐の決定までは時間がかかる。
当分動かないはずだと言う。
ネルさんの言葉に僕は頷いた。
「ありがとうございます。 結果は精霊を通じて報告いたします」
僕も立ち上がって頭を下げる。
「ああ、そうしてくれ。 では、くれぐれも気を付けて」
ネルさんは僕を軽く抱き締めて、背中をポンポンと叩いた。
何だか懐かしい気持ちになる。
「はい、気を付けます」
僕たちはお互いに不安を隠すように笑って、別れた。
ガビーの準備が出来たところで、時々塔に出入りしているドワーフの男性が顔を見せた。
ドワーフの町の親父さんの工房の先輩だ。
調査に行くと言うと、心配そうにガビーを見ているが反対はしないようだ。
なかなかデキた男だな。
親父さん宛の手紙を受け取り、間違いなくと伝言も約束してくれる。
後で聞いたら、
「お前はまだ修行中なのだから、必ず帰って来い」
って言われたらしい。
ガビー、それって……いや、僕は何も言うまい。
なんせまだ子供だからな。
今回、タヌ子はワルワさんのところに預けることにした。
どうせ薬草も届けるから、ついでに連れて行く。
塔はしばらく留守にするため、モリヒトが念入りに隠蔽魔法を掛けていた。
『魔獣がこちらにも来るかも知れませんから』
せっかく直した塔を壊されるのは不快らしい。
まあ、気持ちは分かる。
この塔はもう僕たちにとって大切な場所になっているからな。
荷物にありったけの保存食を詰め込んで塔を出た。
通常の町への往復は僕の体力作りの面もあって歩きが多いが、今回は速度重視のため、モリヒトの魔法で空を飛ぶ。
どちらかというと、結界魔法で包まれた上で空輸される荷物の気分である。
「自分の魔法で飛べればいいのにな」
『これは精霊の特性魔法ですからエルフには無理ですね』
チッ。 眷属に命令して精霊魔法を使えってことだろ。
だけど、魔力さえあればたいていの魔法は使えると聞いたぞ。
ん?、もしかしたら、僕が自分で作ればいいのか。
ふ、ふふふ。
魔法の練習は楽しい。
最初は現象自体が想像出来なくて、言葉にしないと発動しなかったが、慣れてきた今では簡単な魔法なら詠唱なんて必要なくなった。
一人でほくそ笑んでいたらガビーに引かれた。
「アタト様、時々怖いです」
「そうか?」
ガビーがコクコクと頷く。
「うちのお祖父ちゃんみたいです」
ほー、祖父がいたのか。
ドワーフのご老人かあ、頑固ジジイって感じだよな。
ウンウン、僕もお爺ちゃんで間違いないから引かなくていいぞ。




